見出し画像

意思による楽観のための読書日記

眠れる美女たち (上・下 続き) スティーブン・キング、オーウェン・キング ****

舞台は山や森に囲まれたアパラチア地方の田舎町、人口数万人規模のドゥーリング。女性だけが眠りについてしまオーロラ病と呼ばれる奇病が全世界を襲うSF小説である。ドゥーリングにある女子刑務所があり、石炭発掘が下火の今日では街にとっては最大の産業である。刑務所の精神科医クリントと警察署長を務める妻のライラ、動物管理官のフランク、この3人が中心となり、ドゥーリング街全体を巻き込んで、オーロラ病発生と同時に街に現れた謎の女性イーヴィの取り扱いを巡って確執を散らす。

一方、眠りについた町の女性たちは、荒廃した数十年後の町に女性たちだけで現れ、乱暴者の男たちがいない社会を作り出そうとしていた。妊娠中だった女性の中には男の子を生む住民も生まれ、粗暴な男がいない世界が創り出せるかもしれないと希望を抱く住民もいたが、やはり可愛い息子がいない世界は意味がないと感じる女性もいた。ライラや刑務所長だったジャニスも女性世界に現れ社会の再構築に働くようになる。旧世界とは時間の進み方が数十倍も早いようで、町に残された車や機械や油類はすべて使い物にならないほど劣化していた。まずは食料、水道、そして車、電力、となんとか少しづつでも使えるようにしていくには、女性たちだけでは知識が不足していた。女性たちは男たちによる粗暴な行いに苦しめられてきた記憶があるが、同時に女性だけでの社会にも限界があることを感じるようになる。ドゥーリング以外の町がどうなっているのかを調査するために数十名の女性たちが出かけるが、崩壊した建物があるだけで他の町に住民はおらず、ドゥーリングは孤立しているようだった。

残された男たちの世界では、眠らない女性イーヴィを取り調べて秘密を探る出そうとするフランクに率いられた町民数十名が、女子刑務所にいたイーヴィーと彼女は守らなければいけないと思ったクリント、刑務官、まだ眠っていない受刑者との間で銃撃戦となる。乱暴者で犯罪者のグライダー兄弟は、混乱に乗じて刑務所を逃げ出し、手に入れたバズーカ砲で銃撃戦に加わる。フランク側がダイナマイトで刑務所入り口の破壊にいそしむとき、グライダー兄弟が発射したバズーカ砲が炸裂、銃撃戦は大混乱をきたす。女性刑務官の一人がグライダー兄弟を殺害、フランクたちとクリントたちはイーヴィーを挟んで停戦、イーヴィーの話を聞いてみることにする。

イーヴィーが言うには、彼女もまた単なる使者であり、疫病の原因は分からないというが、この世界と女性が現れた世界をつなぐ出入り口が存在するという。女性だけになり平和が訪れた女性社会に自分が行って、向こうの世界で女性たちがこの旧世界に戻りたいと考え、秘密の入り口から戻ってくるようなことがあれば、疫病は収まり、女性たちは眠りから覚めるという。女性の不在にパニックに陥っていた男たちはイーヴィーの言い分に賭けてみることにする。

女性世界に現れたイーヴィから話を聞いた女性たちは、男たちの横暴や犯罪を思い出すが、それでも旧世界に戻ることを決める。物語はここまで。

物語のタテ糸は世界を巻き込む疫病であるが、物語を通したテーマはこちらも現代的テーマであるミソジニーと差別感情。性的差異を嫌悪、恥辱と考え、特にそれが女性の場合に差別になり反差別にもなるのがミソジニー。BLM運動もまた、黒人がアフリカ大陸から連れてこられた時代からプランテーションでの奴隷時代、その後の公民権運動を経て基本的人権を認められた現代につながる。そんな今でさえ根強く残る黒人差別感情が原因となっている。白人や黒人の中で、自分は反差別者だと考える人達の中にさえ黒人や白人への差別感情があることも本物語では指摘される。

人類歴史の中でより良く生き残るための知恵として、隣り合う種族、自分たちの仲間とは異なる見た目、考え方、宗教、言語への差別的感情が根付いてきている。一方で、旅人やマレビトを尊ぶことで新たな文明を育んできた歴史がある。男女、人種、宗教、言語などの違いを認識し、尊重した上で、本能的には嫌な部分があっても我慢して受け入れること、これが問題解決の緒であるというのが本物語のテーマ。物語には様々な男女、人種、価値観の人たちが登場する。そのうえで登場人物はそれぞれが分断された世界での自分の来し方とこれからの生き方を考える。夫婦間の信頼と愛情、夫の横暴と子を育てる役割を押し付けられた妻の忍耐、夫に裏切られた腹いせに犯罪に走って収監された女性受刑者、思春期で異性への対応に悩みながらも一歩ずつ前に進もうとする少年少女。オーロラ病流行で、ドラッグ中毒者は眠りにつかない特効薬としての覚醒剤が重宝され、一躍有用な人物となる。

キング親子は、2019-2021年に起きてしまた2つの現代的で大きな問題であるBLM運動と新型コロナ、つまりミソジニーとパンデミックを取り上げた。

「BLMは日本語では何というのでしょうか?」という問いがあるが、「黒人なおもて往生をとぐ いわんや白人をや」という言い方もできると思う。歎異抄では自力を捨てて他力本願を頼むことで、悪人こそが弥勒菩薩に救われる対象となる、ということになるだろう。人権が尊ばれるはずの現代になっても差別意識を捨てられない白人こそ哀れ、というのがBLM運動の本質のような気がするからである。

本物語が2017年に書かれたということも意味がある。上下巻合計で900ページにもわたる長編小説ではあるが、S・キングファンならずとも一読をお勧めする。

 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「読書」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事