徳川慶喜log~徳川と宮家と私~

徳川慶喜家に生まれた母久美子の生涯、そして私の人生。

私・井手純〜大学から帝国ホテル時代⑤〜

2019-06-01 05:00:00 | 日記
家に帰って、夜父にそのこと(帝国ホテルから宴会場を孔雀の間に変更して欲しいと懇願されたこと)を話すと、父は激怒した。
「両殿下も富士の間はとても良いと喜んで頂いたのに、今更変更できるか!ふざけるな!もう案内状も出してあるのにそんな非常識なことは許せん!」とにかく取り付く島もない程であった。

翌朝父は母と二人で「仕方ない。ここで断れば今後のお前のためにならないかも知れない。まるでお前が人質にとられている気分だ!」前の晩に母から説得されたようだった。
何も出来ない自分にイラついたが、出社して部長室へ行き承諾した旨を伝えた。
二人の部長は大喜びであった。

しかし、しかし、しかし、その三日後また両部長に呼び出された。
なんと千代の富士の人気が凄くとても富士の間では入りきれなくなったというのだ。
結局また元に戻らされたのだ。
父はもう呆れて何も言わなかった。

披露宴は無事盛会に終わったが、何とも言えない何か水を差された後味の悪い気持ちであった。

徳川おてんば姫(東京キララ社)