マリの朗読と作詞作曲

古典や小説などの朗読と自作曲を紹介するブログです。
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メダカを拾った話(エッセイ)

2021年10月03日 | 私の昔

かつて都内の住宅街の道端で 

メダカを一匹拾ったことがある。

確か小学3年か4年の夏、

今から60年も昔のことだ。

 

 

集中豪雨がやっと通り過ぎ、

一人で帰る昼下がりの放課後、

自宅近くの坂道をてくてくと下っていた。

道の両脇のドブは

いつもなら乾ききっているのに、

そのときは明け方までの豪雨を集めて

深くて速い澄んだ流れになっていた。

わたしはもう嬉しくてたまらず、

ワクワクしながら歩いていた。

と、流れの中になにかオレンジ色の

 

・・・あ、メダカ!    

    え、メダカ ??!!

 

立ち止まってよく見ると、

かすかにヒレを動かし、

頭を川上に向けてじっと留まっている。

やっぱりメダカ!

 

状況がわかるや、

反射的に家に飛んで帰った。

ランドセルを背負ったまま、 

池のそばに転がっていたヒシャクを

ひっつかんでドブにとって返した。

メダカはまだ同じ場所にいる。

ヒシャクを流れにそっと沈めると、

すっと中に入ってきた。

それを両手で大切に持ち、

わたしはそろそろと家に帰った。

メダカを見た母は、感心するよりも

「よくまあ見つけたわねぇ 」と

驚き呆れかえっていた。

(いやいやいや、子供の目は鋭いのだよ)

かくしてそのメダカは

我が家の池(実は使わなくなった古火鉢)に

棲むこととなった。

 

 

それにしてもなぜ

メダカはドブの中にいたのか。

そのドブは、近くで川や池に

つながっているわけでもない。

結局、道沿いの家の池があふれて

流れ込んだのだろうということになったが、

真相は不明のまま。

 

メダカを池に放ってみると、

思っていた以上に小さかった。

先住金魚の大口に吸い込まれそうだし、

餌の粒は大きすぎて口先でつつくだけ。

しかし身の危険を感じたのだろう、

すぐに餌を飲み込める大きさになり、

金魚に食べられることもなく

元気にすくすく育っていった。

わたしはしょっちゅう池をのぞき込んでは

拾ったメダカを眺めていた。

 

翌年の雨の降る朝、

起き出して窓の外を見ると

古火鉢の池は縁まで水が溢れていた。

 慌てて庭に出て池の中を探したけれど、

メダカはいない。

池の周囲の草をかき分けてみても、

なんの痕跡もない。

こんなことなら

池の水を減らしておくんだったと、

深く後悔した。

 

雨はそれからも降り続き、

数日経ってからようやく止んだ。      

池には前と変わらず

三匹の先住金魚が泳いでいるだけで、

ふたたびメダカを見ることはなかった。

親に頼んでメダカを買ってもらうなど

考えもしなかった。

わたしが池をのぞき込むのは稀になった。

思えば、あのちっぽけな生き物は     

雨と共にやって来て雨と共に去って行ったのだ。

不思議な縁だけが残った。