最初のお勧めは、アクアリアム、家の中に水槽をおいて近所の池の生態系をそのまま再現する、という遊び。同じ池から同じ日に掬ってきた生き物と水草も、違う水槽に入れると同じようになるとは限らないのだそうだ。アクアリアムの生態系は水槽がおかれた場所の日当たりや風通し、動植物のたまたまの配剤によりあらゆる変化を見せるという。ヤゴやゲンゴロウが如何に上手に餌をとり生態系を支配するか、動物の数が生態系に与える影響、動物の組み合わせによる相変化などなど、観察をしているのだ。宝石魚という魚の子育てを紹介、両親が卵を口の中に入れて育てるのだが、両親も餌であるミミズなどを食べる。そこで、口に卵を入れた父親にミミズが与えられるとどうなるかを観察、宝石魚の父親はミミズに飛びつくが、飲み込めないので一度卵とミミズをはき出して再度ミミズをくわえ込んで飲み込み、卵が水底に落ちてしまう前にしっかりとそれを捕らえたという。
コクマルガラスという鳥を飼っていたこともある。雛の時に飼い始めると初めて見る生き物を親だと思うという例の「刷り込み」である。コクマルガラスは同時に一緒に育つ仲間達、という小グループも認識する。このため、グループの一匹だけに人間を親として刷り込むと、その一匹のためにその人間は親としてのしつけや面倒を見る羽目になる、と著者は言っている。仲間に入れないのだそうだ。コクマルガラスの序列に関しても観察している。12匹いれば1ー12位の序列がしっかりとできあがるのだが、位が近い同士は争うが、大きく違うと保護者非保護者の関係になるという。あるとき、幼鳥であった数匹のコクマルガラスが大きな別のコクマルガラスの群に混じり合って、このままでは群とともに別の場所に飛んでいってしまうことが予想される事態が起きた。著者にはなすすべもない事態だったが、一匹の兄鳥が、その群に飛んでいって、一匹ずつ兄弟達を辛抱強く連れ戻したのだ。
ガンの子の刷り込みが親鳥の姿ではなく「ガガガガ」という鳴き声であることも自分で実証して見せている。その際、自分の庭でそれをしている様を近所を通りかかった観光客に見られているのだが、観光客からは庭の塀があってガンの子達が見えない。大きな生き物は親鳥とは思えないガンの子達のために、しゃがみながら「ガガガガ」といいながら歩いていた著者を見ている観光客は楽しい見せ物を見たのだろう。
そして犬である。犬には大きく二系統あるといい、オオカミ系とジャッカル系だそうだ。オオカミ系は人にこびたり馴れたりはしないが、一度忠誠を誓った主人とは一生の関係が続くという。ジャッカル系の犬は人にすぐ馴れるが、誰にでも馴れてしまう。いずれの習性もかわいくて好きだと著者は言う。犬は元々群で行動、餌を集団で襲い得ていたが、人間の集団についていると餌のおこぼれが手にはいることを覚えたのだという。そのため、ジャッカルの群はいつも人間の群の周りにいることになり、人間も犬以外の猛獣からの危険を知らせてくれるジャッカルを追い払ったりはしなかった。そのうち、後ろをついて回っていたジャッカルたちは、人より走るのが速いので、いつしか先を走り獲物を人の代わりに追いつめたり、時には一緒にしとめることもあった。こうして、人と犬たちの共同、主従関係が時間をかけてできたのだという。他の動物の家畜化とは全く異なるプロセスであり、犬だけが人間の本当の友であるという。
この本を読んで理科好きになる少年少女は多いだろう。訳者の日高敏隆先生は残念なことに2009年11月に亡くなったが、こうした理科好き先生がたくさんでてくることが、理科系の弱体化を防ぐことになるはずだ。ローレンツは畑正憲のように動物好きであり、ファーブルのように昆虫を観察する。ローレンツの近所に住んでみたいと感じた読者は多いのではないか。
ソロモンの指環―動物行動学入門 (ハヤカワ文庫NF)
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