小畑弦矢の叔母菊枝は30年以上前にアメリカ人のイアン・オルコットと結婚、アメリカに住んでいた。その叔母が旅行できていた修善寺で心臓発作で亡くなった。夫のイアンは3年前に膵臓がんで亡くなっていて、一人娘のレイラは27年前に白血病で死亡。その他の相続人も居ないため、菊枝の遺言で弦矢は突如、3000万ドルの株式や投資信託とカリフォルニアの高級住宅地にある素晴らしい一軒家を相続することになる。
日本での手続きを終え、叔母の遺骨を抱えて、非常時連絡先に記されていた弁護士の指示に従い、ロサンゼルス郊外にある叔母の家に向かった。弁護士のスーザンに知らされたのは、白血病で死んだはずのレイラは、27年前にボストンに住んでいたときに買い物にでかけたスーパーのトイレで居なくなり、その後は行方不明だという事実。どうして叔母は事実とは異なることを自分に教えてきたのか。27年もの間、叔母はなぜそのことを自分たち、小畑の両親にも秘密にしていたのか。レイラは生きているのか、そうだとしたらどこにいるのか。正式な遺言状には書かれなかったが、菊枝の希望は、レイラが見つかった場合には遺産の7割をレイラに譲ってほしいということ。弦矢はレイラを見つけて菊枝の希望をなんとか叶えたいと思う。
ここからはストーリーのネタバレ内容である。
弦矢は、叔母のランチョ・パロス・ベルデスにある住居でしばらく過ごすことになる。叔母の家は赤い瓦、白い壁、すべての出入り口にセキュリティが張り巡らせられ、中庭だけでも900坪以上あり、そこには叔母が選んで植栽された草花が咲いている。高級住宅地、という日本的形容詞では表しきれないほどの大邸宅が建ち並ぶエリアで、今ならGoogle earthで見れば一目瞭然。Long BeachとTorranceの間にある半島に広がる一帯には統一されたデザインの邸宅群が建ち並んでいる。隣には前大統領が経営するリゾートゴルフ場があり、岬には素敵な灯台、本書にも出てくるTerrenea Resortがそこにある。
弦矢は、叔母の邸宅の客間で過ごすうちに、その戸棚にレイラの5歳までの多くの家族写真を見つける。卓上照明器具の下に箱根細工の箱があり、その中に10通ほどの手紙を見つける。その手紙は、モントリオールに住む女性から娘の現状を知らせる内容。叔母はその娘に学費などを送金していて、その御礼の手紙である。なぜ叔母は知り合いの娘に学費を出していたのか。そもそも、こうした手紙を箱根細工の箱にしまってあった理由はなにか。弦矢には、アメリカ人の夫には気づかれず、日本人の自分に向けた叔母からのメッセージのような気がした。叔母は自殺したのか、とも疑ったが、日本旅行日程の手はずは弦矢がしてあげたし、叔母のPCには帰国後届けられる予定の家具屋との打ち合わせも残っていた。弦矢は弁護士スーザンの推薦する私立探偵ニコライ・ベロセルスキーにレイラの生死と行方捜索を依頼した。
ニコライは優れた探偵だった。ボストン警察に残されたスーパーの監視カメラ映像から、女性に手を引かれたレイラと思しき子供が出口から出る姿を特定した。その映像を見せられた弦矢は、小さな子供が送る目線の先にいる女性が叔母であることを確認した。モントリオールから来た手紙内容を読んだニコライはさらなる推理を巡らせ、モントリオールに調査に出かける。調査の結果、レイラが、現在はその女性、キョウコ・マクリードとケビン夫妻の娘メリッサとして成長し、モントリオール大学教育学部を卒業し、現在は33歳の教師として幸せに暮らしている事実を弦矢に知らせる。さらに、菊枝の庭にある鉢植えのガーベラは33個あるんだ、ということをそんなことには気づいていない弦矢に教える。
叔母は、娘のレイラを知り合いのキョウコに養育を依頼し、ケビンとの夫婦でレイラをメリッサとして育て上げてくれたことになる。それも、夫のイアンにも日本の兄、つまり弦矢の父にも弦矢にも嘘を言ってまで。弦矢は探偵を使って調べたということを知らせず、事実を知っているということを、なんとかキョウコさんと会話する方法はないかと思案を巡らせる。弦矢は慎重に吟味したメールをキョウコに送る。キョウコからは夫と一緒にカリフォルニアに来るという返事が来る。
カリフォルニアに来たキョウコ夫婦に、ガーベラが33鉢あることを伝える。夫婦はニッコリと微笑んで、キョウコは弦矢に事実を知らせるときには33鉢のガーベラのことも教えると聞いていたという。それで安心したと、イアンと菊枝のあいだに生じた隙間風について弦矢に教え始める。原因はイアンのレイラに対する小児愛だったという。そしてこのままレイラが成長すると深い心の傷を受けてしまうと深く憂慮した菊枝は、親友であったキョウコ夫妻に、娘の誘拐と養育、というトンデモナイことを依頼、実行したのだった。しかし菊枝はそんなイアンを愛してもいた。イアンと警察、そして社会全体に嘘を付き続ける十字架を27年間背負い続けた叔母の心の内を知った弦矢は、キョウコ夫妻に、相続のこと、メリッサに事実を知らせるのか、ということを問いかける。キョウコ夫婦はメリッサには事実を知らせること、相続は受けたくないことを弦矢に伝える。
弦矢は時間をかけてこれからもメリッサと関わりを持って、なんとか菊枝の遺志を実現したいと考える。受け取る予定である3割の遺産を元手に、アメリカで探偵のニコライを相棒にビジネスをしながら、キョウコ夫妻、メリッサとのこれからの関係構築に頭を巡らせる。本書内容は以上。
本ストーリーのキーワードは次の通り。出てくる超高級住宅地ランチョ・パロス・ベルデスの具体的様子、菊枝の庭に咲くカリフォルニア南部独特の植生、草花の名前、カリフォルニアに暮らす人達の人種多様性、アメリカでの食生活、健康志向、弦矢の卒業したUSC経営学大学院の価値、取得したMBAとCPA資格の重要性と将来性、白人と非白人に横たわる差別の実態、大人の男性の小児愛、日本人と多様な米国住人の価値観の相違。読後の気持ちは良い。読んでいて感じたのは、「日曜の教会での神父さんのありがたいお話」を聞いているよう、ということ。日本的に言えば「法事でのお坊さんの説話」。ためになるし有り難いけれども、なにか現実離れしていて、終わったら現実社会に戻る、という事実。それが小説というもの、と言われればその通り。読み手によってはこれらキーワードから、自分の経験や問題意識などに基づく気づきは多いかもしれない。留学を考えている20代の若者が読むと、モチベーションが刺激されるかもしれない。