以下は、本書を読んでの感想である。アルゲリッチはアルヘリチとも呼ばれることがあって、最初に耳にしたのがマルタ・アルヘリチの「夜のガスパール」、大学に入学したので買ってもらったステレオセットで聞いたFM放送だったと思う。昭和49年にマルタが日本でコンサートをやると言うので、チケットを取ろうとしたが、学生には高くて取れずに悔しい思いをしていると、コンサートはキャンセルになったという。当時の夫で指揮者だったシャルル・デュトワがバイオリニストのチョンキョンファと浮気していたのが東京でバレたとかで、なんでそんなんで聴衆が被害を受けるんだ、と思った。その後も二人の芸術家としての関係は続いたらしい。マルタが気が進まないと渋っていたチャイコフスキーピアノコンチェルトの録音レコードは、リッカルド・シャイーとの共演、名演である。
その後のマルタ、ショパンの前奏曲集にも感動したが、何と言っても2017年小澤征爾、水戸室内管弦楽団と共演したベートーベンピアノ協奏曲2番。必死でタクトを振る小澤の姿にマルタの目には涙が浮かんでいたとか。
ポリーニの方はとにかくショパン練習曲集。レコードで聞いた時には、完璧な演奏に「これだ」と思った。キャッチコピーが吉田秀和の「これ以上何をお望みですか?」。半音階を上下して目にも止まらないOp10-2、左手の強い打鍵が要求される木枯らしのエチュード、CD版も買ったが、何度聞いてもすごい演奏。コンクールで弾くならここまで弾きなさいよ、というお手本。ショパンのポロネーズ集も買った。ポロネーズは三拍子なので左手の三拍子目が難しい。これをどう処理しながら音楽性と個性を出していくのか。ポリーニを聞いたあとは、しばらくはピアノの練習ができない、もしくは自分の実力を知り絶望する、という話も聞く。その点素人は気楽である。
ショパンコンクール1960年と65年の優勝者であるが、全く異なる個性の二人。この二人の音楽と人生を語る一冊だが、断然マルタの方が面白い。アルゼンチンで少し有名になり、留学の話が出た時、母のファニータの努力もありペロン大統領と面会。先生の希望を聞かれ「フリードリヒ・グルダ」とマルタが答える。ペロン大統領はすぐさま、マルタの両親をオーストリアの外交官と職員として採用、家族でジュネーブに移り住んだ。その後、ブゾーニ、ジュネーブ、そしてショパン・コンクールで優勝、はなばなしく活躍する。波乱万丈、ステージママとの関係、愛する3人の娘たちとの関係、別れた男たちとの関係、大勢の友人、別府との関係などなど。そうまるでNHK「ファミリーヒストリー」を見たあとのように、それまではそんなにファンでもなかったのに、主人公マルタのことが一層好きになってしまう。筆者も書いているが、アメリカのFMラジオで聞くと「マーサ・アーゲリック」とか言っていて、誰じゃい、と言いたくなる。因みにアメリカでは外国の人名・地名は、日本での聞こえ方とは大幅に違うケースがあるので注意が必要で、カラヤンだって「ハーバート・キャラジャン」、画家のゴッホは「ヴァンゴー」、慣れだとは思うけど。