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2022-04-15 | 小説
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(ちんちくりんNo,79)


 小説が書けなくなった僕は僕ではないのだ。何度原稿用紙に向かってもペンを上手く運べない。力の入れ方を変えてみても、震えが来て一文字書くのにも時間がかかり、しかも怯えたような文字になってしまって、何を書いたのか他人には識別できない。これはもしかしたら書痙というやつか?僕は何日も悩んだ挙句、睡眠導入剤を処方してもらっていた病院の医師に相談し、脳を含め詳細な検査をしてもらったが、やはり二年前と同じく何も問題は見つからなかった。それで結局心因的なものではないかとして、医師に心療内科に特化している病院を紹介してもらった。
 意外なことにその病院は自宅から歩いて行ける距離にあった。当時僕は墨田区の賃貸住宅に住んでいた。それは裕子との結婚を決めたおりにいくつかの不動産屋をまわって二人で決めた物件だった。心療内科はその世界では著名な医師がいる病院だと聞いていたので、てっきり都心にある病院なのであろうと勝手に思っていたのだが、下町とはいえ、特に近所と密接な付き合いがあるという訳ではない東京に住んでいる身としては、かえってそういった病院が近いのは一種の安堵感があった。
 竹島と名乗ったそこの医師の診察結果は、一種の強迫性障害あるいは心身症だということだった。書痙とは違うのですかと訊くと、それはそういった病気の中のひとつの症状らしい。所謂ゴルフでパターが打てなくなる「イップス」と同じだということだった。

「ただ、イップスは普通脳の器質的な問題であるといわれています。しかしあなたの場合は検査の結果、どこも異状ないし、症状が出るのは小説を書くときだという。ならば心因性のものとしか言いようがない」

「どうすればいいのでしょう」

「薬物治療になりますが、それと認知行動療法も併せてとなります」

「認知行動療法?」

「そう。方策は多岐にわたるのですが、病気の症状や原因の理解を深め、あなた自身の認知の歪みをどのように変えて行動していけば原因となるものを無くすことができるのか、また、症状が続くのであれば別の方法で小説を書く……。あなたの場合ペンを持つと駄目なので、じゃあ持たないで書くには代わりに何を使えば書くことができるのか、ということを別の方向で考える、といったところでしょうか」

「長くかかりそうですね」

「……短期で治ることもありますし、最悪は軽くはなったとしてもずっとなくならないということも考えられます」

「小説を書くことはもう叶わないと……」

「明言できません。ともかくまずは一旦書くことから離れて根本の原因を探り、それを克服していくことが先決ですね。うちには似たような症状の方を集め、そのためのプログラムを実践するリハビリ施設があります。まだ始めて間もなく、手探り状態ですが受けてみませんか」

 まるで、営業のセールスマンみたいな竹島医師の口調は、果たして信用していいのか幾分僕を悩ませた。
 
 病院からの帰途、僕の前方に見えるものは霞み、何だかグニャリと歪んでいるようにも見えた。だから狭い道路で僕に向かってくる車が、スピードを落とさずに掠め過ぎても全く恐れがなく、ただ夢と現実の狭間を漂っているだけのような気がした。原因なんてものは分かっていた。将来が不安なのだ。具体的には金だ。普通に生活出来る見通しが出来るだけでいい。それにはともかく小説を書かなければならない。でも書けない。書けなければ、不安なんて払拭出来ない。ならばいっそのこと作家はやめ、他の職を探せばいいだけのことだろうと思った。
 でも僕は未だ約束を果たしていなかった。あの頃の物語。ぼくとかほるとのあのひと夏の物語を、全くといっていいほど原稿用紙に一文字も書き入れていなかったのだった。

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