幸せは長くは続かあなかった 2015-12-18 01:07:18 | 人生 楽しいことはそう長くはなかった。この夜最後の晩餐までは家族は幸せいっぱいでした。 翌日、私はサチの会に出席していた。 神父の説法を聞き終わに近づいた頃、私は気を失い救急車の中にいた。市民病院の救急室に入院することとなった。 私みたいな貧乏人の幸福はあっという間にどん底を見る。 でもまた、幸せな日を夢見、こつこつと努力する。決して多くを望まず。
小長井(長崎県)へ焼き牡蠣食べに行ってきました。 2015-12-13 03:35:55 | 長崎物語 焼き牡蛎食べるところは。橘湾を望むこんな所。 焼き牡蛎食べる所は意外と清潔で綺麗でした。牡蠣、ホタテ、ハマグリ、焼き飯、じゃがいも等々。 空はかように晴れ渡り、ポカポカ日和。 私が嬉しかったのは12月というのに牡蠣焼きのところには、コスモス畑が満開で驚きました。私の最も好きな花。 亡き妻を思いつつ子供達と、とは言っても40歳近い2人の子供たち。 子供がいたから、私は頑張って生きられた。子供たちにとって良き父であれば良かったのですが、人の心わ読めないので。 楽しい一日でした。ときにはこんな日もないと。
明日は小長井へ焼き牡蠣食べに 2015-12-12 03:47:51 | 長崎物語 明日何年ぶりか忘れたが、小長井へ焼き牡蠣食べに行きます。 久しぶりの家族揃って。3人ですが、どんなお美味しいものが食べられるか、楽しみだ。
間際の夢 2015-12-10 01:40:32 | 人生 出来れば77歳位で’ぼけず’’苦しまず’スーット天に昇りたい、それが人生最後の夢。世界のどこでもいい、 希望はイギリスかオーストラリアで。別に意味はないのですが、世界を旅して気に入ったからがその意味。 その前に、人生最後の受験もしたい。格好付けて一寸、もう意味のない資格ではありますが、人生最後まで 勉強したと思いたく。 人生思い通りに生きたと思うのは何パーセント位でしょう。 30%もあれば十分でしょう。人生を前期、中期、後期と分ければ、それだけあれば十分でしょう。 今後、日本は、世界はどうなって行くのでしょうか?
悲しみも苦しみも 超えられる。 2015-12-09 01:37:35 | 人生 人生には喜びも悲しみも苦しい時もある。喜びは忘れられるが悲しみとか苦しみは続く。 それは神が私を強くしてくれるためと思い、悲しみや苦しみとは私は暫くは戦い続ける やがてそれらを受け入れ同化していき、やがて喜びとします。 人生負け続けるわけには行けません。 何事も自分への神の私への試練だと。 でも、妻をなくした悲しみだけは私が世を去るまで消え様もない。 糟糠の妻なれば。