寅の子文庫の、とらのこ日記

本が読みたいけど本が読めない備忘録

「古代は甦る」と「死をどう生きたか」に登場する千浦美智子さんのこと。

2011年10月23日 13時50分36秒 | オンライン古書店
隣地の遺跡発掘調査に符号するように一冊の注文が入った。


●古代は甦る/矢澤高太郎/現代教養文庫1132/昭和60年

遺跡の発掘といっても実にさまざまで、糞石(ウンチの化石)から古代人の生活を探るという研究がある。アメリカやカナダでは早くからその研究は活発であったが、日本では専門の研究者はほとんどなく欧米のそれから30年は遅れていた。カナダのトロント大学でこの糞石から考古学を学び、昭和50年9月の「鳥浜貝塚」第4次調査から発掘に参加した「ミッチ千浦」こと千浦美智子さんの6年にわたる研究が凄まじい。発掘した糞石を形態(重さ・長さ・太さ)別に分類し、これを現代医学で証明されている食物の量と大便との相関関係と比較調査する。次に化学薬品で糞石をほぐして顕微鏡で調べる。結果、獣肉や、山ゴボウの繊維、タデ科の種子、魚のウロコや骨を発見をする。千浦さんは古代人のウンチ(の化石)にユニークな名前をつけた・・・排便(排泄物)の最初の部分は「はじめ」、棒状のものは「すなお」、曲がっていれば「バナナ」、最後に絞り出された部分は「しぼり」、硬い便秘の便は「コロ」、下痢気味で崩れている軟便は「チビ」・・・そんな千浦さんの糞石への取り組みはまだこれからという時、昭和57年10月2日、結腸癌の再発により東京の聖路加国際病院でその34年の短くも全力疾走の生涯を閉じた。


●千浦さんが調査・研究した鳥浜貝塚の縄文人の糞石


●在りし日の千浦美智子さん

千浦さんは昭和57年9月16日に入院して10月2日に亡くなっている。その闘病の記録を、日野原重明先生は自身の著書「死をどう生きたか(私の心に残る人びと)」の中で克明に紹介している。つい先日、百歳を迎えられた聖路加国際病院名誉医院長の日野原先生は72歳のとき、この本を書いた。45年余の内科医としての生涯の中で、主治医として600人を超える患者の臨終に立ち合い、その死を通して人間としての生き方、命の尊厳を印象づけられたという患者の一人として、千浦美智子さんは登場している。


●死をどう生きたか/日野原重明/中公新書/昭和58年
今日という一日を一所懸命に生きる。人生とはその連続でしかないように思う。

◎ブログ内関連記事~前稿(2011/10/15)
となりの畑が宅地になる(2)埋蔵文化財調査~恵ヶ後遺跡・矢口遺跡第3次調査、の記事



古代は甦る (現代教養文庫 (1132))
クリエーター情報なし
社会思想社

死をどう生きたか―私の心に残る人びと (中公新書 (686))
クリエーター情報なし
中央公論新社

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