知多半島デジカメ紀行

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 夕張炭鉱閉山から今日でちょうど30年

2012-10-07 08:08:32 | Weblog
 石炭は戦後日本の復興を支えました。汽車を動かし、汽船を走らせ、溶鉱炉の鉄鉱石を溶かす。炭鉱は増産に継ぐ増産。炭鉱労働者は急増します。戦後の炭鉱は全国でざっと800(うち道内は約160)。生まれては消えた大小の炭鉱は数知れません。日本炭鉱労働組合(炭労)が発足した1950年の全国の炭鉱労働者は約42万3000人(うち北海道30万3000人)。20年後の1970年は全国6万8000人(道内3万0700人)。夕張市は1960(昭和35)年に人口11万人に急増して「炭都(石炭の都)」と呼ばれました。当時の札幌は49万人。今、札幌180万人、夕張は1万1000人。半世紀と少しの間に夕張は過酷な「閉山地帯」に変わってしまったのです。

1982年(昭和57年)10月9日最後の炭鉱 夕張炭鉱閉山から今日ちょうど30年
我が愛知県東海市は
炭鉱離職者の住宅 促進事業団 団地が4ヶ所有ります。

今朝6時に起きる 天気快晴 寒い程の朝です。
昨日6369歩歩いた。

今朝の血圧 上108  下73   脈78

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