意思による楽観のための読書日記

江戸の思い出 岡本綺堂 ****

江戸時代の残滓が感じられる江戸の風情を関東大震災の直後、綺堂が経験したエピソードなどを織りまぜた随筆。

西南の役で敗れた西郷隆盛の人気は東京でも大変なものであった。「紅い帽子は兵隊さん、西郷に追われて、トッピキピーノピー」などという流行歌もあったとか。明治11年春には岡本綺堂の住んでいた麹町から遠くない竹橋で騒動があったのが、鉄砲の音で分かった。流れ弾が飛んで来ると危ないから家にいなさい、と親に言われた、というから迫力がある。その年の秋に箒星が毎夜出現して、人は西郷星だと騒いだ。最後には錦絵まで出てきて、西郷桐野篠原が雲の中に現れるという物。西郷鍋などというシロモノまであったという、玩具であった。西郷糖などについては、「あんな物を食べては毒だ」と叱られたという。

明治18-19年ころまでは風呂屋は湯屋と呼ばれ、二階には綺麗なオネエさんがいてお茶やお菓子を出してくれた。式亭三馬の浮世風呂の世界である。男湯と女湯の間はガラスで見通すことができたが、その後二階の接客は風俗取締上禁止された。その頃の湯風呂には旧式の石榴口というものがあり、風呂が高く出来ていて踏段を登って入る。その石榴口には武者絵などが書いてあり、男湯には水滸伝の花和尚と九紋龍、女湯には西郷桐野篠原の絵が掲げてあった。湯屋は明治20年ころに風俗上の取り締まりから禁じられた。菖蒲湯、土用の内の桃湯、冬至の柚子湯などもあったのに、値上げを当局が許さないので湯屋の経営者もそういう余裕が無くなっていき、形ばかりになってしまった。朝湯も江戸以来の名物だったのに、湯屋の経済が成り立たないために廃れてしまった。

三宅坂下から麹町に向かうには上り坂になっていて、下町から重い荷物をひいてきた者はここで後押しを頼むことになるので、立ちん坊がいて、距離と重さで2-3銭から4-5銭を稼いだ。ここに大きな柳の木があって休息した人も多かった。氷水や甘酒を1杯8厘で売っていた。この下に広がっていたのが元長州屋敷だった長州原、鰻が釣れた溝の石垣や柳の木も切られてできたのが日比谷公園、明治34年のことであった。

明治の初年には年賀郵便というものがなく、皆が年始訪問をするのが常であった。市内電車が開通したのは明治36年、正月10日ころまでは人力車、徒歩で東京中が大混雑したという。一戸に4-5人も一度に出かけるので大変な人手だったが、明治28年には日清戦争で訪問自粛、代わって回礼を年賀郵便で済ます人が増えた。さらに明治33年には私製絵葉書が許され年賀郵便を活用することが多くなった。日露戦争でも訪問自粛、明治39年からは年賀特別郵便扱いということが始まった。男はでかけ女は回礼客をもてなすので内外多忙、とても元日から芝居見物などには行けなかったのが、年賀郵便が増えて、元日から各劇場が満員になり、市中の混雑は減少したという。

明治44年ヘボン先生が死亡したという新聞記事を読んだ岡本綺堂、和英辞書を思い出した。古本屋に並んでいたのが2円50銭、学生だった綺堂も欲しいと思うが手持ちはない。帰宅して恐る恐る父に辞書がほしいと申し出ると、意外にも、「ヘボン先生の辞書ならかってよし」と許可が出た。当時15才だった綺堂、ヘボン先生の思い出は、親からの信用であった。

鉄道が通る前の江戸市民の箱根温泉行き、第一日は早朝に品川をたち、程ケ谷か戸塚に泊まる。第二日は小田原、第三日目に初めて箱根の湯本に着く。足の弱い女性や年寄りでは4-5日かかるので、往復で6-10日、滞在日数を加えると半月以上にはなる。金と暇がなければ湯湯治など容易ではなかった。明治なっても国府津までは列車、そこから乗合馬車で小田原経由で湯本に着く。そこで泊まるならよし、さらに登るなら人力車か山カゴに乗るほかない。小田原電車ができてその不便もなくなったが、湯本以上の登山電車ができたのは大正も半ば以降、1泊でもかなり気ぜわしい。昔は温泉についたら長い期間お世話になる旅館で隣同士になる人達に挨拶をして、おみやげをあげたり、話をしたりで、随分交流があったが今はなくなったという。江戸時代は1週間が一回り、温泉にいくなら一回りは滞在する、というのが常であったという。

あとは震災の後日談、そして江戸怪談である。

今はなき、良き日の江戸の町、東京の街の姿を伝える随筆、「逝きし日の面影」で書かれた江戸の風情が明治の時代にはまだまだ生きていたことを示す本である。
綺堂随筆 江戸の思い出 (河出文庫)

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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