ゲームをはじめる前にヒストリカルノートを読んでみよう。テキストは『ロレーヌ作戦』("The Lorraine Campaign" ヒュー・M・コール著 米国政府印刷局発行)。

「メッツの軍事的重要性は、同市のドイツ軍守備隊の規模に基づくものでもなければ、十九世紀以来張りめぐらされてきた膨大な防御施設に基づくものでもない。むしろ、メッツが強固な要衝たりえていたのは、ドイツ軍に有利な要素が重なりあったためとこそ見るべきであろう。同市をめぐる戦いの緒戦には精鋭部隊がいたし、時代遅れの施設とはいえ、鉄とコンクリートの防壁に囲まれて精神的にも実質的にも充実していた。そして、地の利 もまた防御側に有利なようになっていたのである。」


「メッツの軍事的重要性は、同市のドイツ軍守備隊の規模に基づくものでもなければ、十九世紀以来張りめぐらされてきた膨大な防御施設に基づくものでもない。むしろ、メッツが強固な要衝たりえていたのは、ドイツ軍に有利な要素が重なりあったためとこそ見るべきであろう。同市をめぐる戦いの緒戦には精鋭部隊がいたし、時代遅れの施設とはいえ、鉄とコンクリートの防壁に囲まれて精神的にも実質的にも充実していた。そして、地の利 もまた防御側に有利なようになっていたのである。」
「ムーズ高原は東の端(平均標高380m)あたりで急激に低くなり、高さ220mほどのヴァヴル台地とつながっている。1916年、ドイツ帝国の軍隊がヴェルダン突出部をめぐる激戦の口火を切ったのも、この台地でのことであった。ヴァヴル台地を横切ると、モーゼル高原がなだらかに隆起しはじめ、メッツのすぐ西にまで続いている。この高原の西端は、おおむねコンフラン、マルス・ラ・トゥール、シャンブリーを結ぶ道路(0206・0207・0208・0209ヘックス)と同一線上にある。」

「高原東端は、平均して370mの高さからいきなり急傾斜してモーゼル河に出会う。河の東にもところどころにモーゼル高原の名残りが突 出しているが、河より西の高地と比べればほんの申しわけ程度の起伏でしかない。モーゼル高原主要部は、コンフランからメッツまで測って約16kmである。高原西半分はゆるやかに傾斜しており、東に向かう道路の中には登り坂であることがほとんどわからないものもあるほどだ。これに対し、東半分は急に高く険しくなり、木々も多く、深い峡谷と無数の浅い枯れ谷が縦横無尽に貫いている。小戦力にとり、これ以上防戦に適した要害の地はまず考えられまい。」