2019-07-31
ブリヂストンで、竹下さん、熊谷さん、吉田太一保証課長が行っていたことは
モラルハラスメントです。
竹下さんと熊谷さんは、私だけでなく、色んな人にモラハラをしていました。周囲の人達は彼らになびくものの、本当に好きな人は誰もいませんでした。それに対して吉田氏の本性を知っている人は少ないと思います。彼は、絶対安全な人にしか、本性を見せません。自分の「キャリア」が崩れるのを恐れていました。(参照:視線による威圧)
wikipedia/モラハラ 繰り返す「否定」で相手を支配する「モラルハラスメント」の恐怖
まさに、繰り返す否定です。
否定、妨害、わざと無視する、そこにいないようにふるまうという手口が常套行為です。
あと、物を勝手に捨てる、配置を使いにくいように勝手に替えるなども、モラハラ加害者の常套手段として
よく体験記に出てきます。とてもせこくてみみっちい精神で震撼します…
そしてそれらは常に逃げ道(カムフラージュ、ごまかし、言い訳、かこつけ)が用意されていたので、
されている本人しかわからず、誰にも言えず1人で悩んでいました。異常な行為を、それとわからぬように
常に隠蔽=他の物での紛らわしをしながらしていました。でも私には全部、ばれていました。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
モラハラは、あらゆる機会を使って見えにくい嫌がらせを繰り返ししかける行為です。
そしてその言い訳には「モラル」が利用されます。
被害者の「モラルの欠如」、そして「モラルある自分」がそれに対応する形でやった良識的行為だと
いうストーリーを作り、悪意を隠蔽します。また、自分の比べ物にならない真っ黒さを棚に上げて、
相手の寸分の黒さを猛烈に突いてきます。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
(以下、竹目さんの異常な行為より)
こういうのを言うのは、勇気がいります。かれらは、全力でごまかしてきて、こちらの感じ方がおかしいことにしてきますから。でも、されている方にははっきりわかります。通常人がしてこないことを、彼はしてくるからです。
上手く言えないのですが、私は、彼に人間としてではなく、モノとして見られていると感じていました。操作してこられます。人間としてではなく、操作する対象です。彼が私に行ったセクハラ行為もそうです。(参照:竹目さんによるセクハラ)私がまるでそこにいないようにふるまいます。私は尊厳を傷つけられた気持ちになっていました。私がお茶を出しても彼は無視するようになりました。そうやって自己愛を満たしているように見えました。なにか強烈な感情がそこにありました。こうでなければならないのに、そうしない女性への腹いせです。自分に注目し尊敬せねばならないのに、そうしない女性への報復。
そしてそれと似たものを、私は吉田氏から読み取りました。わからないよう幾重にもくるんでありましたが、本質は同じでした。女性に対するモノ扱いの思考、俺様思考、逆鱗です。
私は彼らから、同じ種類の怖さを感じていました。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
過去の記事をコピペしてすみません。このモラハラのことを、より多くの人に周知したいのです。
モラハラのターゲットになった人は加害者の行動を予感するようになり、それは的中します。
私が帰ってきたら、なくなってる とか 私が戻ってきたら 配置が替わってるとか いやな予感は的中します。
彼らは、悪意で執念深くやっていますが、もちろんその意図を隠蔽し、自己正当化をします。
でも、確率が彼の悪意を証明します。計算してみると天文学的な確率で、不思議なことが、彼によって、起こり続けるのです。
私は、材料試験室で繰り返された彼のモラハラで苦痛がピークに達し動悸の発作が起こり、勤務不能になって
保健室に初めて駆け込み、彼の行為を訴えました。彼は直後だけ、180°豹変して「私の勘違い」を周囲にアピールしていましたが
(参照: 上に訴えられると今度は逆アピールをし出す 記憶の改ざん 急に被害者面し出す加害者 偽物は饒舌 )
彼らは必ず、元に戻ります。時間の問題です。
そして更なる陰湿な嫌がらせに執着してきました。これはDV加害者と同じ行動型です。
私は、保健室に駆け込んだ日まで気づいてないふりをずっとして反応しないできました。すると躍起になって嫌がらせを続け
ある日全身で反応して、他の人に訴えた後も、絶句するような執拗さで嫌がらせを繰り返しました。
∴ 反応してもしなくても、どちらにしても嫌がらせをする。
よく、モラハラからは逃げるしかないと言われていますが、それは当たっています。こちらにとりうる手立てはありません。
そして発作として反応した後、もう「気づいてないふり」はできなくなりました。動悸にまでなったのですから。
ある日、私はマリー・イルゴイエンヌ(仏: Marie-France Hirigoyen、1949年 - :精神科医。モラルハラスメントの提唱者)
の著書「モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない」をお守りとして持って行き、
休憩時間に読んでいました。私は、所持する本には包装紙などでブックカバーを作り、
その背にペンで題字を英訳とかで書くようにしています。その本には仏語で「le harcèlement moral」と書いていました。
その本を買ったのは昔で、その時にカバーも作って背に題字も書いていたのであり、
ブリヂストンでのモラハラを受けてそうしたのではありません。
昼休みにこれを読んでいると、竹下さんが、私の予感した通りのことをしました。
私はAさんの向かい側の椅子に座っていたのですが、彼はAさんに話しかけて、話しながら
私の読んでいるその本を覗き見て、その背に書かれた文字の意味がわかったらしく、(まさに自分のことだから)
上半身を前のめりにさせながら凝視していました。
本に目を落として気づかないふりをしていたので無防備な(ふりをしてた)
私をいいことに、狐憑きのように凝視しているその姿には、戦慄が走りました。
嵌めたわけではないのですが、私は、彼が彼がこっちを通ったら、何をするか、
紛らわしになにをするかまで予感して、すべて的中しました。