
私の育った村には大きな川があり、前は豊かなる海、後ろは又っ自然に育まれた山々に囲まれていた豊かな村でした。
一生涯私の心を癒してくれる村です。何時も私の頭の中にはどこかにこの村へ繋がる不思議な赤い糸が繋がっています。
その村にはまだ水車がコトコトコットンと休まず働いていました。
主食は芋でしたが、今思えば健康な生活をしていたようだ。私はそれが苦手でした。
だが今思えば、楽しいおもいででもある。
おやつにはこと欠かなかった。山いちご、野生の梨、ぐべ、桑の実、川では川エビ、たくまエビ、うなぎ、毛蟹
海は鱚の隠れ日本一の有名なところで、ワタ火でも30cmクラスを20匹位は釣れていた。
もう一つ春の桜、特に八重桜、田んぼには蓮華草、なたねの花、書き出すとキリがないくらい、恵まれていた。


そんな村での私の初恋。私の一人芝居。
その女性は私と日にちを前後してこの世に生を受けた、名前もなにか不思議にに通っていた。
例へば利則、則子のよううな。
小学1年まで一緒ではあったが、私は話したことがあったか、不思議となんの話もしてないようで情けない。
その徐栄は私の家の下にあったのに。なんともおかしな話、その人を思うなら、行動を起こさねば、なんとも情けない男、私であった。

私の親兄弟と別れて、この村に住んでいた。その女性と遊んだ思い出もない。なのに忘れられない女性なのだ。
小学2年で私は両親のもとに帰ることになっていた。その女性に何も言えず私は両親のいる長崎へ帰った。
その後夏休みになると私はその村へ行っていたが、たぶんその女性とはあえなかた。中学2年までは毎年来ていたが会うことはなかった。
その女性の家は真下にあるというのに。がその女性は引越しをしていた。
中学3年の時、高校受験を終えまたこの村へやってきて、育ての親にお礼を言ってフェリーのでてる街に向かった。
その街で船に乗るまで時間があったので昼食をと思い食堂をあがしていると私がいた村の郵便局長に出会った。
局長は親類で私を見ると高校入学祝いをしようと寿司屋さんに連れて行って、なにか電話をしていた。
すると小学時代同級生出会った中村くんがやってきた、しばらくすると、多分5,6年ぶりに会うその女性であった。
郵便局長の計らいで図らずもその女性であった、美しいと思った、こんな女性だったのだと心揺れた。中村君とその女性っ坂本則子さんは
よく話していた同じ高校に合格したとのこと。女性とは顔を合わすこともなくその寿司屋を出てフリー乗り場へ向かった。
誰も見送りはしてくれなかった。私のだらし無さ、一言も話せず生涯を終わろうとしてる。そしてその女性の幸福な人生を思っていた。
さーもう新しい人生の始まりだと叫んだ。

