からくの一人遊び

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Venus / ザ・ルースターズ

2022-04-04 | 小説
Venus / ザ・ルースターズ



Mitski - Stay Soft (Official Video)



Yellow Magic Orchestra -「君に、胸キュン。」 (Official Music Video)



なごり雪



Imagine (Spanish & English Version) by John Lennon | Alex G ft Gustavo Cover




(ちんちくりんNo,78)


 その年生まれた"薫子"が五歳になる頃、僕はスランプに陥った。書きたいテーマはある。物語の筋立ても考えてある。なのに、いざ原稿用紙を前に書こうとすると、右手が思うように動かせずスムーズにペンを走らせることが出来ないのだ。頭の中から言葉が溢れんばかりなのにそれを満足に外へ放出出来ない。もどかしい。そのうち頭がパンクしそうになるのだが、不思議なことに限界までくるとまるでスパークしたかのような幾多の光が飛び散り、後に残ったのは塵の山となった言葉の残骸となってしまうのだった。その為、僕はいつまでたっても小説をかき上げることができなかった。
 多分原因はいつまで経っても続く出版不況にあったと思う。裕子と結婚してから仕事の依頼も普通にあったし、以前ほどではないが出した新作もそこそこ売れた。昔の著作の印税もあった。しかし、二年を過ぎた頃から状況の変化が表れはじめた。まず原稿の依頼の本数が減って来た。それに加えての原稿料の改定。原稿料は実績に応じて上がっていくので、売れっ子のベテランとなるとページ数万円ということも少なくなかった。僕も過去の実績からそれに近い原稿料をもらっていたのだが、小説を読む若い人たちが段々少なくなってきた中で、いよいよ原稿料を下げられることになった。一気に以前の半分になった。いくらなんでもと思ったが、過去の実績のある大家さえも一万円を切る原稿料となったと聞くと、そうそう出版社に無理を言うことは出来なかった。
 三年目になると今度は著作の絶版が相次いだ。これはそれまで入って来ていた印税の金額を考えるとある程度は予測出来ていたことだが、いざ現実になってみると生活にも精神的な部分にも暗い影を落とした。それならばまた売れるものを量産すればいいではないかと言われそうだが、僕はその気はなかったし、何よりももうそういった「売れるもの」の書き方が分からなくなっていた。僕の中に焦りが生じた。勿論それまで稼いだ分があり、それだけで何年かは生活はできたが、子育ての為に龍生書房を辞めた裕子と日に日に育っていく薫子の姿を見るにつけ、未来への期待と数年後に予測される苦難に対する不安とがまぜこぜになった何とも言えない複雑な心理が僕を苦しませた。それゆえ、僕は考え込むことが多くなり次第に不眠に陥っていった。
 不眠とはいえ、日中は体を横たえていることが多々あった。―不眠である。不眠であるが、日中は体が怠く何をするのも面倒になって、ベッドから出ずに横になっていた。朝から夜まで眠っているのか起きているのか、夢と現実の狭間の不安定な世界に包まれているような感覚があった。
そんな僕の状態を心配した裕子は、三歳になった薫子の手を引いて、面倒くさがる僕を近くの比較的大きな病院へ誘った。病院ではCTであるとか、心電図検査だとか血液検査だとか、胃カメラであるとか、ともかく様々な検査をしたが、数日後に出た検査の結果は「白血球がやや増加しているが、特に異常はない」ということだった。医者は言った。「睡眠導入剤をお出ししますが、それで改善しなければこれは心療内科の領域なのかもしれません。その時はそちらの病院への紹介状を書きますから」
 結局睡眠薬を処方されたことにより、睡眠は三、四時間ではあるがとれるようになり、それにつれて日中の異様な怠さも全く無くなったとはいえないが、普通に生活できる程度には改善していったのだった。
 それから二年近く、僕は体調に気をつかいながら小説を書く仕事を続けてきた。しかし、その間にも売れなくなった著作の絶版は続き、その度に不眠に陥り処方された睡眠導入剤を服用した。それで何とかなったのだ。それなのに……。


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