盃状穴 後編より
『長野県史 民俗編』第二巻(三)南信地方の巻頭に「石屋さこん坊さ」という写真が掲載されていることについて中編で触れた。さらに「こんぼった石」のことも触れたわけだが、「石屋さこん坊さ」については、「子供たちが「石屋さこん坊さ 穴掘って通れ」といいながら、モチグサなどをこの石の上で小石でついて遊んだ。そのうちにくぼみができて穴になった。」という説明である。「こんぼうさ」のフレーズによく似た遊びが南信、とりわけ下伊那を中心に伝承されている。前掲書の392ページに「円陣を作って行う遊び」が紹介されている。よく知られたものは「かごめかごめ」だろうが、ほぼ同じ遊びで歌の異なるもののひとつに「なかのこぼーず」というものがある。「コンボウタコンボータ なぜ背が低いのか」、あるいは「中の中のコンボたちゃ どうして背が低い」と歌うもので、前述の「モチグサなどをこの石の上で小石でついて遊んだ」というものとは遊びそのものが異なる。しかし、言葉は実によく似ている。さらに「どうして背が低い」というあたりが盃状穴を想像させて、私的にはとても気になる遊び歌である。実際の遊び歌については、前掲書の436ページに幾例もとりあげられている。
こんぼうたこんぼうた なぜ背が低いの
こうやのうらで青葉にもまれて それで背が低いの
早く立って 運動しな(高森町大島山)
なかなかコンボたち なぜ背が低いの
伊勢の長者のあわ菜にもまれて
それで背が低いの まだまだ(箕輪町上古田)
同じような歌がいくつも掲載されている。「こんぼうた」の後に「青葉にもまれて」という言葉があり、これは盃状穴を作る模様を歌っていると考えられなくもない。このスタイルのものは、県内の他の地域にはなく、例えば中信ではこれに代わるものが「ナカノジゾーサン」というもので、その歌には「青葉にもまれて」という言葉は続かない。ここに盃状穴を作っているのではないかと思われる具体的な歌は、伊那谷特有のものだったとことがうかがえる。
伊那市野底
さて、伊那市野底の火の見の近くの辻に石仏群がある場所に、不思議な石が立っている。刻銘はまったくなく、立てられているが元は敷石のようなものだったのかもしれない。高さ96センチ、幅34センチ、厚み20センチという角柱であるが、この石塔について『伊那市石造文化財』(伊那市教育委員会 昭和57年)の一覧にそれらしい記載(寸法的に)はない。ほかの石仏と同じ方向を向いているとすれば、その前面にはぼこぼこした凹みがいくつもあり、さらに頂にも凹みがある。明らかに盃状穴といえよう。ようは盃状穴の石塔なのである。これがいったいどういう経過でここに立てられたのか、それらも含め確認が必要である。