そしてもう一方の主人公、哲朗は麻子とは血がつながらない姉弟、麻子が養子として哲朗の母小夜子が育てられた。哲朗は麻子に姉以上の思いを抱いている。知之と哲朗は友人、日本に見合いのために帰っている知之と食事をしているところに麻子が現れる。麻子に知之は好意を感じる。ここからがちょっと謎解きじみた展開で、麻子の母は深川で芸者をしていたという川村晴江、晴江が深川から出奔したときに小夜子が麻子を預かった、と聞いている麻子だが、父親は誰なのかを知らない。哲朗の父親はすでに亡くなっている。知之は麻子に好意を抱きながらも安原理佐と見合いをしたが、麻子のことが頭にあり、受け入れることができない。その知之の父は嘉一郎、実は晴江のいい人だったのだ。
そんな時、フラメンコをやっているスペインレストランで、ジプシーが踊るフラメンコを見た知之は彼女が旅行先で見た日本人の踊り子だだと直感する。そして小夜子は踊り子が川村晴江だと思う。小夜子にはひとつ大きな疑念がある、それは、晴江が好きだったのは脇坂知之の父、嘉一郎であったはずなのだが、麻子は嘉一郎の子供なのか、という点である。知之が麻子に好意を抱き、哲朗も麻子が好きだ、となると晴江に麻子の父は誰なのか、そのことを質したい、と小夜子は思おうが、フラメンコダンサー一行は目の前から姿を消してしまう。
フラメンコダンサー一行は、草津、そして横浜からニューヨーク、スペインと逃げるようにして小夜子と麻子の前からいなくなるが、ついにスペインのマラガで晴江を捕まえる。ここで血液検査をして、麻子は小夜子の夫との子供であることが証明されてしまう。哲朗の思いは遂げられず、しかし麻子は知之とも一緒にはなれないと感じてしまう。
ストーリーには強引な出会いと偶然がたくさんあり、現実離れしている。また、血液検査で父親を確認する、というのは具体的にはどうしたのだろう、という細かいことも気になる。血液型判定では、父親ではないはず、ということは確認できても、この人が確かに父親であるということは精密なDNA検査でもしなければ確認できないと思うからである。晴江の奔放さがこのストーリーを支えているのだが、草津の旅先で嘉一郎の弟圭一郎とすぐにできてしまう、圭一郎がその一夜の思いから離婚まで考えて、NYC、スペインまで仕事を放り投げてでも晴江を追いかけていく、というのも現実離れしている気がする。何気ない、という言葉の対極の連続なのだ。スポーツ新聞連載小説だということで、波乱万丈の展開が期待されたのではあろうが、通して読むと、無理な展開と本来の大人ならしないようなとっぴな行動の連続、しっとりとした麻子には不似合だ、と思う。
女たちの海峡 (文春文庫 (168‐26))
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