神奈川県警公安部による詐欺罪デッチ上げ事件を担当した内田雅敏弁護士が怒りの手記を執筆されたので、ご紹介したい。いま、ここまでする警察に共謀罪という凶器を渡してよいのだろうか?
■■引用開始■■
公安警察によって「極左暴力集団」の烙印を押されると
憲法の保障する居住権も認められないのか
――神奈川県警公安部による詐欺罪デッチ上げ事件――
内田雅敏
1.公安捜査
2007年1月23日、神奈川県相模原で反基地、公害問題などに取組む「エコアクションかながわ」のメンバーであるK君(大学院生)が不正に建物の賃借権を取得したとして詐欺罪の容疑で神奈川県警公安部によって逮捕された。同時に神奈川県警公安部は、K君の住居を含む関係者宅3ヶ所を家宅捜索し、書類、本、インターネットの情報などごっそりと押収して行った。
勾留状に記載された被疑事実の要旨は以下のようになっている。
「被疑者は、極左暴力集団・ブント(BUND)(通称「戦旗。荒派」)の活動家であるが、(中略)
神奈川県相模原市所在XのY号室の賃借権を不正に取得しようと企て、平成17年3月27日から同年4月3日、東京都町田市原町田所在のZ会社町田駅前店内において、同店店長に対し、真実は、同室を同派活動家の活動拠点及び居住アジトとして使用する意図であるのに、その情を秘し、2人で入居して居住のみに使用する旨虚偽の事実を申し向け、(中略)
同年4月3日から平成19年4月2日まで同室を被疑者に賃貸する旨の賃貸借契約を締結せしめ、(中略)
被疑者他2名が入居したうえ、同室を同派活動拠点として使用し、賃借権を不正に取得し、もって、人を欺いて財産上不法の利益を得たものである。」
このように「極左暴力集団」「活動拠点」「居住アジト」などの言葉が飛び交っており、いかにも物々しい犯罪がなされているかのような記述となっているが、実体はK君が「エコアクションかながわ」のメンバー2人と一緒に3人で住むために部屋(2LDK)を借りたにすぎないものである。しかもK君は、仲介業者に対して3人で住む旨はっきりと告げた上で物件を探してもらい、本件賃貸借契約を締結し、3人で居住し始めたのである。
ところが仲介業者の手違いか何かで大家との契約書には2人で住むとなっていた。K君の側に何ら落度はなく、また部屋の使用方法も友人が来ることはあったにせよ、通常の居住としての使用範囲を超えるものでは全くなかった。
本件のような建物賃貸借契約に関し、大家との間で、契約条件に反することがあったとしても、それは修正、あるいは条件違反がはなはだしい場合に契約の解除ということになるのであり、その場合でも、まず当事者間の話し合いがなされるのが通例であり、純然たる民事問題である。本件では大家との間でそのような話し合いは一度もなく、大家も3人で居住していることは認識していた――大家が水道管の件で部屋に来た際応対したK君が居住者は2人ではなく、3人であると話している――のであり、民事事件にもなりえないものである。
それが何故「詐欺罪」という刑事事件になるのか、否、されるのか。そのキーワードは、前記被疑事実の要旨の冒頭にあった「極左暴力集団」という語にある。
「極左暴力集団」の烙印を一度押されると、憲法の保障する居住権も否定されてしまうようだ。烙印を押すのは検察官でもなければ、裁判所でもない、公安警察である。公安警察は烙印を押すものがないと自分の存在意義がなくなるので、常に烙印を押す対象を捜し求める、というか作り出す。K君が所属している「エコアクションかながわ」の上部団体(?)ブント・センキ派はかつて三里塚などでロケット弾を飛ばしたりしたことがあったが、それは20年以上も前のことで現在は全くそういうことはしておらず、反基地、公害問題などに取組んでいる団体である。K君がメンバーになったときは、すでに路線転換がなされていた。
「住居」とは「生活の本拠」のことであり、そこでは寝食するだけでなく、友人が訪ねて来たり、談笑したり、あるいは勉強したり相談事をしたりすることは当然ある。K君も友人と一緒にそのように、本件賃借建物を使用していた。もちろん賃料の滞りもなく、大家からのクレームも1度もなかったし、前述したように3人で住んでいたことは大家も自身も知っていた。
にもかかわらず、神奈川県警公安部はK君を逮捕し、横浜地検特別刑事部はK君に対する勾留請求をし、これが却下されるや準抗告(異議申立)をした。準抗告審を担当した横浜地裁第3刑事部の木口信之、多和田隆史、奥俊彦の3人の裁判官は、検察官の主張を容れ、勾留請求を却下した原決定を取消し、K君に対する勾留を認め、かつ、接見禁止決定までした。その際、認定した被疑事実が前述した「極左暴力集団」云々である。
K君は大学院の4年生で、修士論文を提出しており、3日後の土曜日午後より教授による口頭試験を受ける予定となっており、もし口頭試験が受けられないと修士号取得は不可となってしまうという事情があった。弁護人が裁判所にその旨説明し、身柄引受書も提出し、釈放になった場合に証拠湮滅や逃亡したりはさせない旨を誓約した。
にもかかわらず、前述したように勾留決定なのである。
準抗告審も担当した前記3人の裁判官は人権感覚のかけらもない者として記憶されるべきである。
10日間の勾留中、K君に対する取調は専らK君らの運動に関することで、取調官は「ブントをやめろ。やめなければ何回でもパクる。それが俺の仕事だ」と脅した。勾留満期日である同年2月2日、処分保留でK君は釈放された。
今、実行行為がなくとも「相談」だけで罰することができるとする共謀罪の導入が企てられている。本件は「相談」がなくても「相談」する場所(住居)を借りたことが犯罪とされてしまうのであるから「共謀罪」以前だ。ビラ配りを住居侵入罪で逮捕、勾留することも含めて「微罪」逮捕、あるいは「微罪」ですらないものでも逮捕という事例がここ数年拡がっている(拙書「これが犯罪『ビラ配りで逮捕を考える』・岩波ブックレット」参照)。
本件もその一例である。公安警察の狙いは逮捕勾留による被疑者の身柄拘束による運動からの離脱の強要と逮捕に併行して行われる関係者宅を含む家宅捜索(ガサ)による情報収集が目的である。本件についてもK君を立件(起訴)できなくてもすでに目的を達しているのだから何ら痛痒を感じない。そもそも当初より立件(起訴)を目的としていない。ここに刑事警察による捜査と公安捜査の捜査との違いがある。
本件類似のひどいケースを記しておこう。
杉並区役所前で都政を革新する会のビラ撒きをしていた京都在住の活動家が、上京に際してペンネームを使用して自分の衣類を宅急便で革新する会の自分宛に送ったところ、「有印私文書偽造・同行使」に該るとして逮捕・勾留された。
勾留状に書かれた被疑事実は、以下のとおりとなっている。
「被疑者は○○委員会に属する者であるが、架空人物の氏名をもって宅急便伝票を作成し、荷物2箱の運送を依頼することを企て・・・某所において予め入手していた宅急便伝票の依頼主氏名欄に架空人物である○○○○の署名を冒書して、平成16年11月21日午後9時○○分頃、京都・・・所在のセブンイレブン京都河原町高辻店において同店員○○に対し、上記偽造に係る宅急便伝票を真正に作成したもののごとく装い、これを交付し、行使したものである。」
いかにも犯罪を構成するかのように大仰に書かれているが、真実は自分の衣類をペンネームで送ったに過ぎないものであり、犯罪だなんてとんでもない。
さすがに準抗告によって勾留は取消されたが、この件を理由として関係3箇所にしっかりと家宅捜索が入っている。逮捕状・勾留状を発布した裁判官の人権感覚はどのようなものなのであろうか。
2.チェック機能を果していない裁判所の責任
前述したように、本件について裁判所はいったんは検察官よりなされた勾留請求を棄却した。しかし、検察官よりの準抗告を認容し勾留を認めた。私はK君の弁護人として、勾留理由開示公判を求め、被疑事実の要旨及び勾留の必要性である逃亡のおそれ、罪障隠滅のおそれ等々について、勾留を決定した裁判所に対して、以下のような求釈明をなした。
勾留理由開示請求事件
求釈明書
2007年2月2日
横浜地方裁判所 刑事部 御中
被疑者 K
弁護人 内田雅敏
1.「極左暴力集団・ブント(BUND)」とあるが、
① 極左暴力集団とはどのような考え、行動をする団体のことを意味するか
② ブントを極左暴力集団と認定した根拠は何か。
③ ブントが極左暴力集団と解されるようなことをした最新のものとして、いつ、どのようなものがあったと認識しているか。
2.「活動拠点及び居住アジト」とあるが、
① 活動拠点と住居は異なるのか。
② 居住アジトと住居は異なるのか。
3.「居住のみに使用する旨」とあるが、
① どのような使い方をしたら住居としての賃借契約に反するというのか。
② 被疑者は本件建物を居住以外にどのような使い方をしていたと認識しているのか。
4.証拠湮滅のおそれがあるというが、本件は賃貸借契約の解釈の問題があり、具体的にどのようなおそれがあるというのか。
5.逃亡のおそれがあるというが、被疑者についてどのような事由によりそのおそれが具体的にあると判断したのか。 以 上
ところが開示公判に現れた若い奥俊彦裁判官は、被疑事実の要旨を読み上げ、これらの事実は「一件記録」により認められると述べただけで求釈明に応じる必要はないと述べた。そして直ちに弁護人の意見陳述に入ると告げ、弁護人からの再度の求釈明に対しても一切答えなかった。答えることができないのである。
裁判官は、終始無表情で開示公判のプログラム(?)を書いたと思われるメモを読み上げながら発言し、被疑事実の要旨の読み上げでは、「極左暴力集団」のくだりをはしょった。本件事件のキーワードである「極左暴力集団」という語に触れることができないのである。検察官の言い分(正確には公安警察の言い分)をそのまま記しただけなので、具体的な説明ができないからである。
裁判官は弁護人の意見陳述は10分間とするとし、この瞬間から10分間の時間が始まるとまで言った。
まるで弁護人に対して喧嘩を売るような態度であった。私も弁護士生活30余年の中で何度も勾留開示公判をやってきたが、ここまでひどい裁判官は初めてだった。傍聴席の人々も驚き、あきれていた。
3.治安維持法なき治安維持法状態
裁判所は「人権の最後の砦」と言われる。しかし裁判所がその役割を全く果たしていない、それが公安警察による違法な「微罪」逮捕、勾留を容認している。
1986年11月に発覚した神奈川県警による共産党幹部宅盗聴事件、実行行為者まで特定されたこの明々白々な事件が不起訴となった事実を忘れてはならない(前記拙著47頁「公安警察に勝てない検察──神奈川県警盗聴事件」)。
本件では、当初勾留請求を受けた若い裁判官は、事案の性質と被疑者の権利、事情(3日後に大学院での口頭試験)を考慮し、弁護人からの身柄引受書などを条件として、憲法、刑事訴訟法の精神に基づき、検察官の勾留請求を却下した。
しかし、それを準抗告審において3人の先輩裁判官らによっていとも簡単に取消されてしまった。こういう場合、若い裁判官の気持ちはどうであろうか。萎縮してしまうのではないかと心配だ。
公安警察の暴走を制御できない検察そして裁判所の責任は重い。
かつて特高警察の従僕であった裁判所が、今、再び公安警察・検察の従僕となろうとしている。治安維持法なき治安維持法状態である。
歴史はそのままはくり返さない、形を変え、薄められて再来するのである。
追 記
本件弁護人として当然のことだが、私は本件賃貸借契約を仲介した乙・町田駅前店に行き、仲介当時の契約書等を見せてもらおうとした。ところが、同店は「警察から何も言うなと言われた」として一切応じなかった。
K君は仲介を依頼した客であり、所定の手数料も支払っている。それを「警察に言うなと言われた」とは。私の声にもいささか力が入った。
それで店が警察を呼んだ。事情聴取に現れた町田警察署員と私との間で、以下のようなやり取りがあった。
警察官「先生、どうしたんですか・・・」
私「かくかくしかじか・・・」
警察官「まさかそんなことで逮捕されるなんて、そんなことはあり得ないでしょう・・・」
私「そう、あなた方交番の警察官はそんなことで逮捕はしない。しかし、公安警察はそれをするのですよ」
警察官「・・・」
なお、K君の修士論文の口頭試験だが、勾留決定直後より大学当局と連絡を取り、理解を求めていた結果、釈放後の2月5日(月)、無事受験することができた。
2007年2月5日
■■引用終了■■
★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
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■■引用開始■■
公安警察によって「極左暴力集団」の烙印を押されると
憲法の保障する居住権も認められないのか
――神奈川県警公安部による詐欺罪デッチ上げ事件――
内田雅敏
1.公安捜査
2007年1月23日、神奈川県相模原で反基地、公害問題などに取組む「エコアクションかながわ」のメンバーであるK君(大学院生)が不正に建物の賃借権を取得したとして詐欺罪の容疑で神奈川県警公安部によって逮捕された。同時に神奈川県警公安部は、K君の住居を含む関係者宅3ヶ所を家宅捜索し、書類、本、インターネットの情報などごっそりと押収して行った。
勾留状に記載された被疑事実の要旨は以下のようになっている。
「被疑者は、極左暴力集団・ブント(BUND)(通称「戦旗。荒派」)の活動家であるが、(中略)
神奈川県相模原市所在XのY号室の賃借権を不正に取得しようと企て、平成17年3月27日から同年4月3日、東京都町田市原町田所在のZ会社町田駅前店内において、同店店長に対し、真実は、同室を同派活動家の活動拠点及び居住アジトとして使用する意図であるのに、その情を秘し、2人で入居して居住のみに使用する旨虚偽の事実を申し向け、(中略)
同年4月3日から平成19年4月2日まで同室を被疑者に賃貸する旨の賃貸借契約を締結せしめ、(中略)
被疑者他2名が入居したうえ、同室を同派活動拠点として使用し、賃借権を不正に取得し、もって、人を欺いて財産上不法の利益を得たものである。」
このように「極左暴力集団」「活動拠点」「居住アジト」などの言葉が飛び交っており、いかにも物々しい犯罪がなされているかのような記述となっているが、実体はK君が「エコアクションかながわ」のメンバー2人と一緒に3人で住むために部屋(2LDK)を借りたにすぎないものである。しかもK君は、仲介業者に対して3人で住む旨はっきりと告げた上で物件を探してもらい、本件賃貸借契約を締結し、3人で居住し始めたのである。
ところが仲介業者の手違いか何かで大家との契約書には2人で住むとなっていた。K君の側に何ら落度はなく、また部屋の使用方法も友人が来ることはあったにせよ、通常の居住としての使用範囲を超えるものでは全くなかった。
本件のような建物賃貸借契約に関し、大家との間で、契約条件に反することがあったとしても、それは修正、あるいは条件違反がはなはだしい場合に契約の解除ということになるのであり、その場合でも、まず当事者間の話し合いがなされるのが通例であり、純然たる民事問題である。本件では大家との間でそのような話し合いは一度もなく、大家も3人で居住していることは認識していた――大家が水道管の件で部屋に来た際応対したK君が居住者は2人ではなく、3人であると話している――のであり、民事事件にもなりえないものである。
それが何故「詐欺罪」という刑事事件になるのか、否、されるのか。そのキーワードは、前記被疑事実の要旨の冒頭にあった「極左暴力集団」という語にある。
「極左暴力集団」の烙印を一度押されると、憲法の保障する居住権も否定されてしまうようだ。烙印を押すのは検察官でもなければ、裁判所でもない、公安警察である。公安警察は烙印を押すものがないと自分の存在意義がなくなるので、常に烙印を押す対象を捜し求める、というか作り出す。K君が所属している「エコアクションかながわ」の上部団体(?)ブント・センキ派はかつて三里塚などでロケット弾を飛ばしたりしたことがあったが、それは20年以上も前のことで現在は全くそういうことはしておらず、反基地、公害問題などに取組んでいる団体である。K君がメンバーになったときは、すでに路線転換がなされていた。
「住居」とは「生活の本拠」のことであり、そこでは寝食するだけでなく、友人が訪ねて来たり、談笑したり、あるいは勉強したり相談事をしたりすることは当然ある。K君も友人と一緒にそのように、本件賃借建物を使用していた。もちろん賃料の滞りもなく、大家からのクレームも1度もなかったし、前述したように3人で住んでいたことは大家も自身も知っていた。
にもかかわらず、神奈川県警公安部はK君を逮捕し、横浜地検特別刑事部はK君に対する勾留請求をし、これが却下されるや準抗告(異議申立)をした。準抗告審を担当した横浜地裁第3刑事部の木口信之、多和田隆史、奥俊彦の3人の裁判官は、検察官の主張を容れ、勾留請求を却下した原決定を取消し、K君に対する勾留を認め、かつ、接見禁止決定までした。その際、認定した被疑事実が前述した「極左暴力集団」云々である。
K君は大学院の4年生で、修士論文を提出しており、3日後の土曜日午後より教授による口頭試験を受ける予定となっており、もし口頭試験が受けられないと修士号取得は不可となってしまうという事情があった。弁護人が裁判所にその旨説明し、身柄引受書も提出し、釈放になった場合に証拠湮滅や逃亡したりはさせない旨を誓約した。
にもかかわらず、前述したように勾留決定なのである。
準抗告審も担当した前記3人の裁判官は人権感覚のかけらもない者として記憶されるべきである。
10日間の勾留中、K君に対する取調は専らK君らの運動に関することで、取調官は「ブントをやめろ。やめなければ何回でもパクる。それが俺の仕事だ」と脅した。勾留満期日である同年2月2日、処分保留でK君は釈放された。
今、実行行為がなくとも「相談」だけで罰することができるとする共謀罪の導入が企てられている。本件は「相談」がなくても「相談」する場所(住居)を借りたことが犯罪とされてしまうのであるから「共謀罪」以前だ。ビラ配りを住居侵入罪で逮捕、勾留することも含めて「微罪」逮捕、あるいは「微罪」ですらないものでも逮捕という事例がここ数年拡がっている(拙書「これが犯罪『ビラ配りで逮捕を考える』・岩波ブックレット」参照)。
本件もその一例である。公安警察の狙いは逮捕勾留による被疑者の身柄拘束による運動からの離脱の強要と逮捕に併行して行われる関係者宅を含む家宅捜索(ガサ)による情報収集が目的である。本件についてもK君を立件(起訴)できなくてもすでに目的を達しているのだから何ら痛痒を感じない。そもそも当初より立件(起訴)を目的としていない。ここに刑事警察による捜査と公安捜査の捜査との違いがある。
本件類似のひどいケースを記しておこう。
杉並区役所前で都政を革新する会のビラ撒きをしていた京都在住の活動家が、上京に際してペンネームを使用して自分の衣類を宅急便で革新する会の自分宛に送ったところ、「有印私文書偽造・同行使」に該るとして逮捕・勾留された。
勾留状に書かれた被疑事実は、以下のとおりとなっている。
「被疑者は○○委員会に属する者であるが、架空人物の氏名をもって宅急便伝票を作成し、荷物2箱の運送を依頼することを企て・・・某所において予め入手していた宅急便伝票の依頼主氏名欄に架空人物である○○○○の署名を冒書して、平成16年11月21日午後9時○○分頃、京都・・・所在のセブンイレブン京都河原町高辻店において同店員○○に対し、上記偽造に係る宅急便伝票を真正に作成したもののごとく装い、これを交付し、行使したものである。」
いかにも犯罪を構成するかのように大仰に書かれているが、真実は自分の衣類をペンネームで送ったに過ぎないものであり、犯罪だなんてとんでもない。
さすがに準抗告によって勾留は取消されたが、この件を理由として関係3箇所にしっかりと家宅捜索が入っている。逮捕状・勾留状を発布した裁判官の人権感覚はどのようなものなのであろうか。
2.チェック機能を果していない裁判所の責任
前述したように、本件について裁判所はいったんは検察官よりなされた勾留請求を棄却した。しかし、検察官よりの準抗告を認容し勾留を認めた。私はK君の弁護人として、勾留理由開示公判を求め、被疑事実の要旨及び勾留の必要性である逃亡のおそれ、罪障隠滅のおそれ等々について、勾留を決定した裁判所に対して、以下のような求釈明をなした。
勾留理由開示請求事件
求釈明書
2007年2月2日
横浜地方裁判所 刑事部 御中
被疑者 K
弁護人 内田雅敏
1.「極左暴力集団・ブント(BUND)」とあるが、
① 極左暴力集団とはどのような考え、行動をする団体のことを意味するか
② ブントを極左暴力集団と認定した根拠は何か。
③ ブントが極左暴力集団と解されるようなことをした最新のものとして、いつ、どのようなものがあったと認識しているか。
2.「活動拠点及び居住アジト」とあるが、
① 活動拠点と住居は異なるのか。
② 居住アジトと住居は異なるのか。
3.「居住のみに使用する旨」とあるが、
① どのような使い方をしたら住居としての賃借契約に反するというのか。
② 被疑者は本件建物を居住以外にどのような使い方をしていたと認識しているのか。
4.証拠湮滅のおそれがあるというが、本件は賃貸借契約の解釈の問題があり、具体的にどのようなおそれがあるというのか。
5.逃亡のおそれがあるというが、被疑者についてどのような事由によりそのおそれが具体的にあると判断したのか。 以 上
ところが開示公判に現れた若い奥俊彦裁判官は、被疑事実の要旨を読み上げ、これらの事実は「一件記録」により認められると述べただけで求釈明に応じる必要はないと述べた。そして直ちに弁護人の意見陳述に入ると告げ、弁護人からの再度の求釈明に対しても一切答えなかった。答えることができないのである。
裁判官は、終始無表情で開示公判のプログラム(?)を書いたと思われるメモを読み上げながら発言し、被疑事実の要旨の読み上げでは、「極左暴力集団」のくだりをはしょった。本件事件のキーワードである「極左暴力集団」という語に触れることができないのである。検察官の言い分(正確には公安警察の言い分)をそのまま記しただけなので、具体的な説明ができないからである。
裁判官は弁護人の意見陳述は10分間とするとし、この瞬間から10分間の時間が始まるとまで言った。
まるで弁護人に対して喧嘩を売るような態度であった。私も弁護士生活30余年の中で何度も勾留開示公判をやってきたが、ここまでひどい裁判官は初めてだった。傍聴席の人々も驚き、あきれていた。
3.治安維持法なき治安維持法状態
裁判所は「人権の最後の砦」と言われる。しかし裁判所がその役割を全く果たしていない、それが公安警察による違法な「微罪」逮捕、勾留を容認している。
1986年11月に発覚した神奈川県警による共産党幹部宅盗聴事件、実行行為者まで特定されたこの明々白々な事件が不起訴となった事実を忘れてはならない(前記拙著47頁「公安警察に勝てない検察──神奈川県警盗聴事件」)。
本件では、当初勾留請求を受けた若い裁判官は、事案の性質と被疑者の権利、事情(3日後に大学院での口頭試験)を考慮し、弁護人からの身柄引受書などを条件として、憲法、刑事訴訟法の精神に基づき、検察官の勾留請求を却下した。
しかし、それを準抗告審において3人の先輩裁判官らによっていとも簡単に取消されてしまった。こういう場合、若い裁判官の気持ちはどうであろうか。萎縮してしまうのではないかと心配だ。
公安警察の暴走を制御できない検察そして裁判所の責任は重い。
かつて特高警察の従僕であった裁判所が、今、再び公安警察・検察の従僕となろうとしている。治安維持法なき治安維持法状態である。
歴史はそのままはくり返さない、形を変え、薄められて再来するのである。
追 記
本件弁護人として当然のことだが、私は本件賃貸借契約を仲介した乙・町田駅前店に行き、仲介当時の契約書等を見せてもらおうとした。ところが、同店は「警察から何も言うなと言われた」として一切応じなかった。
K君は仲介を依頼した客であり、所定の手数料も支払っている。それを「警察に言うなと言われた」とは。私の声にもいささか力が入った。
それで店が警察を呼んだ。事情聴取に現れた町田警察署員と私との間で、以下のようなやり取りがあった。
警察官「先生、どうしたんですか・・・」
私「かくかくしかじか・・・」
警察官「まさかそんなことで逮捕されるなんて、そんなことはあり得ないでしょう・・・」
私「そう、あなた方交番の警察官はそんなことで逮捕はしない。しかし、公安警察はそれをするのですよ」
警察官「・・・」
なお、K君の修士論文の口頭試験だが、勾留決定直後より大学当局と連絡を取り、理解を求めていた結果、釈放後の2月5日(月)、無事受験することができた。
2007年2月5日
■■引用終了■■
★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
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