情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

知らなきゃ判断できないじゃないか! ということで、情報流通を促進するために何ができるか考えていきましょう

「巨大なる凡庸」-光市母子殺害事件差戻控訴審を伝える番組に突きつけた放送倫理検証委員の言葉

2008-04-15 22:26:08 | 適正手続(裁判員・可視化など)
 「巨大なる凡庸」―光市母子殺害事件を伝える番組のうち、悪質だとして申し立てられた7時間半のビデオを見終わった放送倫理検証委員会のメンバーが口にした言葉だという。何十人、何百人ものスタッフが一斉に動き、深みのない番組、悪いヤツが、悪いことをした。被害者遺族は可哀相だ」ということしか伝わってこない番組について表現した言葉で、これらの番組に携わった多くのスタッフにこれほどストレートに反省を迫る言葉はないだろう。

 君たちは、あれだけの素材を前に何を伝えることができたのか?プロフェッショナルとして恥ずかしくない仕事をしましたか。金太郎飴じゃないですか。

 冒頭は、4月15日に発表された放送倫理検証委員会の「光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見」(http://www.bpo.gr.jp/kensyo/kettei/k004.pdf)の中で明らかにされた一言だ。

 当時の番組では、橋下弁護士が懲戒請求を煽り、弁護士が煽っているのだからそれに乗ってしまえとでも言いたげな論調が支配していた。しかし、それは弱い者いじめでしかない。弱いのは殺された母子だ、すぐにそう批判されそうだが、巨大な放送局と比較したときの被告人の無力さを考えてほしい。(そうすると、ここでもまた被害者のことを考えろという批判されるのだろう)

 弁護団が言っていることが変だ、被告人が言っていることが変だということを騒ぎ立てるのは、素人が飲み屋で話しているのと同レベルだ。凡庸だと言われても仕方がない。

 もちろん、そう描く方が視聴率がとれる、そういう問題はあるだろう。しかし、そう描いた方が視聴率がとれるような視聴者にしたのは誰なのか?

 刑事訴訟のイロハを記者・スタッフに学ばせようとしないメディア、日本の人権状況についてきちんと伝えようとしないメディア…その結果、リテラシーが進まなかった。

 たとえば、代用監獄とは警察署付属の留置場のことだが、日本は世界でただ一つ、勾留後に代用監獄に身柄を置ける国だという。ほかの国は、代用監獄なるものはなく、勾留されたら直ちに警察署とは別の施設である拘置所に移される。

 日本では、代用監獄を利用して、早朝から深夜までの取り調べができる。

 弁当を食わせたりだのという便宜を図ったりして取引を行うこともできる。

 そして、踏み字事件や富山人違い事件が繰り返される。

 ここでも、ジャーナリストは、冤罪が繰り返されたという結果のみを報じているだけではないだろうか。その原因をどこまで追及し報道できているだろうか。

 すべてのジャーナリストにこの決定を読んでほしい。

 【凡庸は、こうした大切でもあれば、危うくもある、実感の過剰を指している。被告の供述や精神鑑定の場で語ったとされることは、それだけを取り出せば、奇異で異様な言葉である。そのことは実感のレベル、常識のレベルで考えれば、誰でもわかる。
 しかし、本件放送は大人数で、大がかりな番組制作をしながら、そこで止まっている。テレビはその規模の大きさゆえに、多くの視聴者の実感レベルでの反応を引き起こしただろうが、両方が巨大なる凡庸のままで終わっていて、その先がない。この状況を作り出したのは、まずテレビである。その番組の作り方だった。
 公正性・正確性・公平性の原則を十分に満たさない番組は、視聴者の事実理解や認識、思考や行動にもストレートに影響する。一方的で感情的な放送は、広範な視聴者の知る権利に応えることはできず、視聴者の不利益になる、ということである。番組制作者は目の前の事象に反応するだけでなく、種々さまざまな視聴者がそれぞれ何を求めているかについても、考えをめぐらせる必要がある。
 裁判員制度の導入が目前に迫っている。一般市民が裁判員となり、裁判官といっしょに刑事事件被告の有罪無罪や量刑を決めることになる。制度導入は「裁判を身近で、わかりやすいものにするため」とされているが、少なくともそれは、好き嫌いや、やられたらやり返せ式の実感を裁判に持ち込むことではないはずである。それでは、法以前の状態への逆戻りである。だが、テレビはいま、そうしたゆきすぎた実感の側に人々を誘い込んでいないだろうか。
 法治とは何であるか、刑事裁判の構造的原理は何か、なぜ裁判では犯行事実がわかっているのに、被告の生育歴を調べたり、精神鑑定までするのか、法はどうして成人と少年を区別しているのか、被害者とその家族や遺族の無念の思いは、どうすれば軽減・救済できるだろうか――司法をめぐるひとつひとつの問いのうしろに、法律によって苦しみ、法律によって救われた人間たちの歴史がある。まだ答の見つからない問いの前で、いまも苦しんでいる人間がいる。
 事件・犯罪・裁判を取材し、番組を制作する放送人たちが、テレビの凡庸さに居直るのではなく、これらのことに思いを馳せ、いま立ち止まっているところから少しでも先へと進み出ることを、委員会は希望する。】


(PR:冒頭の本は現代人文社。現代人文社といえば、「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」…てか。…まじめな話、なぜ、光市報道のような報道に走らざるを得ないのか、ヒントにもなるはずです)






★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
★「News for the People in Japanを広めることこそ日本の民主化実現への有効な手段だ(笑)」(ヤメ蚊)
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映画「靖国」4月23日正午試写~霞ヶ関弁護士会館2階クレオにて【要予約】

2008-04-14 23:54:46 | メディア(知るための手段のあり方)
 「まず、あなたも映画を見てみませんか」と題する映画「靖国」試写会(フィルム版)+シンポジウムが4月23日、東京霞ヶ関弁護士会館2階クレオにて開催される。入場は無料だが、往復はがきによる事前予約が必要で、応募者多数の場合は抽選となる。平日の昼間というのが残念だが、ぜひ、多くの方に見てもらいたい。見てもらえれば、この映画の価値が分かってもらえるはずだ。
 
 上映後のシンポも見逃せない。今回の問題の発端となった国会議員による試写要求事件などで当事者として事にあたった配給会社の担当者吉川正文さん、NHK番組改編事件で政治家の圧力により番組が変貌していく場面に立ち会った高橋哲哉教授、ビラまき問題など表現の自由に関する事件を取り扱っている内田雅敏弁護士という多彩なメンバー。コーディネーターはNPJの運営団体ピープルズプレスの事務局長、田場暁生弁護士が務める。

 本件で、靖国神社から映像のカットを求める書面が監督や配球会社に送られているが、映画を見れば、そのような必要性がまったくないことが分かってもらえるはずだ。まさに、「まず、あなたも映画を見てみませんか」ということだ。

 応募方法は、http://www.toben.or.jp/upfiles/20080414_162220_1.pdfをご参照ください。

 なお、もしスケジュールなどの関係で、応募できなくても、ぜひ、冒頭のチラシを皆さんのブログやウェブサイトに掲載してほしい。映画「靖国」の上映を応援する輪を広げてほしいのです。よろしくお願いします。


 4月18日にも東京・新宿のライブハウス「ロフトプラスワン」(http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/)で試写会が行われる予定(DVD版)。「一水会」(東京)など五つの民族派団体が中心となり開催を決めたもので、午後2時からの試写後、30分ほど意見交換をする予定だという。こちらは入場料1000円で、先着順らしい。(要確認)

 








★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
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日本は、軍縮・核兵器不拡散でリーダーシップを発揮するべきだと答えた人、73.5%~外務省調査

2008-04-13 22:58:35 | 有事法制関連
 外務省の調査(※1)によると、日本が軍縮・核兵器不拡散についてリーダーシップを発揮するべきだと考えている人が圧倒的多数に上ることが分かった。割合にしてなんと73.5%。これはすごい数だ。潜在的に憲法9条を活かすべきだと考えている人が圧倒的多数派を形成する可能性がある。日本政府が国民に全貌も明らかにしないでミサイル防衛など勝手に軍備を拡大しているが、それが世論に反するものであることが分かったわけだ。

 今後の選挙では、この潜在的な世論を吸収できる政策を打ち出して多数派を形成することを野党は課題としなければならない。

 兵器を扱わない国際救助隊を結成し、国内外での災害に出動させる…よく言われることだが、まずは、この組織編成を打ち出してはどうだろうか。

「●党に投票し、君も国際救助隊に参加しよう!」。

 雇用創出もできるし、新たな技術開発などによる経済効果もあるだろう。ライフラインのとぎれた被災地で、電気を確保するための技術などの開発は、温暖化対策にも役立つかもしれない。

 …って、やや脱線しましたが、今回のアンケート結果こそ、日本の市民が誇れるものだと思う。

 ところで、このアンケートは、毎年、日本が国連で提出している核軍縮決議案「核兵器の全面的廃絶に向けた新たな決意」(Renewed determination towards the total elimination of nuclear weapons)(※2)の意義を国内的に確認するために行われているような感じがする。

 核兵器の全面的廃絶に向けた取組を呼びかける決議採択における意義の有無に関する質問がしっかりなされているからだ。

 そのうえで、今後もこの決議採択を続けていくべきだっていうことの裏付けを得ようとしているように思える。かなり強引に誘導した質問がなされているのはそのためだと思う。

 しかし、それならそれで、この決議自体をもっと宣伝するべきではないだろうか。

 この決議は、【核兵器のない平和で安全な世界を実現するために、すべての国が核兵器の全面的廃絶に向け、更なる実際的及び実効的措置をとる必要性を想起し、かかる措置をとる決意を新たにする】(Recalling the need for all States to take further practical steps and effective measures towards the total elimination of nuclear weapons, with a view to achieving a peaceful and safe world free of nuclear weapons, and renewing the determination to do so,)などというもので、昨年12月5日、賛成170、反対3、棄権9の圧倒的賛成多数で可決された。

 反対した国は、どこだと思いますか。

 米国、北朝鮮、インド…。ここに米国の本音がしっかり見えてるって感じですね。

 棄権したのは、中国、フランス、イラン、イスラエル、ミャンマー、パキスタン、キューバ、ブータン、ニカラグア。

 核兵器国だけで見ると、英国、ロシアが賛成、中国、フランスが棄権、米国が反対という結果。

 共同提案国は、アフガニスタン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、カメルーン、カナダ、チリ、コスタリカ、キプロス、チェコ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、赤道ギニア、エリトリア、フィンランド、ガボン、ドイツ、グアテマラ、ギニア、ハイチ、アイスランド、イラク、イタリア、レバノン、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルク、マダガスカル、モンテネグロ、ネパール、オランダ、ノルウェー、パラグアイ、ペルー、サモア、セルビア、スロベニア、スペイン、スイス、タイ、マケドニア旧ユーゴスラビア、トーゴ、トリニダードトバゴ、ウクライナ、タンザニア、ウルグアイの49か国。

 日本は、立派にリーダーシップを発揮しているじゃない。

 やれば、できるじゃない。この成果をパンフレットにして成田空港に設置するべきだ。国際救助隊構想も本気で実現しよう!

 Change 日本!

※1:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/chosa/i_chosa.html

※2:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/un_cd/gun_un/un_saitaku0712.html








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-北京五輪、邪魔するものは許さない-橋本勝の政治漫画再生計画第117回

2008-04-12 15:39:27 | 橋本勝の政治漫画再生計画
【橋本勝さんのコメント】
北京五輪が近づいてまいりました
めざましい経済発展をとげ
アジアのいや世界の大国となった中国が
開催する平和の祭典の成功を祈りたい
共産主義と資本主義を共存させるという
奇跡をなしとげ
超軍事大国の道を突き進み
世界の安定のために巨大な貢献をする
21世紀をリードするのは
アメリカに代わって中国となる
そんな中国で行われるオリンピックです
チベットの人権問題もたいしたことありません
それにチベットは中国の内政問題です
外国からの干渉はやめてほしい
ダライ・ラマ一派の策謀によって
一部の過激分子が騒いでいるだけなのです
断固そうした妨害には屈しません
中国国内では厳しい情報統制で治安は万全です
五輪に政治は持ち込まないで
各国首脳は開会式にはゼヒ出席を
人権の尊重はそれぞれの国の中でやってほしい


【ヤメ蚊】
青シャツ隊のおぞましさ、ひどいもんがありますね。
…でも、反グローバリズム活動家を入国させない日本政府も相当青シャツっぽいけどね。











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刈谷さんに圧力を加えたのは誰なのか~「靖国」における刈谷さんの表情

2008-04-12 07:31:43 | メディア(知るための手段のあり方)
 「戦時中、靖国神社で刀をつくっていたが、生き残った刀匠である刈谷さんにとって仕事場としてどういうものだったのか」という趣旨の質問に驚き、沈黙してしまう刈谷さん。

 「靖国神社に対する特別の思いがありますか」と問われ、靖国参拝論議をもって問い返す刈谷さん。

 それに対し、刈谷さんの意見を問われ、その回答に「怒られるかもしれないけれど」と一言加える刈谷さん。そして、…。

 この映画で難しい問いを受けたときの刈谷さんの表情と、有村議員の電話の後で、映像を削除するようにと読み上げる刈谷さんの表情を見比べるにつけ、刈谷さんは「靖国」を撮影されていた際に、さまざまな圧力が加えられることを予見していたかのようにも思える。そして、撮影時点では、その圧力を乗り越えてでも映像に撮られることをよしとする、そういう決意が感じられた。

 チラシに入れるコメントとして刈谷さんは、刈谷さんは“誠心誠意”という言葉を監督に伝えたという。

 それに引き替え、上映前に刈谷さんにわざわざ電話をかけた国会議員の心根はいかなるものか。国会議員としてのありように疑問を持たざるを得ない。


 とにかく、見なければ、判断できない。様々な批判をする前に、まず、この映画を多くの方に見てほしい。(文中の引用は一言一句正確に再現したものではありません)

◆写真は、http://eiga.com/review/show/1975より。




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韓国は、日本の人権状況のはるか先を走っている~システムから変えることの大切さ

2008-04-11 06:53:37 | メディア(知るための手段のあり方)
 中央日報によると、いま、韓国では、京畿道高陽市一山(キョンギド・コヤンシ・イルサン)で発生した児童誘拐未遂事件の現場検証が行なわれた際、容疑者がマスクと帽子姿で登場したことをめぐって、被疑者について匿名で発表する問題に関する議論がインターネット上で白熱しているという(※1※2※3)。

 ネットユーザーらは、【帽子をかぶりマスクをかけたまま、名前も匿名で報道されている容疑者らを「じっとして見ていられない」と抗議】しており、【ポータルサイト「ダウム」の「イッシュー・請願のルーム」というディベートルームでは、「殺害、児童・女性を対象とした性的暴行関連犯罪者の顔を公開せよ」というタイトルのもと署名運動が展開されている】という。

 しかし、 【検察・警察・人権委員会の立場は「ネット上の世論」とはやや離れて】おり、【検察庁・警察署のロビーには「被疑者・参考人を許可なく撮影する場合、民事・刑事上の責任を負う」と警告する文がはってある】という。【警察庁・人権保護係の関係者は「憲法に明記された通り、被疑者でも『裁判所で刑が確定するまでは無罪と見なす』という、無罪推定の原則に従うべき」と話している 】らしい。

 人権委員会の【ユク・ソンチョル事務官は「市民が犯罪者について憤怒するのは理解できるが、犯罪に適切な罰を与えることと、大恥をかかせて人格権を侵害するのは別問題」とコメント。ユク事務官は「顔・身元情報を公開しなかったり重刑を言い渡さないために凶悪犯が増える、という論理については、冷静に考えてみる必要がある」と】話しているらしい。

 まさに正論だ。無罪推定の立場からは、有罪判決が出るまでは匿名で報道するのは当然ともいえる(権力者による権力濫用型犯罪はまた別に考えるべきだが…)。

 もちろん、このような方針に対し、反発の声も上がっているという。

【警察と人権委員会のこうした立場に「納得しがたい」という反応も手強い。人権先進国の日本と米国などでは、刑が確定済みでない状況でもマスコミを通じ、凶悪犯の顔・身元情報が公開されているのに、なぜ韓国だけ唯一犯罪者の顔を保護するのか、ということだ 】

 日米が人権先進国だなんて誤解も甚だしい。少なくとも日本より韓国の方がシステムとしてははるかに進んでいる。人権委員会、取り調べの可視化(録画)、放送に関する独立行政委員会、消費者庁…。いつの間にか、日本は韓国に追い抜かされてしまった。

 匿名発表問題もいまは、まだ、過渡期だから、感情論で反発する人もいるだろうが、いずれ、その意義が理解されるとともに、下らぬ犯罪報道が陰を潜め、もっと興味深い、権力犯罪に関する調査報道などが増えてくるだろう。そうなれば、社会のありようは変わってくるはずだ。

 韓国の皆さん、日本をまねするのではなく、日本をまねさせるようなシステムを維持し、発展させてください。

(PR:どうすれば、日本も韓国のようなシステムを構築できるか。そのヒントがここにある…「じゃーん」SE…「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」税込み1890円。冒頭の写真はカバーを外した表紙のデザイン)


 






※1:http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=98488&servcode=400§code=400

※2:http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=98489&servcode=400§code=400

※3:http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=98490&servcode=400§code=400












★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
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稲田朋美議員の映画「靖国」は「日本映画ではない」発言、同じ弁護士として恥ずかしい…

2008-04-10 05:16:49 | そのほか情報流通(ほかにこんな問題が)
 映画靖国で公開前の試写を求めた稲田朋美議員が産経新聞の「正論」欄(※1)で「暴論」を述べている。日本芸術文化振興会が「靖国」に助成金を出したのは誤りだとし、その第1の理由のとして、「靖国」が「日本映画ではない」ことを挙げているのだ。

 稲田議員は言う。

【まず、この映画は日本映画とはいえない。振興会の助成要項によれば「日本映画とは、日本国民、日本に永住を許可された者又は日本の法令により設立された法人により製作された映画をいう。ただし、外国の製作者との共同製作の映画については振興会が著作権の帰属等について総合的に検討して、日本映画と認めたもの」としている。

 映画「靖国」の製作会社は日本法により設立されてはいる。しかし取締役はすべて中国人である。平成5年、中国中央テレビの日本での総代理として設立されたというが、映画の共同製作者は2つの中国法人(団体)であり、製作総指揮者、監督、プロデューサーはすべて中国人である。】

…日本の法令により設立された会社の制作であることは稲田議員自ら認めているのであり、何ら問題ないはずだ。そこで、仕方なく稲田議員は、中国人が制作総指揮、監督、プロデューサーを務めていることを問題視しているが、ここは完全な国籍による差別だろう。国会議員がこのような非国際的な発言をすることが信じられない。

 もし、この会社が助成金を受けるための抜け道として作られた会社であれば、稲田議員の指摘にも一理あるかもしれない。

 しかし、監督も制作会社の代表も日本語がぺらぺらで、日本での生活実態もある。そのような人物が日本を舞台に日本人が出演する日本語による映画を撮影しているのだから、十分、「日本映画」だろう。

 日本人が米国で長年生活し、米国を舞台に米国人が出演する英語による映画を撮影し、米国の同様の団体から助成金を受けたとして、そのことが米国で問題にされるだろうか。ありえない。

 稲田朋美議員は国籍のみによってあえて「差別」しようとしているのであり、このような発言は、昨日指摘した国際人権B規約20条2項の【差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する】という規程に明らかに反する。

 稲田議員の主張は、日本国籍を持った者以外の者が制作した映画は日本映画として認めず、助成も許さないというものだが、海外出身のクリエーターを助成することは日本文化全体の幅を広げるものであり、文化行政としても決して間違っていない。

 いやぁ、稲田議員のような考え方を推し進めると、「スタート」「カット」なんて、言葉を使って制作することもできず、「はじめ」「やめ」なんて言葉を使わされることになるのではないか、戦中のスポーツで英語が禁じられたように…。


 また、稲田議員は、映画の一部シーンを取り上げて、政治的宣伝意図があることを助成金支出不当の理由としてあげる。しかし、全体を見れば、そのような宣伝意図に基づくものではないことは明白だ。靖国を題材としたもの=政治的映画という短絡的な発想がかいま見れるが、老人の生活を題材にたいものだって、実はしっかり政治的映画だったりするわけで(老人医療、老人福祉の在り方に思いをはせることになる)、靖国を特別視するのはどうかと思う。

 全体を通して読むと偏狭な国粋主義者という感じを受けるがどうでしょうか?

 ところで、稲田議員は正論欄ではスペースが足りないからと言うことで、自らのウェブサイトで同趣旨の主張をしている(※2)が、これを見て失望した。

 というのも、正論欄に、

【朝日新聞が報じたような「(私が)事前の(公開前)試写を求めた」という事実は断じてない。助成金を問題にする前提として対象となる映画を見たいと思うのは当然であり、映画の「公開」について問題にする意思は全くなかったし、今もない。「事前の試写を求めた」という歪曲(わいきょく)について朝日に訂正を求めているが、いまだ訂正はない。】

とある一方で、同じ正論欄に

【私もメンバーである自民党若手議員の「伝統と創造の会」(「伝創会」)で助成金支出の妥当性を検討することになり、文化庁に上映を希望した。当初、文化庁から映画フィルムを借りて上映するとして、日時場所も決めた】

とあり、朝日新聞のどこがなぜ間違っているのか、まったく意味不明なため、そこを確認しようとしたのだが、個人的ウェブサイトには朝日新聞のことは一切書かれていないようだ(10日午前5時時点)。

もしかして、「上映」と「試写」は違うっていう理屈なのだろうか…。

ご存じの方は教えてほしい。

なお、稲田議員は、弁護士時代の自らの映像が含まれていることも問題視している用だが、公的な場所で公的な発言をしている場面を映画で撮影することは基本的には自由である。

表現の自由を誰よりも大切に考えていると自負する言葉がむなしい…。


※1:http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080409/trd0804090413003-n1.htm


※2:http://www.inada-tomomi.com/diarypro/diary.cgi

写真は公式ウェブサイトから


◆関連イベント

映画「靖国」と表現の自由を考えるシンポジウム

 4月12日公開予定の靖国神社をテーマにしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」(李纓監督)に圧力がかけられ、上映妨害によって公開の場が失われようとしています。映画「靖国」は、毎年8月15日の靖国神社の様々な姿を映し出すとともに、ご神体である日本刀「靖国刀」を打つ老刀匠の姿を淡々と描きつつ、後半でアジア諸国への侵略戦争における日本刀の意味と役割をいっさいのナレーションなしに静かに描き出した作品です。映画の前評判が広がると、3月12日には国会議員試写会が行われ、同31日には都内で上映を予定していた館が取りやめを表明する異常事態になりました。表現の自由と民主主義が今、押しつぶされそうになっています。
 この問題について考えるシンポジウムを緊急に開催します。
 と き◆◇4月14日(月)18時半~(予定)
 ところ◇◆全水道会館 *入場無料
   〒113-0033 東京都文京区本郷1-4-1
         (JR水道橋駅東口下車2分)
         
問題提起◆◇田島泰彦・上智大教授

講  師◇◆森(もり) 達也(たつや)
(映画監督/ドキュメンタリー作家)

1998年オウム真理教の荒木浩を主人公とするドキュメンタリー映画「A」を公開、各国映画祭に出品し、海外でも高い評価を受ける。2001年、続編「A2」が、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。著書に『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』、『クォン・デ~もう一人のラストエンペラー』『世界が完全に思考停止する前に』『職業欄はエスパー』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(晶文社)、『下山事件』『東京番外地』(新潮社)、『池袋シネマ青春譜』(柏書房)、『いのちの食べかた』『世界を信じるためのメソッド』(理論社)、『戦争の世紀を超えて』(講談社)、『ドキュメンタリーは嘘をつく』(草思社)、『王様は裸だと言った子どもはその後どうなったか』『ご臨終メディア』(集英社)、『悪役レスラーは笑う』(岩波新書)など多数。



日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)
〒113-0033 東京都文京区本郷4-37-18いろは本郷ビル2階  TEL:03-3816-2988 FAX:03-3816-2993

日本ジャーナリスト会議(JCJ)
〒101-0064 東京都千代田区猿楽町1-4-8 松村ビル401号 Tel.03-3291-6475 Fax.03-3291-6478






★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
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聖火騒動にみる日本の表現の自由規制のひどさ~国際人権規約を教科書に掲載しよう!

2008-04-09 06:51:03 | そのほか情報流通(ほかにこんな問題が)
 中国のチベット弾圧に抗議する活動が、欧米を中心とする市民の間で盛んに行われているが、ロンドンやパリの聖火に対する抗議活動の自由さを見るにつけ、日本の市民デモに対する規制の激しさが悲しくなった。日本では、市民が聖火に近寄ることもできないだろう。

 まだ、サウンドデモ不当弾圧の映像をみていない人はまず、これをみてほしい。
http://www.labornetjp.org/Video/ram?file=2006/20060430prec
(映像:realplayerが必要)


 市民的及び政治的権利に関する国際規約、いわゆる国際人権B規約(自由権規約)と呼ばれる条約があるのはご存じの方も多いと思うが、この具体的な条文について呼んだことがある方はどのくらいいるだろうか?

 昭和54年に作成されたこの規約は、50条あまりの条文からなっており、時間がかかるわけではない。この規約を「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約)とあわせ、中学、高校で必ず学習するようにはできないものだろうか?

 というか、国際常識とすべきこの条約を教育もしないで、安全保障理事会の常任理事国になりたいだなんて片腹痛いって感じだ。日本が独自に理事国としての役割を果たすためには、自国の市民が国際規約くらい常識として知っているくらいにならないといかんでしょう。真の意味での国際性が養われるはずだ。君が代斉唱などに抵抗する運動をする方は、対案として人権規約を教材とする真の国際人教育を提言してはいかがでしょうか?

 条文にあたると(※1)、日本の状況が必ずしも先進国だって胸を張れないものであることがよくわかる。

まずは、問題の集会結社の自由について

「第21条
平和的な集会の権利は、認められる。この権利の行使については、法律で定める制限であって国の安全若しくは公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳の保護又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる制限も課することができない。」


サウンドデモに対する警察のありようが、この条文に触れることは明白だ。



次に、好戦的言論、差別言論について

「第20条
1 戦争のためのいかなる宣伝も、法律で禁止する。

2 差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。」

…これは日本ではひどい状況。いわゆるネット右翼が、北朝鮮暴発説などをまき散らし、特亜などと書き連ねる。ここは、ネット右翼がプロ市民、ブサヨと蔑称される側において特定の国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道がなされていないのと比較すると顕著ではないだろうか?特亜などと騒ぐことは、国際人権条約にもとるような行為であることを理解してほしい。



「第10条
1 自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる」
…名古屋刑務所の消火水による直腸破壊「殺人」、徳島刑務所の直腸陵虐など


「第14条
3 (g) 自己に不利益な供述又は有罪の自白を強要されないこと。」
…踏み字事件、富山冤罪事件など


「第19条
1 すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。

2 すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。」
…ビラまき逮捕など


国際人権規約の輪読会などをぜひ行ってほしい。 


※1:http://www.nichibenren.or.jp/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/liberty_convention.html


画像は、http://www.mkimpo.com/diary/2006/mayday_06-04-30.htmlより。


◆関連イベント情報

日本弁護士連合会主催シンポジウム
国連拷問禁止委員会勧告実現のために今何をすべきか
-自白強要や非人道的処遇を許す、わが国の人権状況につきつけられたもの-

 国連拷問禁止委員会は、2007年5月、取調べの可視化の実現、代用監獄の制度
見直しや、死刑制度及び入管行政などをはじめとした、我が国の主要な人権問題
について改革を厳しく勧告しました。にもかかわらず、日本政府は、勧告に対応
した改革に向けた姿勢を見せていません。
 そこで、今回の日本政府報告書審査において、主査として中心的役割を果たし
た、マリーニョ・メネンデス氏をお招きし、委員会が日本政府に何を求めたのか
等につき、基調講演をして頂き、日本の人権状況改善のために、取り組むべき課
題を明確にしたいと考えています。どうぞ奮ってご参加ください。
日程: 2008年4月11日(金)
    時間:18:00~20:30
    場所:弁護士会館2階 講堂クレオBC
    
    プログラム(予定):
      1.基調講演 マリーニョ・メネンデス氏
        (国連拷問禁止委員会日本政府報告書審査 主査)
      2.パネルディスカッション
         パネリスト マリーニョ・メネンデス
          今井 直(宇都宮大学教授)
          海渡 雄一(日弁連拷問等禁止条約に関する協議会事務局長)
      3. 質疑応答
      4. まとめ

◎お問い合わせ先:日弁連国際課・酒巻 TEL:03-3580-9741





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韓国でも放送通信行政は独立行政委員会に~日本の公明党議員も独立必要説く

2008-04-08 05:16:40 | メディア(知るための手段のあり方)
 民間放送4月3日号は、韓国で、放送通信委員会が発足し、初代委員長として崔時仲(チェ・シジュン)氏=冒頭写真=が任命されたことを伝えている。同紙などによれば、この委員会は、通信・IT政策を担当していた情報通信省の機能とテレビ放送などの規制監督を行ってきた韓国放送委員会を統合させたもので、放送、通信、インターネット関連事業などの政策を統括し、米国のFCC(連邦通信委員会)と同様の機能を持つという。

 つまり、韓国は、日本では2010年に予定されている、放送と通信の融合を日本に先んじて実行し、その際に、政府が直接放送通信行政を行うのではなく、独立行政委員会に行わせる制度を実現したことになる。

 ただし、人選に問題があるようであり、李明博大統領が初代委員長として指名した崔氏は、韓国最大の調査会社、韓国ギャラップ社の前社長だという。野党の統合民主党の議員や言論労組は、崔氏が李大統領と個人的にきわめて親しい関係にあるため、「大統領は、放送・通信の融合による産業の発展と効率を言い訳して政治的に偏向した人物を放送通信委員長に指名することは決して容認できない」とし「いかなる犠牲を払っても絶対にチェ・シジュン氏の放送通信委員長任命を阻止する」(言論労組)などとこの人選に反対したが、押し切ったようだ。

 崔氏は、「李政権が独立を脅かすようなことがあれば、わたしが独立性を守る最前線に立つつもりだ」と述べているが、やはり心許ない。

 放送通信委員会設置法は、常任委員5人のうち大統領が委員長を含め2人を任命し、残りの3人は与党が1人、野党が2人をそれぞれ推薦するよう定めているそうだが、多数派である与党が押し切ることができるだけに、適切な人選が必要だ。

 独立行政委員会の人選は、ジャーナリズム界のご意見番原寿雄さんが選考委員会の選考委員会を設けるくらいにしないといけないと言われるとおりで、韓国でも工夫が必要なようだ。


 いずれにせよ、これで、韓国までもが放送通信の独立行政機関を設けたわけで、日本市民としては、ますます恥ずかしい思いがする。

 
 しかし、光も見える。与党の一翼をなす公明党の遠山清彦議員は、次のような質問をしたことをウェブサイト(※1)に掲載している。

【総務省に、谷口政務官来ておられますのでお伺いをしたいと思いますけれども、諸外国では、公共放送及び民間放送局を含めた放送行政全般に対する監督について、政府から独立した機関が行うのが主流になっております。

 日本でも、かつては昭和二十五年から二十七年まで電波監理委員会という独立行政機関がございましたが、廃止をされております。

 また、その後平成九年の行政改革議論でも、総務省の外局として独立性の高い通信放送委員会というものの設置構想がございましたけれども、とんざをしているわけでございます。

 そのときの反対論の論拠の一つは、情報通信分野というのは、国にとって戦略性の高い分野であるということでございまして、それはそれで一定の理解は私しているわけでございますが、私も放送の自由、表現の自由というのを重要視する立場からいたしますと、行政からの直接的な規制というのは必要最小限にすべきではないかと考えておりまして、それを担保する一つの手段、考え方として、今よりも政府から独立性、独自性が高い機関によって放送行政全般について監督するということも一つの在り方ではないかと思っておりまして、先ほど来出ております番組の捏造問題等についても、こういったやや政府よりも、今よりも独立したところが中心になって国民の前で見える議論をしていくということが大事なのではないかと、そういう考え方には一定の合理性があるんではないかと思いますが、総務省の見解を求めたいと思います。】


 この質問に対する総務省の回答はつまらないものだが、少なくとも公明党の議員がこのような質問をしたことは意義深い。

 放送・通信の融合を前に、独立行政機関の設置を国民的な運動によって求めていかなければならない。

 その覚悟は、マスメディアにあるのか?

(PR:そんな疑問に答えるのが、「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」。4月20日発売予定。GWの旅の供に手軽に読める一冊です)











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インターナショナルヘラルドトリビューン、ジ・エイジも注目~日本のメディアの問題点

2008-04-07 04:34:30 | メディア(知るための手段のあり方)
 日本のメディアの問題点と今後のネット規制への危惧が、海外でも次々と報道されるようになってきた。オーストラリアの新聞、ジ・エイジ紙(※1)は、4月5日付で、

【IT IS hardly surprising that Japan's technophile population has created one of the world's most vibrant internet cultures and arguably its biggest blogosphere.
(日本のハイテク好きの人口からすれば、世界で最も大きなブログ世界が日本で生まれても不思議はない)

What observers consider strange, however, is the muted response to a government proposal to scrutinise and regulate all internet content in the same way that it controls newspapers and television broadcasts.
(しかし、新聞やテレビ放送をコントロールしたのと同様の手段で、インターネットを規制しようとしていることに対して、声を上げないでいることは、第三者にしてみれば、とても不思議なことのように思える)】

と報道している。

 そして、「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」の筆者のコメントが引用されている。

【Kazuo Hizumi, a journalist-turned-lawyer who blogs on media issues, has been particularly scathing: "If you look at the fascist movement in prewar Japan, the dangers in the regulation of information by the Government are obvious.
(ジャーナリスト出身の弁護士は、「戦前のファシズムを顧みると、政府による情報統制の危険性は明白である」と激しく批判する)

"That the Government is going to get involved in selecting, by means of filtering software, what information should be blocked - this is completely outrageous. This absolutely cannot be allowed."
(政府がフィルタリングソフトなどを通して、ブロックされる情報の選択に関与しようとしているが、これは信じがたいことで、許すわけにはいかない)】


これに対し、
【The communications ministry has been quick to point out that its report "takes the position that Japan should abstain from adopting regulations aimed at promoting government censorship" and that internet service providers should deal with harmful content.
(総務省は、そのレポート(通信と放送を融合させる法制度に関する最終報告書のこと)に、「政府による検閲については抑制的な立場をとるものである」と書かれていることを指摘した上、プロバイダーは有害情報に対処するべきであると述べた)】
と総務省の反論を掲載している。

しかし、同紙は、

【But it has been less than resolute on the matter, with its report also stating that it is hard for internet service providers to judge whether content is harmful and that there may be "a need for an active effort from the Government".
(しかし、政府の指摘は当てにはならない。なぜなら、同じ報告書にプロバイダーが情報が有害であるかどうかを判断することは困難であるから、政府の積極的な関与が必要となるかもしれないと書かれているからである)】

と総務省を批判した上、

【The internet has become a bastion of rigorous political and social debate of the like that Japan - and its uneasy Government - has never seen before. That could all change by 2010.
(インターネットは、日本にとって(そして、不安な政府にとって)それまで見たことがないような討論の場となった。しかし、それは2010年には全て変えられるかもしれない】

とネット規制の恐れを指摘している。

最後に、「マスコミはなぜ~」の筆者を再度登場させた。

【Mr Hizumi says: "As long as government supervision is permitted, Japan's freedom of expression will be nothing more than that of a communist country or dictatorship."
(「政府の監督を認める限り、日本の表現の自由は共産主義国や独裁国家同様のものになってしまう」)】



なお、同じ記事を同日付のシドニーモーニングヘラルド紙(※2)も報道。ただし、こちらは、タイトルが、「Japan does a bonsai on blogs, websites」(日本は、ブログやウェブサイトを盆栽化しようとしている)とパンチが効いている。盆栽化、つまり、政府によって本来の姿をねじ曲げ、矮小化しようとしているということだろう。


また、この両紙の報道に先立ち、高級紙として名高いインターナショナルヘラルドトリビューン紙(※3)が2月27日付紙面で

【The government is also seeking to rein in some of the more unsavory aspects of the Internet, leaving in its wake, critics say, the censoring hand of government interference.
(政府は、有害情報について政府の検閲によるような規制を掛けようとしていると批判する者もいる)】

と報道した。

同紙も「マスコミはなぜ~」の筆者を登場させ

【"Japan's Internet is increasing its clout, so naturally the government wants to control it," said Kazuo Hizumi, a former journalist who is the Tokyo city lawyer.
(日本ではインターネットの影響力が増えているため、政府がコントロールしよう手いる)】

と指摘させている。

 そして、同書籍の筆者は、

【Soon after the war we followed the U.S. model with the government issuing licenses through the FCC," Hizumi said. "As one party, the LDP, came to dominate politics, it sought more control of the media so the FCC was abolished. There is no ombudsman here, so the government controls the media directly. With this new bill, the LDP will seek to do the same for the Internet."
(戦後まもなく、日本は放送免許をFCCを通して付与するという米国のモデルを採用したが、自由民主党が政権を取った後(正確には日本が占領下から独立した後)、メディアをコントロールしようと考え、日本版のFCCを廃止した。オンブズマン(独立行政委員会のこと)がないため、政府が直接メディアをコントロールするようになった。新法によって、インターネットでも同様のことができるようになる)】

と詳しく説明している。


そして、

【"The Internet threatens the government, but the new law will put the government back in control by making the ISPs directly answerable to the government," Hizumi said. "This is the untenable position we are facing in Japan."
(インターネットは政府を脅かしているが、新法はインターネットを直接政府の管轄下に置くことによって、政府の支配を及ぼすことになる。このような法案は支持できない)】

さらに説明を加えている。

他方、

【What really strikes Hizumi and others is that there is so little public opposition or debate on a bill that would bring enormous change.
(新法がこのような大きな変化をもたらすにもかかわらず、世論で批判や議論がされてないことに驚かされている)】

と市民の監視のなさをも指摘している。


「マスコミはなぜ~」の筆者は言う。

【"I'm afraid ordinary citizens don't care about these lack of rights, consequently the Internet in Japan is heading for the Dark Ages," Hizumi said.
(普通の市民が権利を奪われることに無関心でいると、日本のインターネットは暗黒時代に突入することになるだろう)】


※1:http://www.theage.com.au/news/world/japans-garrulous-bloggers-go-strangely-silent/2008/04/04/1207249457841.html?page=2

※2:http://www.smh.com.au/news/world/japan-does-a-bonsai-on-blogs-websites/2008/04/04/1207249460630.html


※3:http://www.iht.com/articles/2008/02/27/technology/wireless28.php










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調査報道と犯人視報道の境~興味本位の報道を超えてほしい

2008-04-06 15:01:18 | メディア(知るための手段のあり方)
 「名誉毀損・プライバシー侵害に対する救済」の問題と「表現の自由の保障確保」の問題と両方に取り組んでいるなかで、どうしても解決がつかない問題があった(※1)。それは、調査報道の問題だ。調査報道は、独自の調査で、違法な行為・犯罪行為を暴き出し報道するもので、警察の情報を(発表やリークや独自に)とってきて報道するものとは一線を画する。この調査報道が名誉毀損、プライバシー侵害にならない場合、その報道に釘を刺すようなことはできない。むしろ、どんどんやるべし、特に権力に対してはやるべし…ということになる。

 問題は、この調査報道が事件に関して行われる場合だ。警察のリーク情報を垂れ流すような事件報道はするべきではないと思うが、無罪推定原則が働く事件に関する報道であっても、独自に周辺を取材してその情報をもとに記事を書くことは許されるべきように思える。

 たとえば、「事件のあった時間、疑惑の的になっているAさんは、床屋に行っていたと主張していたが、その床屋はわずか5分でカットしてくれるところであり、アリバイとしては不十分であることが、編集部の調査で分かった」というようなものだ。
 
 この場合、事件に関連する情報だから、基本的に、「公共性」(報道の対象が不特定多数人の利害に関する事柄であること)、「公益目的」(報道が公共の利益を図ることを主たる目的とすること)という要件を満たす。後は、「真実性」あるいは「真実と信じる相当性」があったかどうかの問題となるが、独自調査で裏付けられているのであれば、クリアできることが多いはずだ(※2)。

 しかし、こんな報道に社会的に意味があるのだろうか。単なる探偵ごっこをしているだけではないだろうか。例え、アリバイがないことは分かったとしても、真犯人でないことは十分に考えられる。それにもかかわらず、このような犯人視報道をしてもよいのだろうか…。

 しかし、他方で、これはメディアが独自に調査して報道したことだから、そのような調査報道を制約することは許されないようにも思える…。

 このような報道、いわば、事件報道における調査報道について、いかに考えるべきか、ずいぶん長い間、悩んできた。

 しかし、最近、この問題に対し、自分なりの解答を得ることができた(ように思う。後でまた壁にぶつかるかもしれないけれど…)。

 その解答とは、調査報道には、「事件発掘報道」と「犯人捜し報道」とがあり、それを分けて考えるべきでないかということだ。

 「事件発掘報道」は隠れた違法行為を発掘するものだから社会的に意義が大きい。それに対し、「犯人捜し報道」は、すでに発生し報道された事件について、犯人がだれかを暴くものである。この場合、犯人が次の犯行を行う危険性があるような場合を除けば社会的意義は小さい。社会的関心はあるかもしれないが、それは単なる興味に過ぎないことが多いように思う(犯行の背景に社会的に重大な問題がある場合は別だろう)。

 したがって、事件発掘報道についてはより保障の程度を大きくするべきだと考えることができるのではないだろうか。

 もちろん、この考え方は、表現内容によって、保障の程度を変えることにつながりかねないので、危険といえば、危険だ。しかし、表現の自由もほかの人権と衝突する場面では何らかの調整を図らざるを得ない。その場合に、「事件発掘報道」(本格的な調査報道)なのか、「犯人捜し報道」(探偵ごっこ)なのかは、人権の衝突を調整するための一つの要素として考慮してもよいのではないだろうか。

 そのような観点から、上の例について考えると、Aさんにはアリバイがないという報道をすることは、Aさんを犯人視することになるため、単にAさんにアリバイがないということについての裏付けがあるだけでは名誉毀損にならないとはいえず、Aさんが犯人であるということまでの裏付け(真実性、真実相当性)があって初めて名誉毀損にならないということができることになるのは、もちろん、その場合の裏付けの程度は「かなり高度なものが要請される」ことになると考えてよいのではないだろうか…ということになる。

 他方、いわゆる本格的な調査報道については、調査報道の対象が権力犯罪に関わるような「公共性」、「公益目的性」が大きい場合には、裏付け(「真実性」あるいは「真実相当性」)が弱くても名誉毀損にはならないと考えられることになる。(後に述べるように、違法性を裏付ける情報自体を違法な行為に関わっている人物が持っていることなどから、権力犯罪の場合なかなか裏付けがとれないという要素もある)

 この考え方は、特殊なものではなく、米国では、「現実の悪意の法理」が判例で認められている。公人の場合には、名誉毀損されたと訴える側が、報道した側の悪意を立証しない限りは名誉毀損が成立しないとされている。

 この考えをおし進めると、次のようになる。

 まず、人の社会的評価を貶める表現行為(不特定多数に対するもの)はすべて名誉毀損になる。
 
 そのうえで、①公共性と公益目的性が立証され、②真実性あるいは真実相当性が立証されたものは違法性などがなくなり、名誉毀損が成立しないというのが、現在の名誉毀損の構造だ。ここでは、①と②は独自に評価されていた。

 しかし、①と②を相関させ、①が非常に大きい場合には、②について緩やかに認めてもよいと考えることもできるのではないだろうか。これが個人的な考えの結論になる。

 もちろん、①が大きい場合とはどのような場合なのか、ここの評価の仕方に問題があるのは間違いない。

 しかし、権力犯罪、法的な特権を利用した犯罪などに関する調査報道の場合、①が大きくなることは間違いないのではないだろうか。そして、権力の大きさに、①が比例することも間違いないように思う。

 たとえば、町内会の会長が収賄をした場合、市長が収賄をした場合、警察署長が収賄をした場合、首相が収賄をした場合、これらに関する報道で、②について常に同じ評価がなされなければならないというのはかえって変ではないだろうか。
 
 そして、「事件発掘報道」と「犯人捜し報道」に関しても、②について同じ評価がなされるべきではないように思う。

 このような考え方を一気に採用することが難しいとしても、真実性(真実相当性)の材料(裏付け資料)を得ることが容易かどうかという要素を②についての評価に入れてしまう形で相関させることもできよう。

 そもそも表現の自由の優越性は、表現の自由がひとたび侵害された場合には、民主的な過程では、それを回復することができないためである。ちなみに、このことは、自民党のメディア支配が日本の自民党長期政権維持に寄与していることからも明らかだ。

 したがって、民主的な過程を侵害するような犯罪(公権力犯罪)に関する報道の違法性が問われる場面では、まさに表現の自由の優越性が発揮されなければならないといえる。

 社会的に意義のあるそのような報道が司法的にも評価されて初めて、報道は単なる「犯人捜し報道」から本格的な「事件発掘報道」に重点を移すことができるのではないだろうか。

 現在のように、犯人捜し報道も、事件発掘報道も、裏付けの点で同じものが要求されるというのでは、無理をしないで犯人捜し報道で視聴率をとっておこう、ということになるのも仕方がない。

 裁判官の皆様、より民主的な社会を実現するためにも、この考え方を採用していただけないでしょうか?

※1:それ以外の問題は、権力者の名誉毀損やプライバシー侵害は原則として受任しないという方法で自分なりに解決している。一般市民が名誉毀損、プライバシー侵害をされた場合には、メディアに対して断固立ち向かい、権力の側からメディア規制がなされようとする場合には、権力に対して断固立ち向かう…ということです。
 
※2:他人の社会的評価を低下させる表現行為(不特定多数に対するもの)の違法性などがなくなり、名誉毀損でなくなるためには、①公共性、②公益目的性、③真実性あるいは真実と信じるだけの相当性を、報道した側が立証する必要がある。

(PR:冒頭の画像は、PRです。本文の内容とは関係があるかもしれませんが、PRはPRですので、十分にご注意のうえ、書店に注文してください)








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-国民の表現の自由を弾圧してこそ靖国!!~橋本勝の政治漫画再生計画第116回

2008-04-05 19:35:23 | 橋本勝の政治漫画再生計画
【橋本さんのコメント】
 中国人監督が撮ったドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』の上映をする予定だった映画館が、周囲に迷惑をかけるからなどという理由で、次々と中止を決めている。私もこの映画の緊急試写会の知らせをもらっていたのだが急用ができ見逃してしまった。ということでもう見ることは不可能なのか。こんな形で表現の自由が封殺されると日本はとても民主主義の国とはいえない。
 それにしても街宣車の威力恐るべしである。そして映画『靖国』を問題化した国会議員も、「上映中止になったのは遺憾」なんて口では言っているが内心はしてやったりと思っているに違いない。
 もっとも国家が戦争をするために、国民をマインドコントロールするという重要な役割を担っている靖国神社である。表現の自由と共存できるわけはないのである。それにしても戦争放棄の憲法9条をもって戦後60年をすぎた日本のはずなのに、このような靖国なるものが生き続けているとは…
 だが、今回の『靖国』上映中止騒動が、災い転じて福となるかもしれない。マスコミが大々的に取り上げたことにより、勇気をもって上映する映画館が続々とあらわれ、映画『靖国』が全国的に大ヒット!!なんていう奇跡が起こるかもしれない。いや、そうしなくてはいけない、日本が民主主義の国であることを証明するためにも、映画『靖国』をみんなで応援しよう。

【ヤメ蚊】
 靖国をタブーにしないためにも映画『靖国』を応援したい。





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マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか~4月20日発売決定、全てのネットユーザーへ

2008-04-05 19:23:10 | インターネットとメディア
 メディア規制の現実と迫り来るインターネット規制の予測~全ての市民、全てのインターネットユーザーのために…「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」、4月20日発売決定!








★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
★「News for the People in Japanを広めることこそ日本の民主化実現への有効な手段だ(笑)」(ヤメ蚊)
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有村議員のトンでも質問に見るレベルの低さ~保坂展人議員の爪の垢でも飲んだらどうか

2008-04-05 08:17:55 | そのほか情報流通(ほかにこんな問題が)
靖国を巡る有村治子議員の質問が注目されていて、それなりに評価されていると聞いて驚いた。ちょっと前に議事録っぽいものに目を通していたが、とっても浅薄な議論で、とても国政を任せられる人の発言のように思えなかったからだ。とっとと、発言順にその浅薄さを指摘してみたい。

第1 政治的宣伝意図の有無について
   有村議員は、助成が「商業的、宗教的、または政治的な宣伝意図を有しないもの」に限定されていることを指摘したうえ、次のように質問して悦に入っている。

【全体としては政治的意図を持っていないとおっしゃいますけれども、キャストとして挙がっている名前は三人しかないんです。そのうちの二人は靖国訴訟の原告なんです。
 そして、ここに刈谷直治さんと、残り一名のキャストの名前が挙がっていますが、この刈谷直治さんはこの映画のキャストになることを知りませんでした。そして、今もキャストになることを了承していらっしゃいません。そして、この靖国神社に関してこの刈谷さんは政治的発言は展開をしておられません。
 こんないびつな状態の映画がどうして政治的ではないとおっしゃるのでしょうか。三分の二は原告、靖国訴訟、今も係争中の原告でございます。もう一人は何も政治的コメントをしていない。三分の二が原告であるにもかかわらず、どうして政治的意図がないと言えるんでしょうか。教えていただきたいと存じます。】

…大爆笑、見れば分かるよ。そもそも、政治的意図の有無ではなく、政治的宣伝意図の有無が問題なんでしょう。「宣伝」という言葉に込められた意味が分からないかね。映画が何らかの事象を映すものである以上、撮影する側は何らかの立場に立たざるを得ない。そして、それは大きく見れば、政治的立場につながる。老人医療の問題を描いたドキュメンタリー、あるいは、老人を抱えた家族のフィクション、いずれにしても、老人問題について何らかの立場性を示さざるを得ないでしょう。そういう意味で、政治的要素のない映画なんてありえない。問題は、ヒットラーの宣伝映画のように、政治的宣伝意図があるかどうかだ。この映画に、その意図がないのは見ればはっきりしている。

尾山文化部長が【政治的テーマを取り上げるということと政治的な宣伝意図を有するということは一応分けて考えられると考えておるところでございまして、本件につきましては、政治的なテーマを取り上げていても政治的な宣伝意図を有するものとまでは言えないと、その独立行政日本芸術文化振興会の専門委員会で判断されたと】と答えているが、非常に適切な回答だ。

これに対し、有村議員は、【その方が実社会で実際に裁判で展開されている主張をそのまま映画の中でも宣伝されている】というが一部そういう場面があることがどうして政治的宣伝意図があることにつながるかまったく不明。この映画がなぜ政治的宣伝意図を持っているといえるのか、という説明もしないでそれを前提に議論するのは、稚拙な議論展開だ。まずは、そういえるかどうかを確認する質問をしなければならないはずなのに、それは避けている…。まぁ、そういう質問をしたら、自分が間違っていることになり、それ以上、糾弾ができなくなるからだろうけれど…。

さらに、有村議員は、【この政治そのものである戦争責任をテーマにし、しかも主張を一方的にしか論じていない】などというが、一方的にしか論じていないかどうか、あるいはどの程度一方的かが、問題になるでしょう。「政治的宣伝意図」とまでいえる映画かどうかは、中身を指摘して、なぜ、全体を通してそういうことがいえるのか、質問している、有村議員がまず説明しないとね…。まぁ、無理だろうけれど…。それから、この人、戦争責任が政治だと思っているようだけど、戦争席には司法でもあるんですよね。戦争責任が政治そのものだって思っているのが単純だよね。政治のテーマはもっとほかにも重要なことがあるでしょう。内外眺めても課題はたっぷりありまっせ。

【この映画のクライマックスでは、南京事件に関して、中国側から証拠写真として出されている写真の中でも捏造と断定されたり、現在も学術界からその信憑性が著しく問われているような写真が、あれよこれよとコラージュのように出てきます。これはまさに特定の政治的意図の最たる証左ではありませんか。】ともいうが、それを言うなら、この映画には靖国好きの方々がたくさん出てきて自分たちの思いをどんどんぶつけているけれど、そこで発言している内容が真実かどうかも問題にしないといけないのですかね?そもそも、疑惑を問題にするなら、古墳が最たるものでしょう。天皇の正統性を維持するために、古墳を科学的に調査させていない。調査したら、天皇の歴史に傷がつくからね。それにもかかわらず、莫大な維持費を税金から使っている…。たかが映画、たかが750万円にかみつく暇があったら、古墳をきちんと調査させてはどうかねぇ…。そうすりゃ、靖国問題もずいぶん違う見方になると思うけれどね。だって、天皇の出自がはっきりするんだから。


第2 議事録のない点について
   芸術作品の助成について、議事録が必要かね。そんなことを責める前に、イージス艦の航海長からの聞き取りの議事録がないことを問題にしたらどう?
  問題は、靖国が政治的宣伝意図をもっていると評価されるべきものか否かであり、それはノーだ。問題が発生したら、そのときには、助成のあり方について検討すればよいだけのこと。また、ファイナルチェックだとか威勢がいいが、それじゃぁ、道路行政だとか、箱物行政だとか、あんたはファイナルチェックしてんのか、もっとファイナルチェックすべき大切なことがあるだろうって言いたい。映画の内容に問題がないのだから、ファイナルチェックの有無は問題にならないでしょう。


第3 専門員のひとりが9条の会のメンバーであること
   護憲の立場に立つことが何か、問題があるのでしょうか?現状の憲法を大事にしようということが政治的に大きな問題でしょうか?古森をNHK経営委員会委員長に選出したことはOK?


第4 日本刀について
   有村議員は、【靖国神社の御神体は日本刀であり、昭和八年から敗戦までの十二年間、靖国神社の境内において靖国刀が鋳造されていたというふうに書かれていますけれども、これは事実誤謬でございます。知られざる事実があるというふうに言って、靖国神社の御神体は日本刀であるというふうに主張されていますが、この認識自体が誤謬なんです。事実誤認でございます。これは私自身が靖国神社の広報に問い合わせています。神社で大切にされていらっしゃる神剣は、一般的に世に言う日本刀、片刃でワンエッジですね、片刃で反りのある日本刀とは形状も異なっておりまして、この御神体は日本刀ではありません。】というが、それが間違っていたからといって、政治的宣伝意図の有無と何か関係あるんでしょうか?


第5 肖像権について
   刀匠については、この映画を見たうえで、上映されることの了解をとっていると聞いているので、何ら問題ないでしょう。肖像権や撮影許可の問題は、政治的宣伝意図の問題とは何にも関係ない。


第6 政治的立場について
   有村議員は、「最後に、私自身、今までの質問はすべてロジックだけでやってまいりました。私自身、靖国神社に対してどう思っているかというと、右翼も左翼もないと思っています。」と言いながら、

 「この靖国神社というのは、本来、御霊と静かに向き合う場所で、国の未来を信じて命をささげられた御霊や、その人、お父さんに一度も抱かれたことのない子供たちがお父さんの無言の遺骨を抱かねばならなかった、そんな方々がもう六十歳、七十歳になって、唯一、お父さんに会える、好きだった恋人に会える、あるいは息子に会えるというところのその遺族のお気持ちに静かに心を添わせる人間としての常識は持たねばならないと思っています」という。

 私には、靖国神社は戦争を起こした者に対する責任をごまかすための装置だとしか思えない。有村議員が自ら為政者のひとりでありながら、靖国の癒し効果=ごまかし効果を好意的に評価することに対しては怒りを禁じ得ない!常識を持たねば…とは何をふざけたことをおっしゃる。

 こういう質問をすごいという人の気持ちが分からない。

 保坂展人議員の質問を読めば、どんなのがすごい質問かよく分かるよ。


(PR:本日は扉の一部の画像のご紹介)







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フィルタリング規制の方針が固まりつつある~総務省検討会中間報告骨子示す

2008-04-04 05:39:29 | インターネットとメディア
ITpro News(※1)によると、総務省は2008年4月2日、「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」の第5回会合を開催し、事務局から携帯電話向けフィルタリング・サービスに焦点を絞った中間報告書の骨子案を示されたという。事務局から示された骨子案は,第三者機関によるサイト認定と利用者教育の推進を軸に,携帯電話のフィルタリング・サービスの改善を求める提言が中心らしい。問題は第三者機関の独立性が確保されるかどうかだ。

 上記ニュースによると、中間報告書の骨子案が示す責任分担は次の通り。

【第三者機関は,透明性を持たせた基準をもって携帯電話向けコンテンツを認定。継続的に運用体制などを監査することで,実効性を確保する。第三者機関については既に「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構」(EMA)が設立を目前に控えているが(関連記事),認定基準に選択肢を持たせる意味で複数の第三者機関が立ち上がるのが望ましいとした。

 携帯電話/PHS事業者に対しては「第三者機関の認定リストが,携帯電話のフィルタリング・サービスに反映されることが必要ではないか」と提案。フィルタリング・サービスのデータベースなどを提供するフィルタリング・サービス提供事業者を「社会インフラの担い手」と位置付け,一層の企業努力を促す内容となっている。一方で,認定リストをフィルタリング・サービスに柔軟に反映させるためのコスト負担に配慮。無料のサービス提供に限定する必要はなく,有料化を視野に入れた議論を否定すべきではないとした。

 コンテンツ事業者に対しては,青少年保護対策の徹底と周知,第三者機関への積極的な関与を促す。認定に必要な運用体制の整備,審査費用などの負担を求める内容ながら「競争上の優位性の一つとなる可能性がある」と,必ずしも負担だけが増えるわけではない点を強調する。

 国に対しては,関係省庁の連携と技術の提供などを要請。既に総務省や警察庁,文部科学省や地方自治体などが共同で進めている啓発活動の強化や,違法・有害情報の自動検知技術やその利用ノウハウの提供を勧めている。

 利用者については,フィルタリング・サービス無しに携帯電話向けサイトを青少年が利用するリスクの把握と,利用者責任原則への理解を求めていく。たとえば保護者が啓発活動に積極的に参加する行為について「責務があるのではないか」とする】


 前述のとおり、第三者機関の独立性に最も関心を寄せるべきだろう。

 そこで、第三者機関の先駆となる「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(仮称)準備委員会()」のサイト( ※2)を見てみた。

【本機構では、健全な管理体制であるかどうか等の基準の策定と基準に基づいたサイトの認定と運用監視を行う。また、フィルタリング会社等の第三者の利用も視野にいれた有害なサイトを制限するためのカテゴリー基準の策定も行う。
基準に適合したサイトについては、通信事業者及びフィルタリング会社の協力のもと青少年が利用できる環境を提供する。また、一般ユーザーからのクレームを受付、基準策定への反映、該当サイトに改善の指示等を行い、モバイルコンテンツが健全に利用できる環境作りを目指す。
また、青少年が自己の判断と責任でモバイルコンテンツを健全に利用できるように、啓発・教育プログラムやレイティング等のフィルタリング以外の方策の普及も目指す。】

 とあるが、いまひとつよく分からない。どのようにして業務にあたるものを選ぶのか、どのようにして基準を設けたり、チェックにあたる者の独立性を維持するのか、そのあたりが見えてこないのが不透明さの原因だろう。つまり、独立性には疑問があるというほかない。

 結局、事務局案に独立性維持の具体案が盛り込まれていないために、先駆的な機関にも具体案が盛り込まれないのだろう。次回検討会は4月25日に開催予定で、中間報告書案がまとめられるらしい。それまでに、独立性を維持するための具体的なアイデアを総務省に提案するべきでしょう。

 また、一般のネットユーザーの意見をどのように取り入れてもらえるのか、そのようなつもりはないのか、そこも含めてみんなで見ていきましょう!前述のとおり、次回検討会は4月25日に開催予定。ハヤっ。がんばってペースについていきましょう。

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※1:http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080403/297850/

※2:http://www.mcf.to/contents/pdf_files/dai3_plan.pdf





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