いよいよ三部作三体の終盤、第二部の結末を読んだ読者なら、もうこれ以上の物語は不要と考えたのではないか。第三部を読み終えると、まだ終末は先だったことに改めて気付かされる。第三部上巻の最後に、地球からの帰還命令に反して逃亡した「藍色空間」は「万有引力」と太陽系を離脱した。そこで出会ったのが高次元空間の名残りで「四次元のかけら」。そこにいた宇宙論研究者の関一帆は、宇宙の仕組みと宇宙の住民が宇宙誕生以来なしてきたこと、そしてその結果を予測していた。
第三部で、羅輯から面壁者の重責を執剣者として引き継いでいた程心は、片思いされていた雲天明から、太陽系から遥かに離れた恒星系をプレゼントされ、その結果、巨額の資産を得た。その資産を元手に設立した企業体が光環グループ。光環グループは成長し、巨大グループとなり、その経済力で巨額投資を行える実力を持つ。その補佐役が艾AA(アイ・エイエイ)。地球は三体の第二艦隊からの追撃に恐れる時間を過ごしていたが、それを回避してもなおその他の宇宙文明からの攻撃に恐れていた。それは三体文明を滅ぼした存在が地球の文明に対して、宇宙進出防止の対策としての光粒による再攻撃を必ずや実行してくるという恐怖だった。
その防御策は、三体文明に送り込まれていた雲天明からもたらされた。防御策は三体文明にも悟られないように絶妙に3つの物語に組み入れられていた。3つの防御策とは、
1 掩体計画 光粒攻撃により太陽が破壊されても、人類が巨大ガス惑星である木星、土星、海王星、冥王星の影に隠れる
2 暗黒領域計画 太陽系における光速を低速化することで、太陽系自体を暗黒化、外部からはブラックホールとして見えなくする
3 光速宇宙船計画 曲率推進による宇宙船で光速により宇宙の他の領域に脱出する
暗黒領域計画は技術的困難性により実現が不可能とされ、光速宇宙船計画は、高速による脱出そのものが軌跡を全宇宙に知らしめてしまう可能性を持つことから研究が禁止された。そのため、掩体計画が進められることになる。
程心は、光環グループを国連惑星連邦長官のウェイドに託して、人類が危機に陥ったときには目覚めさせるという約束で人工冬眠に入った。そして62年後、人工冬眠から目覚めた程心は、人類が計画通りにガス惑星の近傍に移住していることを知る。それでも人類は他文明からの攻撃に脅威を感じ続けていた。ウェイドが程心を覚醒させたのは、極秘裏にすすめていた光速宇宙船計画が実現したことを伝えること、そしてそれを実行に移すことに対する同意を求めるためだった。それは光速宇宙船には乗れない人類からの大反発を招くことが明白、掩体計画の成功を信じた程心は計画の中止を命じた。
しかし他文明からの攻撃は人類の想像を超えるものだった。三次元を二次元に落とし込む、それは太陽系そのものを二次元空間に畳んでしまうため、光速による太陽系脱出以外に逃れるすべはないもので、掩体計画は巨大な無駄に終わった。これで全人類は逃亡した「藍色空間」と「万有引力」以外には生き残れない、と思ったとき、冥王星を掩体として逃れていた羅輯は、ウェイドが建設していた光速宇宙船の存在を程心に伝える。程心はAAとともに太陽系を光速脱出、雲天明がプレゼントしてくれた恒星系へと旅立った。
そこにいたのは「万有引力」の関一帆。その場所には雲天明も現れるが、程心との再会は果たせない。程心と関一帆は、雲天明が残してくれた宇宙空間外に存在する「小宇宙」に空間移動、二人はそこでの暮らしを始めた。関一帆が程心に語ったのは、宇宙の悲しい運命だった。ビッグバンで始まった宇宙は当初は10次元以上の空間だったが、誕生した文明は「次元攻撃」を繰り返し、今や宇宙空間全体が三次元となり、このままでは二次元以下の存在となってしまう。そこに現れたのが智子。智子が二人に伝えたのが、全宇宙の運命で、各宇宙文明は二次元化を逃れるため、各文明が宇宙空間外に「小宇宙」を作り出し、小宇宙の存在が全宇宙空間の質量減少を招いている。もとの10次元以上の宇宙を取り戻すためには、各小宇宙による質量還元が必要であり、どうするかは各小宇宙所有者に委ねられていると。程心は自分たちが今いる小宇宙を元の宇宙に還元することを決めた。物語は以上。
程心は3回の大決断を結果的に迫られ、毎回人類愛、文明愛を優先させる決断をする。最初は、三体文明との共存を期待して裏切られ、二回目は光速による脱出を放棄して、それが太陽系全体の二次元化からの人類脱出を阻害した。それでも程心は三回目の決断を文明愛にもとづいて行う、これが作者のメッセージ。壮大なスケール感、奇抜な発想とアイデアは読者を引き付けて最後まで放さない。読むか読まないか、読み始めてしまった読者には意味のない問となる。