意思による楽観のための読書日記

白州次郎の日本国憲法 鶴見紘 ****

良い本を読んだ、白州次郎については妻の正子さんのエッセイなどが雑誌に掲載されたりして有名になったが、白州次郎の一生全体をカバーした話を初めて読んだ気がする。

事業家である父文平は綿取引で巨額の富を得る。自身も若い頃米国ハーバード大学に留学していた文平は次郎17歳の時に英国ケンブリッジ大学に留学させ、月額1万円を送り続けたという。1919年のこと、今の4000万円だというから桁違いだ。そこで親友となるストラッドフォード伯爵と知り合う。二人は終生友情をつなぐことになる。1929年日本が中国に進出、世界大恐慌のあおりで父文平の会社は倒産、次郎は帰国する。

帰国後、樺山愛輔の息子丑二と知り合い妹の正子を紹介され結婚する。文平は会社が倒産していたにもかかわらず結婚祝いとしてランチア・ラムダを贈る。いったいいくらしたのかは誰も知らないらしい。正子の父である樺山と外交官であった吉田茂はヨハンセングループといわれる戦争に反対する意見を持つ陣営にいた。白州はその関係から吉田に接近、お互いに24歳も年は離れていたが言いたい放題、意見を真っ直ぐに言う白州を吉田は買う。駐英大使となった吉田に白洲は同行し、英語が十分でなかった吉田を補佐する。

吉田の外交官としての働きも太平洋戦争は止められず、白州は鶴川に農地を買って正子と終戦まで移り住み、食糧不足の戦争中を過ごす。終戦後、戦前から白州の力を知っていた近衛や幣原喜重郎から対GHQ対応の窓口の仕事を依頼される。幣原のあと吉田が首班となるがその間に大きな課題となったのが日本国憲法であった。松本蒸治が中心となり日本案を策定するがGHQに却下、1週間後にはGHQ案が提示される。今日問題にされている「押しつけられた憲法」である。この間の白州の働きがこの本の白眉である。

白州は憲法草案策定中の松本にアドバイスする。「GHQ側が考えている案は先生が想定しているような生やさしいものではありませんぞ。少なくとも天皇の大権は大幅に制限する必要があるでしょう」これは松本が旧憲法の1-4条はそのままにしなくては日本の国ではなくなる、国民に理解されないなどと言っていたからである。そして一週間後GHQ案が日本側に手渡されたのだが、その場にいたのは吉田外相、松本国務相、白州であったという。GHQ側はこれが天皇制度を安寧させ恒久化させることができる案であり、これを受け入れられなければ、戦勝国側11カ国による憲法協議に入り、天皇制の維持も保証できない、と迫られたという。

マッカーサーがホイットニーに検討を命じた柱は次の3つ。
1.天皇の義務と権力は、憲法に従い、憲法によって定められる国民の総意によって実施される。
2.戦力の否定、陸海空軍の否認。
3.封建制度の廃止。
松本は、国体護持は国民の総意だと信じておりそれなしには受け入れられないと考えていたのだが、国民は「天皇陛下万歳」と口にして死んでいったけれども、本当はお母さん、お父さんありがとう、と死んでいったのが本当の心の中であったはず。天皇の戦争責任、というところまでは踏み込まず象徴天皇として残し、国民主権を柱とするというGHQ案はそのときの国民の総意であった。白州はこうした松本の心中をホイットニー准将に手紙で伝える。急がないでくれ、日本人がこれを受け入れるには時間がかかると。このGHQ案の日本語訳を白州と外務省の小畑が一晩でやれ、とGHQに命じられたという。吉田は国体護持派だったが、皮肉にもこの新憲法を公布したのは吉田が総理大臣になった年の1946年11月3日であった。

その後サンフランシスコ条約締結でも、白州は吉田とともに渡米している。吉田の演説原稿は当時の外務省の役人がGHQの担当者と相談して書いたものがあったらしいが、吉田は白州に相談、白州は内容をみて激怒、「日本人の誇りが全くない演説だ、書き直そう」といっさい書き直したという。

晩年は軽井沢ゴルフクラブの支配人、東北電力の会長、鶴川の農民として最後まで軽やかに、表舞台にたつことなく1985年永眠した。

こうした日本人がいたことは喜ばしい。今の日本には坂本龍馬も白州次郎も見あたらない。日本人の矜持、プリンシプルは現在の日本に当てはめるとそれは何であろうか。今の白州ブームでちょっと持ち上げられすぎていて「神話化」が進みすぎている気もするが、次の点はその通りだと思う。
1.英国のスノビズムを持った数少ない日本人だった。
2.今あるものはしょうがないから受け入れるという日本人にはプリンシプルがない、という白州の主張。
3.自動車は道具であり下駄だ。しかし持ち主の魂は乗り移る。
4.強いやつに喉元を押さえつけられていても言いたいことはいうべきだ。

お金持ちの坊ちゃんだが、英国式ノブリスオブリージュをたたき込まれ、人との交渉ごとは苦手で決して表舞台にはでようとしなかった白州、どのように評価できるだろうか。
白洲次郎の日本国憲法 (知恵の森文庫)

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