
華厳の滝
<消費税は消費者からの「預り金」?>
年間売上1,000万円以下の小規模事業者は、取引時に消費者から預かったはずの消費税を納税しなくてもよいことになっていることについて、あるサラリーマンが、「それは預かったお金を着服するのだから横領だ」という訴訟を起こした。その裁判で、財務省はつぎのように主張している。
事業者が取引の相手方から収受する消費税相当額はあくまでも当該取引において提供する物品や役務の対価の一部である。この理は、免税事業者や簡易課税制度の適用を受ける事業者についても同様であり、結果的にこれらの事業者が取引の相手方から収受した消費税相当額の一部が手元に残ることとなっても、それは取引の対価の一部であるとの性格が変わるわけではなく、したがって、税の徴収の一過程において税額の一部を横取りすることにはならない。
これは消費税法(下記)が規定するところから見て当然の解釈となり、裁判所は法律に則って先のサラリーマンの訴えを退けている。課税の対象は事業者が行なった資産の譲渡等及び特定仕入れであり、納税義務者は事業者であるということ。
(課税の対象)
第四条 国内において事業者が行つた資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。第三項において同じ。)及び特定仕入れ(事業として他の者から受けた特定資産の譲渡等をいう。以下この章において同じ。)には、この法律により、消費税を課する。
(納税義務者)
第五条 事業者は、国内において行つた課税資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。第三十条第二項及び第三十二条を除き、以下同じ。)及び特定課税仕入れ(課税仕入れのうち特定仕入れに該当するものをいう。以下同じ。)につき、この法律により、消費税を納める義務がある。
この裁判でのポイントは、財務省が主張しているように、取引の相手方から受け取った金額に消費税に相当する金額が計算上含まれているとしても、それは取引の相手方から預かり、のちに国庫に納めるお金すなわち「預り金」ではないということである。それは取引の対価、すなわち販売価格の一部にすぎないということである。したがって、免税事業者は、その「預り金」を着服しているのではなく、事業者が納めるべき「消費税」という名の新税を納めることを免除されていることになるのである。
そうなると、普段の買い物で「税抜き価格」+「消費税」と書かれた値札に疑問が出てくる。法律から見れば、そのような分類の必要はなく、単に両方を合わせた金額を販売価格として表示し、事業者は取引で得た利益から消費税と名付けられた既定の割合の税金を納めればよいだけのはずである。そうすれば、件のサラリーマンからの訴訟などなかったわけである。たとえば、ビールやウィスキーなどの酒類には「酒税」という税金がかかり、その販売価格には酒税が含まれている。しかし、その値札に「税抜き価格」+「酒税」とは記載されていない。
<法律とイメージとの齟齬>
では、どうして政府が広め、多くの国民もそう信じているように「消費税は事業者が消費者から預かるお金=預り金であり、納税義務があるのは消費者である」というイメージ通りに法律を規定しなかったのだろう。また、消費税という名の新税に相当する金額を、一斉に価格に転嫁することは法律で禁じられている価格カルテルにあたり、いまはその適用除外措置をしているはずである。消費税が「消費者からの預り金」として規定すれば、その措置も不要になるのに、どうしてそのように規定しなかったのだろう。
理由の一つは、法律で、消費税=預り金と規定すると、冒頭のサラリーマンからの訴えが正当性を持ち、免税事業者は消費者から預かった消費税を納めなければならなくなる。
また、消費税法第三十条の(仕入れに係る消費税額の控除)という規定と相いれなくなる。同法によれば、事業者は事業にあたって必要な原材料の仕入れをするときに仕入れ先に支払った消費税額が控除されることになっている。たとえば、消費税込みで1,100万円の商品を売ったとする。その内100万円は消費税として国に納める必要がある。しかし、その商品を作るとき、消費税込みで550万円の原材料を仕入れたとすると、50万円の消費税を仕入れ先業者に支払ったことになる。その50万円を先の100万円から控除して、国には50万円を納めればよいというのである。その理由は、100万円には仕入れのとき支払った50万円が含まれているので税の二重払いになるからとのこと。しかし、もし、消費税が「消費者からの預り金」だとすると、消費者はその事業者に100万円を預けたのに、その内50万円を事業者に中抜きされて国には50万円しか納めていないことになってしまう。国が事業者の中抜きを法的に制度化して認めていることになる。だから、法的に「預り金」として規定できないのである。現行法であれば100万円は利益の一部なので、それに対する免税措置や控除などは法律違反とはならないわけである。ただし、「どうして事業者を優遇するの?」という問題はある。
<輸出戻し税>
この「仕入れに係る消費税額の控除」に相当するものとして、輸出事業者に対する「輸出戻し税」というものがある。輸出事業者の取引先は国外であり、国外の取引先から消費税という名目で余分のお金を預かることはできないとして、取引先が国外である事業者は消費税という名の税が免除されている。しかし、輸出事業者も国内で仕入れをすれば、消費税込で仕入れをする必要がある。そのときの消費税分を「輸出戻し税」というかたちで、その事業者に戻してくれるのである。全国商工団体連合会のホームページで税理士が試算しているが、21年度の輸出戻し税の額は、上位20社で約1兆7,500億円にもなる。最も多いのはトヨタ自動車で、約6,000億円が戻されている。トヨタ自動車は国内の仕入れ先に6,000億円の消費税を支払う、その支払先の業者はそこからその業者仕入れ先に支払った消費税分、たとえば3,000億円を差し引いた残りの3,000億円を国に納める、その業者の仕入れ先の業者もまたそこからその業者がその仕入れ先に支払ったたとえば1,500億円を差し引いた残りの1,500億円を国に納めるというかたちで階層的に国には6,000億円の税金が納められる。この6,000億円をトヨタ自動車に戻してやることになるわけである。つまり、国には事業者から1銭の消費税も入らない。
つまり、消費税制度は免税や控除、戻し税などのしくみによって、事業者に一切負担がかからないようになっている。このような事業者への優遇措置を国民の目からそらすために、法律の規定とは異なるイメージ、「消費税の納税義務者は消費者である」「事業者はそれを預かるだけ」というイメージを作って広めることをしているのではないか。ほとんどの国民は「納税義務者は消費者=自分自身」であり、買い物のとき払う「消費税は事業者に預けたもの」と思っているのである。だから冒頭のサラリーマンが訴えたりするのである。
<労働力の消費税>
事業者の優遇ということのほかに、この制度が特におかしいと思うのはつぎの点である。一般の消費者というのは、自らの持つ労働力を売って生計を立てている。つまり、事業者が商品を売るのと同様に労働力という商品を売って生計を立てている。そうすると、まず、事業者は労働力という商品を買うのだからその価格(労賃)の10%の消費税を払わなければならないはずである。また、労働力という商品を生産するためには衣食住が必要であり、そのために必要なものは商品として買わなければならない。その商品には消費税が含まれている。事業者が商品を作るにあたって必要な仕入れをするときに支払った費用の内、消費税分が控除されるならば、一般の消費者もその労働力を作るために必要な衣食住の費用の内、消費税分は控除される(事業者から受け取った労賃の10%を国に納めるときにその分を差し引くことができる)べきである。
どうして労働力という商品についてだけ消費税がかからないのだろう。労働者も労働力という商品を作り出す事業者として扱うと、すべてが事業者となり、事業者には一切負担がかからない現在の制度が成り立たなくなってしまうからである。消費税制度は労働者を「事業者」から除外することで成り立つ制度なのだ。資本主義経済はあらゆるものを商品として扱うことで成り立っている。労働力も商品であり、事業者はそれを労働市場で買って消費するというかたちになっているのである。その基盤の上で、労働力を商品から除外する制度は本来成立しないはずである。
<インボイス制度>
「仕入れに係る消費税額の控除」や「輸出戻し税」は悪評高い「インボイス制度」とつながってくる。この控除や戻し税を受けるには、これまでは仕入れの事実が記載された請求書と帳簿を保存すれば、仕入税額控除の適用を受けることができた。これからはインボイス呼ばれる「適格請求書」というものが必要になる。仕入先からこれをもらい、役所に提出して相当する控除や戻し税を受けるわけである。
問題は、年間売上1,000万円以下の小規模事業者(免税事業者)に起きる。日本の多くの事業者はその仕入先としてこの免税事業者を相手にしている。その事業者が先の控除や戻し税を受けようとすると、仕入先の免税事業者からインボイスを発行してもらう必要がある。ところが、免税事業者はインボイスを発行できないことになっている。インボイスを発行するためには、適格請求書発行事業者と呼ばれるものになる必要がある。しかし、免税事業者が適格請求書発行事業者になると課税事業者となり、免税事業者でなくなるのである。したがって、従来免除されていた税金を納めなければならなくなるのである。
もし免税事業者のままでいようとすれば、従来そこから仕入れをしていた事業者はインボイスを発行してもらえないので、控除や戻し税を受けられなくなる。そこで、他にインボイスを発行してもらえる事業者に仕入先を変更するだろう。それを避けるためには、免税事業者は課税事業者とならざるを得なくなるわけである。つまり、インボイス制度というのは、実質的に小規模事業者に対する免税の制度をなくすことなのだ。課税事業者にならないと事業を続けられないという制度なのだ。財務省は、この制度によって税収が増えるとして、つぎのような試算をしている。(各数字は財務省が想定しているもの)
免税事業者の平均的な売り上げ:550万円
その内訳:利益154万円+仕入れ・経費396万円=550万円
したがって、年収:154万円
納税額:154万円×10%=15.4万円(年収の10%として)
増える税収:15.4万円×161万社=2,480億円
年収154万円とは貧困世帯と言えるのではないか。そこから15.4万円の税金を取ろうというのだ。これでは事業など続けてゆくことは不可能として、多くの小規模事業者はその事業をやめざるを得ないだろう。161万社から徴収できたとしても、増える税額は2,480億円である。これを、トヨタ自動車が受ける輸出戻し税と比べてほしい。トヨタ自動車は約6,000億円を戻してもらえるのだ。インボイス制度の撤回を求める声が大きいのは当然ではないか。そして、何よりも、詐欺のようなかたちで国民から税金を徴収する「消費税」というものをなくすことが必要である。ところが、政府はこの消費税をさらに増やそうとしているのである。法人税減税もあり、企業の内部留保は過去最高となっている。そして、トリクルダウンは起きなかったことも明らかになっているいま、税が不足というのであれば、その徴収先ははっきりしているではないか。とにかく、インボイス制度を含めた消費税制度は、一般の消費者=労働者や小規模事業者など、弱いものからだけより多くの税金を取り立てる制度なのだ。あまりにもひどい制度ではないか。いったいこの政府は誰のための政府なのだろう。
<補足>
税金の専門家でありながら「消費税は間接税である」と言っている人が多い。間接税とは、税金を負担する人と税金を納める人が別になっている税(入湯税やゴルフ場利用税など)のことである。これも先の「預り金」という「お話」が前提になる。税金を負担するのは消費者で、それを預かった事業者が税金を納めるという「お話」である。しかし、法的にも財務省の主張も、消費税を負担する人は事業者であり、それを納める人も事業者なので間接税ではなく直接税である。
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