
「ママ、私がヤマハ(ピアノのレッスン)に行っている間、コーヒー飲んだりしてデートしたでしょ」。と娘。おいおい~。
確かに。
土曜日、朝8時過ぎに田舎の家を出て高速道路をひた走り埼玉へ。娘をもと夫のところへ連れて行った。私は彼の家(4ヶ月近く前までは私の家だった)に上がりこみコーヒーをごちそうになる。
私宛の郵便物などもまだいくらか届くので、ついでに受け取った。彼の仕事の話などを聞きながら1時間。すっかりお邪魔した。そうして娘を預けて私は打合せに。ひとりでボーっとしていても仕方がないので、娘が彼のところに行っている日は絶好の仕事日和と思い活用することにしている。
「今から迎えに行く」
夕方、彼にメール。ふと時計を見て気がつく。あ、1時間間違えた!そう、私は1時間早く娘を迎えに行こうとしていたのだった。娘はピアノのレッスン中。あらら、どーしよ。彼に電話。「ごめん、1時間間違えた!」
そして埼玉に住んでいた時に良く利用していた近所のスーパーマーケット内のマクドナルドでコーヒーでも飲んで娘を待つか、ということになった。やだね~、知っている人がいっぱいいそう!そんなことも思ったけれど、他に行くところもないので仕方ない。で、コーヒーをごちそうになる。
もっぱら、彼の仕事の話を聞く。
3月にもといた会社の有志らで新しい会社を作るのだという。彼は今自ら営んでいる個人事業をそのまま続けながら、その会社に契約社員として勤めるのだそうだ。会社の事情やら彼の置かれた状況などを聞きながら、「いい顔になったなー」と思った。
私が離婚をした理由には、私の、彼と私の人間としての自立(自律)へのこだわりがあった。「仲良し家族」を営もうとする中に「自律」と相反するものがあり、私にはどうしてもそれが受け入れられなかったのだ。自律した個人があってこそ、お互いを尊重できる「家族」があるのだと思うからだ。
ひとつの家の中に、夫が営む個人事業と私が営む個人事業という二つの会社があった我が家には、経済的にも家族の役割としてもあいまいなもたれあい関係が存在した。「私が事業を辞め、彼の事業を支える」という格好であれば、分かりやすく営みやすかったのだろうが私にはそれができなかった。なぜどちらかが自分のやりたいことを辞める必要があるのだろう。そんな理想と、結局ピンチになるとお互いがそれを自分のこととして受け止めず、なあなあとやり過ごし根本的な改善を後回しにする現実。
こうなったら「家族」をやめてみよう。
このままではお互いがだめになる、そう思った私は彼に離婚を申し出た。それが数ヶ月前だ。ひとりになってお互いが自分のこととして現実の厳しさを受け止める。人間としてきちんと向き合い、きちんと話しができる関係になる。私にとってはそれが望みなのだった。
コーヒーを飲みながら、ふと思う。
なぜ「家族」としてこのような時間が持てなかったのか?仲良し家族を演じようとして無理をしていた現実がなんだかおかしいくらいに、気が軽かった。そんな私たちを見て娘が言ったのだ。
「ママ、私がヤマハに行っている間、パパとコーヒー飲んでデートしたでしょ」。「げっ、デート。やめてよ~」私は笑ってしまった。「もっとちゃんとお金を稼いで、自分の生き方とかを語れる男になったら1回くらいデートしてやる」。そんな私の言葉を聞きながら娘はなんだか嬉しそうだった。
確かに。
土曜日、朝8時過ぎに田舎の家を出て高速道路をひた走り埼玉へ。娘をもと夫のところへ連れて行った。私は彼の家(4ヶ月近く前までは私の家だった)に上がりこみコーヒーをごちそうになる。
私宛の郵便物などもまだいくらか届くので、ついでに受け取った。彼の仕事の話などを聞きながら1時間。すっかりお邪魔した。そうして娘を預けて私は打合せに。ひとりでボーっとしていても仕方がないので、娘が彼のところに行っている日は絶好の仕事日和と思い活用することにしている。
「今から迎えに行く」
夕方、彼にメール。ふと時計を見て気がつく。あ、1時間間違えた!そう、私は1時間早く娘を迎えに行こうとしていたのだった。娘はピアノのレッスン中。あらら、どーしよ。彼に電話。「ごめん、1時間間違えた!」
そして埼玉に住んでいた時に良く利用していた近所のスーパーマーケット内のマクドナルドでコーヒーでも飲んで娘を待つか、ということになった。やだね~、知っている人がいっぱいいそう!そんなことも思ったけれど、他に行くところもないので仕方ない。で、コーヒーをごちそうになる。
もっぱら、彼の仕事の話を聞く。
3月にもといた会社の有志らで新しい会社を作るのだという。彼は今自ら営んでいる個人事業をそのまま続けながら、その会社に契約社員として勤めるのだそうだ。会社の事情やら彼の置かれた状況などを聞きながら、「いい顔になったなー」と思った。
私が離婚をした理由には、私の、彼と私の人間としての自立(自律)へのこだわりがあった。「仲良し家族」を営もうとする中に「自律」と相反するものがあり、私にはどうしてもそれが受け入れられなかったのだ。自律した個人があってこそ、お互いを尊重できる「家族」があるのだと思うからだ。
ひとつの家の中に、夫が営む個人事業と私が営む個人事業という二つの会社があった我が家には、経済的にも家族の役割としてもあいまいなもたれあい関係が存在した。「私が事業を辞め、彼の事業を支える」という格好であれば、分かりやすく営みやすかったのだろうが私にはそれができなかった。なぜどちらかが自分のやりたいことを辞める必要があるのだろう。そんな理想と、結局ピンチになるとお互いがそれを自分のこととして受け止めず、なあなあとやり過ごし根本的な改善を後回しにする現実。
こうなったら「家族」をやめてみよう。
このままではお互いがだめになる、そう思った私は彼に離婚を申し出た。それが数ヶ月前だ。ひとりになってお互いが自分のこととして現実の厳しさを受け止める。人間としてきちんと向き合い、きちんと話しができる関係になる。私にとってはそれが望みなのだった。
コーヒーを飲みながら、ふと思う。
なぜ「家族」としてこのような時間が持てなかったのか?仲良し家族を演じようとして無理をしていた現実がなんだかおかしいくらいに、気が軽かった。そんな私たちを見て娘が言ったのだ。
「ママ、私がヤマハに行っている間、パパとコーヒー飲んでデートしたでしょ」。「げっ、デート。やめてよ~」私は笑ってしまった。「もっとちゃんとお金を稼いで、自分の生き方とかを語れる男になったら1回くらいデートしてやる」。そんな私の言葉を聞きながら娘はなんだか嬉しそうだった。
ホンワカな感じでいい。
当然、娘さんが主人公で。
もちろん「私なり」の理解なんだろうけど。
男女の、というより、人と人との関係を模索する
とんちゃんさんの人生に、勇気をもらいます。
大人になればものわかりが良くなりそうなものですが、気がついたら大人になってもやっぱり「変わり者」の域を脱することができない、いやそれを楽しんでいる自分に気がつきました。
一生、こんな風に自分らしく「あり方」を模索して、葛藤して生きていくのでしょう。