St. John of the Crossの生き方に憧れて

受洗後、最初に買ったカトリックの本が「愛への道」。相応しい生き方をしてない。彼に倣う生き方が出来るよう心がけたいです。

日記

2012-12-17 15:35:03 | Weblog
“Then at the end of your prayer,
pray with the Church and say:
 Holy Mary,
 holy in body and soul,
 holy by an incomparable and
  eternal devotion
 to the service of God,
 holy in the capacity of
  Mother of God,
・・“
p.77
“The Secret of the Rosary”;
St.L.G.de Montfort;
Catholic Book Publishing
より。
その中、
“Second Decade”迄読み終える。




“It is the Virgin,alone faithful,
in whom the serpent has never
had part,who works this miracle
for those who serve her in that
sweet way which I have shortly
to unfold.“
p.55
“True Devotion to Mary”
St.L.G.de Montfort;
Tn Books and Publishers
より。
その中、
“Devotion to the Blessed Virgin
Mary“の
“Ⅱ.Fuundamental Truths of Devotion
to the Blessed Virgin“迄読み終える。

2冊とも暫くの中断の後。





「個人的な体験」「殉教」「無関係な死・時の崖」
何れも新潮文庫を1章目安で読む進めている。
それにどんな意味があるか不明だが・・・。

先月作って投稿しなかった短歌から

 銀杏の葉をそっと見詰めて君想う
   秋の四十万は寒くないかと





今日の福音より。
“「では、わたしも一つ尋ねる。それに答えるなら、
わたしも、何の権威でkのようなことをするのか、
あなたたちに言おう。
ヨハネの洗礼はどこからのものだったか。
天からのものか、それとも、人からのものか。」“
(イエスを信じない者には、その権威がどこから
来るのか明らかにされない。
イエスに心を閉ざす者は、明かされても信じない
のだから。)
“毎日のミサの友”(ドンボスコ、パンパウロ)
より。




写真は、先月30今月1日横浜に行ったときのもの。

+主のお恵みが皆様に。
2012.12.17.
                    乗倉記す


日記

2012-12-10 15:41:34 | Weblog
“We must put the devotion
to Jesus‘ Heart side-by-side,
while allowing ourselves to
be formed by Mary in the cenacle
of her Immaculate Heart.
May we truly become part of
this and allow ourselves to
be immolated for them.
If we can only do these things
with faith and love,
then we can really lead God‘s
people into the promised era of
peace.“
(From-
p.72,;
“Commission Ⅱ:
Alliance of the Two Hearts“)




“Akita International Marian 
Convention”
を読んでます。
11月に国内の、Marian Conventionがありました。
暫く、中断していましたが、機に再び読み始める。
半分くらいのところ。




日曜日に飯田で第1回のFilm Commissionに関する会議
が有りました。
上田コミッションの委員の方がいらっしゃって、講演をなさいました。
飯田でも立ち上がると嬉しいですね。





 曳航の長きに渡る飛行船
     矢車映える十五夜の月

最近作より。

+主のお恵みが皆様に。
+主に賛美と感謝。
2012年12月10日
                             乗倉 寿明 

日記

2012-12-05 15:03:25 | Weblog
待降節第1火曜日
福音朗読 ルカによる第10章
(幼子のような信頼の心をもって
主を迎えよう。)
「「すべてのことは、父からわたし
に任せられています。父のほかに、
子がどういう者であるかを知る者
はなく、父がどういう方であるか
を知る者は、子と、子が示そうと
思う者のほかには、だれもいませ
ん。」」




「集成・昭和の詩」(大岡信氏;
小学館)をやっとほぼ読み終わる。
纏まって読まず、間をおいて折りに
触れ読む。




「エリカの花は今朝、美しい魂を
宿したのです。
 月は光で孫拵えた篩で
   水を撒くでしょう」
(「初春」;吉行理恵女史;
p.562)。
吉行女史の詩にはまる。




シュールの詩や短歌を書いていな
がら、基本が多分分っていない、
に思い至る。
「シュールレアリズム宣言集」
すら読んでいない。
「アンドレ・ブルトン集成」
を引っ張り出してくる。
併せて読もうと、「カフカ日記」
(「カフカ全集7日記」(谷口茂氏;
新潮社)も。




「身を落ち着けることができない
という空しい絶望。苦悩に満足
したとき初めて、ぼくは立ち停
っていることができる。」
「日記」より、p.318。

 カッフェKのレスカ浮きし水の輪の
     風穏やかな初夏の夕暮れ

最近作った歌です。
写真は、横浜・東京旅行の際。
30日・1日。
体調が悪く、昨晩から眠って
ばかり。
座って書いて、書きながらも
眠る。
+主のお恵みが皆様に。
2012年12月5日
          乗倉記す

日記

2012-12-03 02:43:04 | Weblog
「喜びまたは苦しみ、賞賛または屈辱を、
同じ心情で受け入れます。
一つひとつが過ぎ去っていくことを覚えています。
人々がわたしについて言うことが、
わたしにとって重要でしょうか。
わたし個人に関することを皆、ずっと以前に放棄しました。
わたしの名前はホスチア-あるいはいけにえです。
言葉においてではなく行いにおいて、
優しいイエスよ、我が師よ、
自分自身を無にすることにおいて、
そして、十字架上のあなたのようになることにおいて
[わたしの名前はいけにえです]。」
(「485 わたしの名前はホスチア、つまりいけにえです」
(「聖ファウスティナの日記 
わたしの霊魂における神のいつくしみ」;
庄司篤氏監修;ユリアン・ルジツキ女史・相原富士子女史共訳;
聖母の騎士社;p.224) よりの引用。)




わたしはこれを詩として読みました。
重要な章(勿論、すべての章が悉く重要であるが)
「474 神の怒りの執行者である一位の天使を見ました」
~ 
「476 神の慈しみのチャプレットの啓示」
の後にあって、他と少し雰囲気が違い詩と感じました。
しかも、これまで読んだどの詩より価値あるもの。
ちなみに、監修者の庄司篤神父様は、
わたくしが受洗したときの神父様。
受洗前の半年の勉強の時代から、6年間お世話になった神父様。




最近、ラジオ・マリアに嵌っています。
インターネットで24時間のラジオ。
いろいろな国にあるが、アメリカの。
写真は、30日・1日、
金土と東京・横浜に教区の一粒会委員会のことで行く。
そのとき折に触れ撮ったもの。




昨日は典礼元旦。C年。降誕節第1主日。
静かに神を待つ。
「主よ、わたしの中に来てください。」
家に入るとき、誰が入るより先に
「主よ、わたしの家に来てください。」と
ドアを開ける。
朝、一番に「主よ、わたしの部屋に来てください」
と言う。
そう願えば、象徴ではなく、本当にそこに主は来られる。



降誕節第1月曜日福音朗読より。
マタイによる福音8章より。
(謙遜に言おう。
「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできる
ような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。
そうすれば、わたしはいやされます。)
「「イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。
「はっきり言っておく。
イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。
言っておくが、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、
イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。」

+主の慈しみが皆様の上に御座いますよう。
+主に賛美と栄光。
2012年12月3日
                          乗倉記す