「人権」という言葉を耳にする機会は多く、また、何となくわかっているつもりで使ったりしている。日本国憲法の第十一条【基本的人権の享有と性質】にも、つぎのように「基本的人権」の保障がうたわれている。でも、「人権て何?」と問われてはっきりと説明できる人はあまりいないのではないだろうか。
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。
文部科学省のホームページでは、人権についてつぎのように定義されている。
「人々が生存と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利」(人権擁護推進審議会答申(平成11年))
公益財団法人 人権教育啓発推進センターによると、つぎのように「人種や民族、性別を超えて万人に共通した」という説明が追加されている。
人権とは、私たちが幸せに生きるための権利で、人種や民族、性別を超えて万人に共通した一人ひとりに備わった権利です。
一般財団法人アジア・太平洋人権情報センターによる説明では、この考え方はヨーロッパで生まれたものだとのこと。たしかに、明治時代以前に人権という考え方があったと聞いたことはない。(人権という言葉、概念はなくても、漠然としたものでそういう考え方はあったとは思われる。そうでなければ、ヨーロッパから入ってきたとき、理解され、受け入れられることはなかっただろう)
「人権」は歴史的にみると、ヨーロッパで生まれた考え方です。人は一人ひとりがかけがえのない、尊いものであるということから、いかなる場合にも踏みにじったり、無視したりしてはならないものを人権と考えたのです。
これらをまとめれば、「人権」とは、「ヨーロッパで生まれた考え方であり、人種や民族、性別を超え、それぞれの人が、幸福を追求しながら、自由に生きる権利」ということになろうか。そして、「人は一人ひとりがかけがえのない、尊いものであるということから、いかなる場合にも踏みにじったり、無視したりしてはならないもの」であり、日本国憲法もそれを保障しているということになる。
これで、「何となくわかる」から一歩進んで、少しはわかったような気がする。しかし、もう一つはっきりしないのは、これらの説明で使われている「権利」という言葉である。自由権、所有権、参政権、選挙権、著作権、特許権、団結権、スト権、知る権利...等々あげればキリのないほどに様々な権利がある。例によってネットでその意味を検索してみると、つぎのように説明されている。
<ウィキペディア>
ある行為をなし、あるいはしないことのできる資格。法律上は、一定の利益を主張または享受することを法により認められた地位、あるいは、他人に対し一定の行為・不作為を求めることができる地位をいう。
<ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - 権利の用語解説>
人間の生活関係において各人に帰属すべき利益 (たとえば所有者の現に有する利益,買主の物を取得しうるという利益など) を保護するため,法が各人に与えた利益を主張しうる力。
<Weblio>
㋐ ある利益を主張し、これを享受することのできる資格。社会的・道徳的正当性に裏づけられ、法律によって一定の主体、特に人に賦与される資格。法的正当性。
㋑ 何らかの原理や存在によって一定の主体に賦与される、ある行為をなし、またはなさぬことができる能力・資格。
つまり、何らかの行為をすること、あるいはしないことについての資格、地位であり、法などによってそれが保障されるということのようだ。
当然のことであるが、この言葉は自分以外の人、他者がいる場合にだけ意味がある。「自由」と同様、孤島にひとり生きるロビンソン・クルーソーにとっては意味のない言葉である。つまり、関係する他者の存在がなければ意味のないものである。そうすると、その実体的内容は他者との関係、社会的関係の中から生まれることになる。であれば、それは、社会関係が変われば、人と人との関係のあり方が変われば、それにつれて変わるということになる。以前、片山さつき参議院議員が「天賦人権論をとるのは止めようというのが私たちの基本的考え」と言っているが、人権という権利は、天から与えられた絶対的なものではないという意味では正しい。しかし、片山議員の言う意味は、人権なんて絶対的なものではないのだから、国益(彼らは自分たちの都合をこの言葉で言い換える)のために、どんどん制限するぞということだと思う。
考えてみるに、権利とは、「法」の有無にかかわらず、自分以外の人(小さなコミュニティーから全国民、あるいは全世界)への一つの意思表明ではないか。「私がこうすること、あるいはそうしないことの妨害をするな」という意思表明である。この考え方はグレーバーの『負債論』の第7章(私的所有のくだり)にあったと思う。「法」は「妨害するな」という意思表明を保障する手段である。「法」とその背景にある「力」によって、妨害しようとするものを排除するわけである。手段であるから、同様の機能を果たすものがあれば「法」とは言えないものでもよいはずである。
人権に戻って考えてみると、人権は、「人種や民族、性別を超え、それぞれの人が、幸福を追求しながら、自由に生きる」ことや、「人は一人ひとりがかけがえのない、尊いものであるということから、いかなる場合にも踏みにじったり、無視したりしてはならない」ということが、社会を維持するためには大切なことだという認識が生まれ、それが普遍化してきたという背景があって生まれた考え方だということになる。そして、そういう考え方のもとに生きることの意思表明が人権ということになる。日本では、憲法第十一条がそれを「基本的人権」として保障しているわけである。
そこで、現在の政府やテレビ、週刊誌などが盛んに煽っている「嫌韓」について考えてみると、韓国を劣等民族として捉え、どうしようもない連中だという認識のもとに、煽りが行なわれており、諸外国から見れば、日本という国は人権意識が低い国だと映っていることだろう。「人種や民族、性別を超え、それぞれの人が、幸福を追求しながら、自由に生きる」ということが尊ばれる共通認識が十分に育っていない国だということである。
民族差別以外にも、女性の地位がいまだに低く見られているという点でも、人権意識は低い。たとえば、女性の議員、閣僚、会社での管理職など、その数を男女で比べた場合、圧倒的に男性のほうが多いことは周知の事実である。また、強姦(いまは強制性交と呼ぶらしい)をした人間が罪に問われていないという伊藤詩織さんの事件でもその点が露呈している。この事件は起訴さえされず、裁判にも至らなかった。イギリスのテレビ(BBC)では、このことの異常さを追求する番組が作られ放映されている。日本のテレビは知らん顔である。さらに、日本では、あろうことか、被害者である伊藤詩織さんに対するバッシングさえ起きている。そのため、彼女は日本に住みづらくなり、いまはイギリスのロンドンで暮らしている。
裁判に至った事件でも、裁判所の判断は女性側に厳しい。今年の3月、福岡地裁久留米支部の西崎裁判長は、『女性はテキーラなどを数回一気飲みさせられ、嘔吐しても眠り込んでおり、抵抗できない状態だった』と認定。そのうえで、女性が目を開けたり、何度か声を出したりしたことなどから、『女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった』として男に無罪の判決を言い渡している。また、同月に、未成年の娘を約2年に渡って強姦していたと訴えられていた父親が無罪になっている。娘の抵抗が十分でなかったからとのこと。同じような理由で、当時19歳だった実の娘と性交したとして準強制性交罪に問われていた父親も無罪になっている。当然、この事実は多くの人を怒らせたが、裁判長を擁護する人たちもいる。「報道自体、判決のほんの一部を切り取っただけであり、その事件の奥にどんな事情があったのかは分かりません」というものである。しかし、これは一般論であり、何についての、どんな判決に対しても言えることである。これらの事件で、奥にどんな事情があったのか、なぜそれが無罪という判決に結びつくのかが説明されなければ何の意味もない反論である。そして、この論者は「どんな事情があったのかは分かりません」と言っているのである。
「報道自体、判決のほんの一部を切り取っただけであり」という部分も、反論の際の定型句である。政治家の不適切発言を正当化する際にも常に使われる。これも当たり前のことを言っているだけで意味がない。あらゆる報道は「一部の切り取り」である。全容を伝えるためには膨大な量のことばが必要になるが、そもそも、原理的にすべてを説明することなど不可能である。やるべきことは、反論を成立させるために必要な別の部分を切り取って提示することである。
つまり、繰り返しになるが、日本という国では「人種や民族、性別を超え、それぞれの人が、幸福を追求しながら、自由に生きる」という権利が大切なものとして守られなければならないという社会的意識が、まだ十分には育っていないということになる。諸外国から見れば、そういう認識になるはずであり、日本人の一人として非常に恥ずかしく思う。
さらに、いま「嫌韓」が煽られていて懸念されるのは、そうして煽られた民族差別意識は、何らかの出来事をきっかけにして暴発し、取り返しのつかない事態を引き起こすのではないかということである。いまでは、デマはネットを通じて、より早く、広範囲に広がる。そのことがどんな影響を与えるのかはっきりとは見えないが、心配である。いま「嫌韓」を煽っている人たち(政治の中枢に、マスメディアの中枢にそういう人たちがいる)は、たとえば、関東大震災での朝鮮人虐殺という歴史的事実を、朝鮮人による捏造だと言っている。言っている通りに考えているとすれば、それは無知故のものである。そうではなく、本当はあったことを知っているにもかかわらずそう言うのであれば、もっと悪質である。そういう種類の人たちは、また同じことをするだろうし、ほとぼりが冷めたと見るや、そんなことはなかったと言い始めることだろう。そして、「いや、事実としてあったではないか」と言う人に対しては「非国民だ」「反日だ」と攻撃することだろう。この国ではそういうことがまかり通るのである。いまの日本はそういうレベルの国なのである。
「日本すごい!(びっくりするほど程度がはなはだしい。並外れている。大層な......goo国語辞書)」とテレビでは盛んに自画自賛する番組が横行しているが、たしかに現政権下の日本は「すごい(ぞっとするほど恐ろしい。非常に気味が悪い......goo国語辞書)」。
今回は人権について述べたが、経済においても、外交においても、そして次世代を育てる教育においても、日本はどんどんと置いていかれている。「日本すごい!」などと浮かれている場合ではないのである。最近見たツイッターに安倍政権の成果がまとめられていたので載せておく。信じたくない人は信じないと思うけど。
安倍首相の実績(「平和と民主主義を育むために」さんのツイッターより)
GDP下落率 歷代総理中第1位
自殺者数 歷代総理中第1位
失業率增加 歷代総理中第1位
倒産件数 歴代総理中第1位
自己破產者数 歷代総理中第1位
生活保護申請者数 歷代総理中第1位
税収減 歴代総理中第1位
赤字国債増加率 歷代総理中第1位
国債格下げ 歴代総理中第1位
不良債權増 歷代総理中第1位
国民資產損失 歷代総理中第1位
地価下落率 歷代総理中第1位
株価下落率 歷代総理中第1位
医療費自己負担率 歷代総理中第1位
年金給付下げ率 歷代総理中第1位
年金保険料未納額 歷代総理中第1位
年金住宅金融焦げ付額 歷代総理中第1位
犯罪増加率 歷代総理中第1位
貧困率 ワースト5国に入賞
民間の平均給与 7年連続ダウン
出生率 日本史上最低
犯罪検挙率 戦後最低
所得格差 戦後最悪
高校生就職内定率 戦後最悪
<補足>
中国の南京で、関東大震災で、数多くの人たちが虐殺されたということは、それを目前に見た人たちが生存し、証言していた頃は、それが事実であることを疑うものはいなかった。仮に、「それは嘘だ!」と言うものがいれば、それは事実を知らない、無知な人間としてそれなりに扱われた。そんなたわごとなど相手にもされなかった。
しかし、ナチスによるユダヤ人虐殺について、その事実をしっかりと後世に伝え、二度とそのようなことが起きないようにしようという努力を続けているドイツと異なり、この日本ではそれを怠ってきたが故に、生き証人がいなくなってしまったいま、そして、それを否定したい政権が生まれ、「そんなことはなかった」というたわごとが大手を振って表に出てきて、実際にあった歴史的事実と等価なものとして両論併記され、論じられるようになってしまった。
関東大震災で亡くなった人たちの慰霊祭で、歴代の東京都知事は、デマによって虐殺された朝鮮人の死を、震災という天災で亡くなった人たちとは区別し、慰霊のことばを述べてきた。しかし、現在の小池知事は、その区別をすることを拒んでいる。天災そのもので亡くなった人たちと、天災そのものからは、からくも逃れられたにもかかわらず、こんどはデマで狂った暴徒によって殺された人たちとを区別しない、つまり、虐殺の事実に目をつむり、後世の人たちに伝えることを拒否しているのである。
最後に、千田是也氏(劇団『俳優座』主宰者)の経験を紹介しておこう。本名は伊藤圀夫であるが、関東大震災のとき、千駄ヶ谷の駅近くで、朝鮮人に間違えられて殺されかけたという経験を忘れないように、千駄ヶ谷から「千田」、コリアン(朝鮮人)から「是也(これや)」を取って名付けたとのこと。駅近くの線路の土手に様子を見に行ったところ、棍棒や竹ヤリやマキ割りを持った暴徒に取り囲まれ、「アイウエオと言ってみろ」とか「教育勅語を暗唱しろ」とか「歴代天皇の名前をすべて言え」とかいろいろテストされたが、歴代天皇の名前をスムーズに言えなかったため朝鮮人と決めつけられて、危うく殺されそうになった。早稲田の学生だったので学生証を見せたが無駄だったとのこと。ところが、運良く、取り巻いている人の中に、近所の酒屋の若い衆がいて、「なぁんだ、伊藤さんのお坊っちゃんじぁねぇか、だいじょうぶです。この人なら知っています」と言ってくれたために九死に一生を得たのである。もし、その知り合いがいなければまちがいなく殺されていただろう。運が良かったのである。つまり、あの混乱の中で、日本人も殺されていたということになる。
千田是也氏はもう亡くなってしまったが、生きている氏の前で「朝鮮人虐殺などなかった、嘘っぱちだ」などと言ったら、氏は何と答えるだろう。
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