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意思による楽観のための読書日記

紙の城 本城雅人 ***

産経新聞の記者出身の作者、紙メディアがWEBメディアにかなわないところと従来からそこに働き取材活動をしている記者たちの存在価値について自ら問うような作品。作者の別作品「傍流の記者」は2019年直木賞候補にもなっている。題材としたのはIT企業による新聞社買収によるメディア進出。

アーバンテレビは東洋新聞の31%の株式を保有する実質的な親会社、そのアーバンテレビの15.6%株をインアクティブというIT企業が入手した。インアクティブ社はさらなる株入手を仄めかしながら、アーバンテレビと密かに交渉、入手済みのアーバンテレビ株と引き換えに、東洋新聞の株式を交換するという合意に達した。儲け重視のIT企業による買収などとんでもないこと、と動き出したのが東洋新聞の記者、社員たち。中でも次期社会部長候補の安芸は部下にも慕われる敏腕記者、部下の尾崎、霧島たちとインアクティブ社と社長の轟木に関する情報収集を始めた。

調べると、インアクティブ社には元東洋新聞記者だった権藤がブレインとして所属していることがわかる。権藤が書いた筋書き通りに買収活動や記者会見を開き、世論を味方につけ成功しつつある。新聞社にはメディアとしての独立性を担保するための日刊新聞法など法律的な保護や税法上、郵送上の配慮もある。記者クラブの存在は賛否が分かれるが日本におけるメディアの大きな課題でもある。記者たちには「新聞は国民全体の代弁者」という矜持もある。一方、メディアの傲慢、独善性が垣間見えると世間からの反発にあうことも屢々ある。Web出現以降は配信速度や社会からのレスポンス速度で、新聞やテレビでさえWebメディアに敵わないのも事実。轟木社長の記者会見以降、世論は新規勢力による既存メディアの買収に好意的な反応を示し始める。

メディアの報道対象は近年一層グローバルになり、即時性や報道見識も必要とされる。Webメディアにおいても、アドブロック対応、アノニマスなコメント対応に苦慮する。新聞各社はデジタル新聞を発刊しているが、あくまで紙メディアの補完的位置づけ。取材する記者の存在が紙メディアの強みではあるが、配信と即時対応面でWebには敵わないのは厳然たる事実。安芸と記者たちは、メディアミックスのあり方を模索しながらも、紙メディアの価値についての連載記事を掲載する。「メディア中立性と私企業としての経済的企業継続」「ローカル情報の全国発信」「天災時の自国国民感情配慮」「外交問題とナショナリズム」などをテーマにするのは、日頃の問題意識から出てきた自分自身への問いでもあった。しかし、インアクティブ社に抱き込まれた専務は編集局長権限で掲載にストップを掛けた。

このままでは買収が完了してしまう寸前、轟木の過去の問題、会社の税務問題、買収劇にともなうインサイダー取引問題が表沙汰となり買収にストップがかかった。それでも新聞販売店とそのネットワークの限界、部数減少問題の存在は変わらない。安芸たちは東洋新聞社の将来について考えをまとめながらこれからも取材をつづけ報道のあり方について模索し続ける。物語は以上。

ニッポン放送買収劇を元ネタにしているが、そこにあった問題点を整理した作品とも言える。記者経験者だからこそ書ける内容もあり、既存メディアの問題点、Webメディアの強みも網羅しているため読み応えがある。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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