集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

雑記・極真ブームを作った?支えた?二大バイアス

2022-12-03 17:43:49 | 格闘技のお話
 現状では全く信じられないでしょうが、昔々、極真空手が社会的現象といえるほどの盛り上がりを見せていたことがあります。

 このブームの発端が、昭和46(1971)~昭和52(1977)までの6年間、週刊少年マガジンで連載されていた「空手バカ一代」であることは間違いないのですが、それ以外のメディアミックス(映画「地上最強のカラテ」、「空バカ」アニメ、機関誌カラテマガジンなど)、ド派手な大会運営、大量に出版された大山総裁の著書(;^ω^)などがうまく関与し合ったことから、昭和40年代後半~50年代前半の比較的永きに亘り、そのブームは続きました。
 このブームは極真空手の勢力を爆発的に伸ばしたいっぽうで、
・全国的な指導員不足
・実力派選手の外部流出、本部道場の実力低下
・稽古体系全体が「試合用の練習」へ変容
・支部同士による会員獲得の角逐
・あとはカネの問題
といった、後に尾を引く諸問題を引き起こすこととなり、極真という組織が「魑魅魍魎が跋扈する劇画の世界そのもの」(中村忠著「人間空手」より)に変容する原因ともなりました。
 ここでひとつ、極真という組織が「極真ブーム」に引っ張られるかたちで、「劇画の世界」をやっちまったエピソードを紹介します。

 昭和51年11月1~3日にかけ、極真が主催する第1回世界空手道選手権大会が行われました。
 実はこの大会は大山総裁が、突っ込まなくてもいいクビを、ブームに乗って突っ込んだことに端を発して行われたものです。

 これをさかのぼる4年前の昭和47(1972)年、現在のWKFが主催した第2回世界空手道選手権大会の団体組手に於て、日本が3回戦で敗れるという波乱が起きます。
 これを受けて大山総裁は、こんな発言をします。
「日本の空手は負けていない!今度極真で開く世界大会で負けたら、私は切腹する!」
 でもこれ、ちょっと考えれば、ずいぶんおかしな話です。
 極真と伝統派の団体は、略交流のない別個の団体であり、稽古体系から組手のスタイルまでがまるで違います。
 いうなれば大山総裁の発言は、他人宅のもめごとに、突っ込まなくてもいいクビを突っ込んだのと同様のものであり、伝統派の統括団体からしてみれば「何を言っているんだ…」という性質のものだったことは、想像に難くありません。
 しかし、総裁のこの発言を受けて、昭和50年ころを期して極真は「世界大会の開催」という大事業をやらなければならなくなったわけです。
 前出「人間空手」にはこの大会開催決定を「急遽」と表現していますから、総裁の大会開催発言が、何の準備もなく発せられたことがわかります。
 このころは極真ブーム、「空バカ」ブーム真っただ中であり、総裁による突然の「世界大会やるぞ」発言のウラには「このビッグウェーブに乗るしかねえ~!」という心境が少なからずあったはずです。

 ちなみにこの極真世界大会は、「大山総裁を切腹させてはならない」という忖度が大いに働いたせいで、外国勢に非常に大きなハンデが課せられた大会となりました。
 まず各国代表選手の数ですが、日本だけが8人、ほかは4人という、いきなり「?」な選手編成。
 また外国勢に本部道場の使用を許さず、試合の組み合わせも、外国勢の強豪同士が序盤につぶし合いするようになっており、「二重、三重の見えないハンディキャップが張り巡らされていた」(「人間空手」)わけです。
 けっきょく、1位~6位までを日本勢が独占したわけですが、大山総裁はこの結果に逆に不満を漏らします。
「一位は日本で、二位がアメリカ、三位にまた日本が入ってきて、四位にはヨーロッパ勢が入るようにやってもらっいたかったらしい」(「人間空手」)
 あの世界大会の裏事情はこんなものであり、「現実ではなく、なんと梶原一騎がつくり上げたフィクションの世界に生きようとした」(「人間空手」)結果だったわけです。

 この「極真ブーム」と、それに踊った(狂った?)人々の動きを見ますと、2つのバイアスの存在をはっきり見ることができます。

 まずはブームを作り上げた「断言・反復・感染」。

 極真ブームを代表するフレーズといえば、「空手バカ一代」や、大山総裁の著書で繰り返し述べられた
「数ある格闘技の中でも空手が最強、その中でも極真空手が最強だ!」
「極真は後ろを見せない!」
というものでしょう。
 しかし、少し考えればわかることですが、ルール・戦う場所・戦う人数・得物のあるなしなどで「強さ」の基準はコロコロ変わるわけですから、いったい何を以て「最強」などと自信満々に言えるのか。実におかしな話です。
 しかし、こうした言葉にエビデンスは要りません、繰り返し断言することこそが大切なのです。
 ギュスターヴ・ル・ボン「群集心理」によりますと、「およそ推理や論証を免れた無条件な断言こそ、群集の精神にある思想を沁み込ませる確実な手段となる。断言は、証拠や論証を伴わない、簡潔なものであればあるほど、ますます威力を持つ」とし、「断言・反復・感染」こそが、群集に指導者の言うことを沁み込ませる最も効果的な手法だ、としています。
 これはアメリカ大統領選挙で、オバマやトランプがやっていた手法そのものですが…おお、「極真は最強である!」という証拠や論証を伴わないフレーズを繰り返すことは、まさにギュスターヴのいう手段そのものです。
 
 梶原一騎先生&大山総裁による根拠のない言葉の「断言・反復・感染」は、ブームにすぐ乗っかるような、底の浅い人間を多く引き付けることには成功した…わけです。
 
 ブーム後、極真という組織は巨大化しましたが、巨大化後には有象無象が組織に出入りするようになり、やることが劣化していったのは先述のとおり。
 これは「平均効果」という言葉で説明が可能です。

 「平均効果」とは、認知神経学者のバハドル・バラーミの実験によって明らかになったもので、「集団の中にバカが混じると、そのバカの意見に引きずられる。しかも賢い人間ほど、バカの意見に容易に同調するようになってしまう」という現象。
 弊ブログで以前取り上げた名著「AI VS 教科書の読めない子供たち」の中で、おバカな女の子たちが集まって「●は熱いうちに打て」というクイズに挑戦した際、一番おバカな女の子が言い出した「●=悪じゃね?」という回答に、他の女の子も連鎖反応的に賛同していった、というエピソードが紹介されていましたが、それがまさにその現象です。

 極真という組織内でもまさにこの「平均効果」が起き、まともな人が愚かな人の発言に引きずられておかしくなる、という現象が多発しました。これは当時の文献を読めば読むほど明らか(当事者はかなりぼかした書き方をしていますが、いくつかの作品をトレースして読めば、すぐわかります)。
 この「平均効果」は、「世界大会開催」発言前後の大山総裁の言動に顕著に表れています。その後、それに耐えられなくなった高弟の離脱が、昭和51年の中村師範離脱を筆頭にジャンジャンジャンジャン続く…という現象が起きますが、これは偶然の一致ではなく、「平均効果」による必然だったことがわかります。

 最後に。
 この原稿は、極真を揶揄するために書いたものではありません。
 極真を狂わせたこうしたバイアスは人間誰しもが持つものであり、ふとしたきっかけで陥ってしまうものだということを知って頂きたく書いたもので、それを当てはめて説明するのに適当な題材が、たまたま「極真ブームのころの極真」だったというだけのことです。
 以上、悪しからずご理解お願いいたします。

2 コメント

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Unknown (老骨武道オヤジ)
2022-12-05 23:42:31
極真カラテが派手にやりまくったころ、不肖私は現役の大学空手道部部員でした。極真どころかブルースリー=燃えよドラゴンも大ヒットし、大学空手道部が主体となって発足した全空連(ゼニ空連?)は殿様商売が出来なくなり、末端で苦労ばかり強いられる下っ端指導者の私の本音を言えば「ざまあみろ!」というのが本音でもありました。しかし、私は「当てることも出来れば止めることも出来るのが近代武道の理想である!」との信念を持ち続け、ゼニ空連の立場を支えてきました。「親分が良いから組が続く」のではなく「親分が大したことなくても優秀な子分が揃っているから伝統武道組は残るのだ!」でやっております。かといってマニアックな「古武道」に走る気持ちはサラサラありませんな・・チャンチャン!!
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ありがとうございます! (周防平民珍山)
2022-12-06 21:08:23
 老骨武道オヤジさま、いつもいつもありがとうございますm(__)m。
 
 なるほど、極真の台頭によって、全空連が「殿様商売」を漸減したとは知りませんでした(;^_^A。これは当事者であった老骨武道オヤジ様しか知りえないことでございまして、貴重なお話に感謝しきりでございます。
 また、全空連所属の方々は猛者ぞろいと心得ておりますが、老骨武道オヤジさまのような「在野の達人」によって成り立っている部分が大であるという点も、絶対に忘れてはならないと思います。

 余談過ぎる余談ですが、ワタクシが現在も稽古を続ける理由は「段を与えたくださった師匠たちの顔をつぶさない」という、その一点のみになっています。
 いくつか頂いている段位のうち、最高段位が四段、それ以外に三段がふたつですから…その貫目を守るのは容易ではないですが、段位とは「もらった時よりヘタになったり、弱くなっていたりしたらオマエ死ねよ」というものと心得ておりますので、ワタクシも稽古を欠かさないように致します。
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