感じる
今、私共のカウンセラーの卵が苦しんでいます。感情を共感することに!これはとても難しいことです。「我が身に起きた如く感じろ」「思いやりの心を持て」など、言葉で表現するのは誰でもできます。心の声を感じることは、また表現することは至難の業です。「悲しい」事に間違いはありませんが、「悲しみ」の中には、色々な思いが込められています。漢字で表現するだけでも「悲しい」「悲しい」「愛しい」総て悲しいを表現しています。
悲しい
傷つけられて悲しい。裏切られて悲しい。見捨てられて悲しい。怒られて悲しい。嫌われて悲しい・・・等々!一杯悲しい思いがあります。これは「悲しい」の一言で括ってしまってもいいのでしょうか?カウンセリンを行なっている初めの頃は、クライエントの気持ちを汲んで「悲しいですね」と共感する事により、クライエントは気持ちを分かって貰えたとの思いから、救われた気持ちになります。でも、カウンセリングが進む内に、クライエントもカウンセラーも気持ちの上ですれ違っている感がしてくるときがあります。カウンセラーが表面上の共感をしているから起きる現象です。確かに言葉では「悲しい」です。でも、心の奥底に潜んでいる「悲しい」を共感できないとカウンセリングは悪化していきます。「悲しい」を生み出している思いを共感できないとダメなのです。
悲しみを生み出したもの
悲しみを生み出したものは何か?幼いときに何かの原因で「悲しみ」を体験しました。その悲しみの体験があるからこそ、今起きたトラブルで「悲しい」が表現出来るのです。幼いときに体験していなければ「悲しい」は存在しません。過去の体験が今の体験に繋がるのです。幼いときに分かって貰えなかった悲しみの思いを共感できるかどうかが、カウンセリングの大切なところなのです。色にも色々あります。「赤」にも色々あります。深紅の赤から、ピンクやオレンジに近い赤もあります。それとひとつの「赤」と纏めるわけにはできません。心の感じ方も十人十色です。
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