作家の向田邦子さんが『眠る盃(さかずき)』というエッセーを書いている。いったい「眠る盃」とは何か▼子どもの時の思い違いの話である。<春高楼の花の宴 めぐる盃かげさして>。「荒城の月」の「めぐる盃」を「眠る盃」と間違って覚えていたそうだ。お父さんが酔いつぶれて眠る様子に「眠る盃」が結びついたか▼大型連休は「めぐる盃」ではなく「眠る盃」の方か。東京、大阪など対象の四都府県ではお店の「盃」も当面、静かに眠らせておくしかあるまい。新型コロナウイルスの感染対策で政府は三回目の緊急事態宣言を発出した。左党には不評だろう。酒類を提供する飲食店に休業を要請している▼一年間の禁酒を宣言した男ががまんできず、禁酒期間を二年に延長する代わりに夜は飲んでもいいことにし、最終的には三年に延ばして昼も夜も飲むことにした−。そんな小咄(こばなし)があったが、今回の宣言はこれとは逆。期間をひとまず十七日間と短くする代わりにこれまで以上に「がまん」の内容を厳しくしている▼ただ、話は禁酒ではなく、経済との両立を図らねばならないコロナ対策である。休業要請は百貨店、映画館などにも広く及ぶ。人出を抑えたいのは分かるが、厳しすぎれば、経済はもちろん、コロナ疲れしている人の心にも重荷だろう▼辛抱し、効果を願うか。「めぐる盃」が「めげる酒好き」とも聞こえてしまうが。