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意思による楽観のための読書日記

紫式部 清水好子 ***

約1000年前に全54巻の源氏物語を書き上げたという紫式部、実は生誕年も実際の名前も分かっていないという。平安時代の女性でそういう記録が残る女性は皇族で、それも皇后などになった人だけだと。分かっているのは越前守などを務めた藤原為時の娘で、藤原宣孝の妻となり、夫の死後1004-1011年ころに藤原道長の娘で一条天皇の中宮となった彰子の女房となり仕えたということ。父親が式部大丞を務めていたため、宮中では藤式部と呼ばれていたが、源氏物語で紫の上が有名となり、後年紫式部と呼ばれた。

しかし、紫式部が書き残したとされる書物は多い。彼女が残して一部編集したという紫式部集、道長が式部の才能を見込んで宮中の出来事を書き残させたという紫式部日記。そしてもちろん源氏物語。特に自身でその配列を考えたとされる紫式部集は、彼女の娘時代の様子や結婚に当たっての状況が偲ばれる。彼女が中年を過ぎた頃に書いたとされる紫式部日記では、消息文と呼ばれる部分があり、同僚批判や自分の生涯を回顧する感想もある。一人娘の賢子への教訓的口調が交じることもあり、源氏物語と同時代の式部の思いが感じ取られる。宮廷記録の性格がある日記は、主家である藤原道長家への慶事を称える姿勢で一貫しているものの、自らが身を置くことになった政治的立場や政争の凄まじさも感じられる。

同時代の女性で名を残したのは清少納言、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔でそれぞれが家集と呼ばれる歌集を残しているが、和泉式部が1370首、赤染衛門が610首、伊勢大輔が170首あるのに対し、紫式部集では128首と多くはない。彼女自身が編纂した部分と、後年別の人物が紫式部日記の内容を踏まえて並べ直した部分があるとのこと。冒頭は百人一首に載る有名な歌。
「めぐりあひて 見しやそれともわかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かげ」
ずっと以前から女ともだちだった人に何年ぶりかにあって、でもすぐに帰ってしまい、夜更けにやってきたのが月が入ると同時に帰ってしまった、という。男女の逢瀬の歌ではなく、幼馴染との再会の歌。見しやそれともわかぬ間に、と見違えるほどに変貌を遂げた友人に驚いたという。12-3歳の頃にあった友人が、結婚後に里帰りするため4年後に帰ったときの歌と考えると、紫式部も12歳から16歳に成長する間に、このような歌を読んだことになり、それを歌集の冒頭に持ってきたことは、少女期から娘独身時代に何を考えていたのかを記しておきたかったという式部本人の気持ちがあった。漢学者でもあった父の膝下で、兄とともに父から漢籍の教授を受け、兄よりも早く内容を覚えたので、父は式部が男でないことを残念がった。

996年、父為時は淡路守に任命されるが、親族である右大臣道長は、淡路守が下国であると、上国である越前守に変更させたという。式部も20歳を超えて、まだ独身だったとされ、この辺の事情は分かったはず。式部も道長への感謝の気持があったのだろう、源氏物語の中で不遇の学者が光源氏により抜擢される様が描かれている。この頃は道長の同母兄の関白道隆が病没、内大臣伊周と道長の間で政争となり、右大臣になったのは道長。伊周は妹で一条天皇の皇后である定子の御所に姿を隠した。源氏物語の中では、このような世情、権門の栄枯盛衰が須磨、明石で光源氏が左遷され復帰してくる様として描かれる。式部はもちろん道長サイドである。そして式部も父と一緒に赴任地、越前に向かう。

為時は国守に任じられる身分ではあるが、娘が皇后候補に成ることはない。経済的にはなんの問題もないが、越前の雪にまみれる暮らしに式部は馴染めなかった。赴任から2年ほどで、京の藤原宣孝の3番めの妻として迎えられるため、一人帰京する。999年ころ賢子を産んだのち、1001年夫の藤原宣孝は死亡、1006年には中宮に出仕、ここから道長の手配もあり宮務めをすることに成るが、式部は気が進まなかった。妻となり、家にいれば多くの男女と顔を合わせることもないのに、宮務めでは、否が応でも多くの他人と触れ合うことになり、それが式部にはたまらなく憂いことだった。同僚からは、お高く止まった人、と評されるが本人は気にもしない。源氏物語を書き始めたのは、もっと以前からで、同僚や道長もその読者、式部には理解者も多くいたと考えられる。その後も中宮彰子の取次役として権力者藤原実資との応接もあり、1014年ころ没したとされる。

歌集に残された歌からは、あからさまな恋の歌や自分の気持ちを分かりやすく吐露するような作品はない。あくまで、自分の立場をわきまえ、相手との距離感を保ち、その相手が夫であろうと、子であろうと、自分を律する式部の姿勢が感じられると同時に、当時の女性には珍しい漢籍や古典の教養がにじみ出る。源氏物語は、自由には暮らせない毎日の生活の中で、唯一、自由な発想で楽しめる式部ワールドであり、親しい友人たちと、読んだあとの感想も楽しめる世界だった。本書内容は以上。

不明点が多い紫式部の一生、どのように1年間のドラマにするのか、楽しみ。

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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