「火星の人」のウィアーの二作目。アルテミスは月表面に作られた人工都市で、人口は2000人、地球からの観光客による収入により成り立っている。鉱物資源発掘によりアルミニウムとケイ素をガラスに加工する過程で酸素を作り出す。都市は5個のドームにより形成され、安全のためドーム都市から1km離れたところで発電を行う。主人公は溶接工で経験なイスラム教徒の父親とともに6歳のときに月に移住し、26歳になった若き女性ジャズ。父親から教え込まれた科学知識と思考力、そして何よりも月で生き延びる知恵と勇気を持っている。
ジャズは自由に生きるのと引き換えに、自分自身の才覚により生き延びる方を選択、父親とは別の場所で貧しいながらポーターとして日銭を稼ぎながら好き勝手な生き方をしている。ジャズを取り巻くのは船外活動(EVA)マスターのボブ、同じくジャズの親友で仲違い中のEVAマスターのデイル、電子工学専門のウクライナ人スボボダ、ジャズの父は腕利き職人で約束を守ることで周囲に尊敬されているバシャラ、治安官ルーディ、実業家のトロンド、その愛娘のレネ、アルテミス統括官のゲギ、地球のペンフレンドのケルビン。トロンドがジャズに持ち込んだのは、ジャズが父への迷惑料と考える41万スラグを遥かに上回る100万スラグと引き換えに、月で資源採掘をする会社に痛手を与える4隻の月面活動船の破壊という過激なこと。ちなみに1スラグは重量1gの物体を地球から月へと運搬することに相当する貨幣単位。知恵を絞って見つからずに約束を果たそうとするジャズだが、上手くはいかず3隻を破壊したところで、ボブ、ゲイルなど追手のEVA隊に見つかる。捕まれば地球の生まれ故郷サウジアラビアに追放が確実視されており、それを見逃したのが親友ゲイル。しかし、ルーディはジャズが犯人だと睨んでいる。
採掘会社がブラジルのギャングシンジケートと関係し、殺人者を送り込んだからたまらないのがジャズ。さらなる悪巧みを計画して、関係者を巻き込んでの大立ち回りで、知恵とその場所にある道具を活用する知恵と突破力、それは「火星の人」との共通項。読み手はページをめくる手を止められない。期待を裏切らないウィアー、今後も傑作を生み出すこと間違いなし。