敗戦とともに武士道はごみ箱に捨てられてしまった。
サムライにとって、もっとも忌むべき行為は卑怯であった。 卑怯の最たるものは、無抵抗者をいたぶることである。 世間では、多勢をもって少を攻めるを卑怯とみなす言論も多いが、それは違う。 多勢を持って少を攻めるは、兵法戦略の一つであっても、卑怯とは異なる。 古今東西、勢力均衡で戦われた戦などほとんど皆無だろう。 少数者にも戦う意思と能力があれば、勢力の多寡、不均衡など問題ではない。 『人数が多くて卑怯だ』と戦場で叫んでも、笑い話である。 戦う意思がない、勝てないと思えば、降伏すればよいだけだ。 勢力不均衡=卑怯というのは、スポーツだけの話である。
さらに、臆病も同様であった。 新渡戸稲造の『武士道』には、『サムライの子どもは胆力を練るため、夜中にひとりで首切りの刑場や墓場に行かされた』と書かれている。 なぜ、子どもの時から胆力を練らせたのか。 それは臆病が卑怯の種になるからだ。
大概、卑怯者と臆病者はおなじ人物である。 戦闘のまっ最中、戦友の後ろに隠れるような奴にかぎって、降伏兵をリンチにかけ、敗残者狩りを嬉々と行うのは、洋の東西を問わない。 格別残虐な嗜好がないかぎり、勇者は敗者に寛大なものである。 それは武士道と騎士道双方に通じる法則のようなものだ。
そして、臆病は自己保身から生じる。 自身の生命、財産だけが最も大切だという個人主義こそが、自己保身の生みの親だから、戦後の大義なき我儘民主主義が、卑怯者を大量生産したのも当然だ。
『なぜ、(経済)学者によって言うことがマチマチなのか?』に戻るのは、もう少しお待ちください。
今日は、ここまでにします。 おやすみなさい。
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