(10)奈良の旅館で酒池肉林する
予約しておいた宿は三条通り裏の引っ込んだ場所にある安いだけが取り柄の小さな旅館である。大阪から夜入って、最初は駅前のビジネスホテルに泊まるだけ。1日目はレンタサイクルを借り、そこに行くまでにあちこち回って、奈良を存分に楽しんでから泊まるつもりだ。駅前の自転車貸出所に返却したのが5時ギリギリ。そこから駅のコインロッカーで預けておいた荷物を出し、てくてく歩いて新大宮から尼ヶ辻方面に向かった。商売道具のノートパソコンが結構重い。辺りも暗くなって来たが、旅館のある辺りはまだ見当もつかない。ちょっと催してきたので、大きな用水路だか池だかの脇の、柳の木陰に「局地的な豪雨」を少々降らせることにした。文化人にあるまじき行為ではあるが、我慢ができないから仕方がない。
最近はあらかじめ駅とかデパートで早め早めに出しておくようにしているが、なかなか思うようにいかない。医学が進歩して尿意をコントロールできるようになったら、どれ程幸せになるだろうか。全国800万人と言われる前立腺肥大症患者の、涙ながらに喜ぶ姿が目に浮かぶ。出来れば私の元気な内に薬が開発されて、少しばかり高くても手に入るならこれほど嬉しいことはない。改善法発見者は、きっとノーベル賞間違いないと確信している。なぜならノーベル賞選考委員の大半は年寄りで前立腺肥大症であるに違いないからだ(これは私の想像!)。とにかく歩いている内に旅館を探し当てた。近年はスマホの大活躍で、知らない土地にふらっと行っても地図を見ながらナビしてくれるので、おおよそ迷うということがなくなった。大したもんである。その代わり道を覚えなくなったのは、大事なものを失った気がする。どっちが良いかと聞かれれば、少しばかり道に迷っても後で思い出せる「ナビなし」歩きが、旅を楽しむにはオススメだ。旅というのは、道を探し探し歩く所に醍醐味がある。迷わず時間通りに目的地に着く事を当たり前に思うのは、ビジネスで行く場合だけにしたい。
さて玄関を開けるとすぐに帳場兼受付があり、主人が大儀そうに座っていた。「予約している◯◯ですが、」と言うと、黙って部屋の鍵を出し「チェックアウトは翌朝10時までにお願いします」と素っ気ない。何も最高の笑顔を期待するというのじゃないがいらっしゃいぐらい言ってもバチは当たらないと思うが、これも歳をとって箸の上げ下ろしにもいちいち文句をつける老人病の一つと思い直して諦めた。よく見れば貧相で見栄えの悪いこと甚だしい中年の男だ。きっと人生ろくな楽しみも得てこなかったんだろうなと、「他人事ながら少しばかり良い気分」なんて心の内の小さい仕返しに満足出来た。私もいっちょ前の嫌な老人になったものである。部屋は二階の真ん中。廊下の隅には洗濯乾燥機が二台並んでいる。長期滞在型の拠点というスタンスなのか、レストランやバーがない代わりに洗濯スペースが充実しているのは得点が高い。旅館はエンジョイする所ではなく、1日の疲れを取り次の日をいかにエンジョイするかその準備の為に時間を費やすべきなのだ。あれ?また説教じみた口調になってしまった、いかんいかん。
洗濯物をドラムに放り込んで、目の前のコンビニに夕食を買い出しに行った。ドライビールのロング缶二本とポテトチップのりしお味、それに伊勢エビのマヨネーズ焼きとのり弁当にした。ジャンク最高!ビールっ腹よいらっしゃい!旅行している時はダイエットなど考えちゃいけない。異次元の世界に遊ぶわけだから、やりたい事をどんどん無制限にやったら宜しい。おっと洗濯が終了したので、服を乾燥機に移し4百円を入れた。私は一人暮らしをし始めて以来、洗濯機というものを買ったことがない。で、全部コインランドリーである。よく街で洗いたてのTシャツを着て「あの生乾きの嫌な臭い」を颯爽と匂わせて歩いている男とすれ違うのだが、実にオシャレの意味の分かっていない奴だと感心してしまう。女の子では先ずそんな人はいないが、男は鈍感なのか結構な確率で出会う。男臭いとでも思っているのかどうか、一度聞いてみたいと思っているがチャンスはまだ無い。私が乾燥機をいじっていると隣の部屋の男が洗濯しに来たので、軽く挨拶しておいた。どんな男が泊まっているか知れたものでは無いので、なるべく記憶に残らないように気をつける。私は用心深いのだ。
テレビを見ながら、ポテチとビールで明日からのスケジュールを再確認する。遠足の前の晩の小学生みたいにウキウキして、もう一本ビールを飲んじゃったよ。やっぱり2本買っておいて正解だったな、酒は足りないと最悪である。もう飲めない位で、ちょうど良い。「この旅館も案外使えるな」などと考えながら、布団に入って古都の夜の静かに更けていくのを楽しんだ。素晴らしい明日があるって想像して寝るのは、人生の最高の瞬間である。出来れば人生最後の夜も、明日を夢見ていたいものだ。
予約しておいた宿は三条通り裏の引っ込んだ場所にある安いだけが取り柄の小さな旅館である。大阪から夜入って、最初は駅前のビジネスホテルに泊まるだけ。1日目はレンタサイクルを借り、そこに行くまでにあちこち回って、奈良を存分に楽しんでから泊まるつもりだ。駅前の自転車貸出所に返却したのが5時ギリギリ。そこから駅のコインロッカーで預けておいた荷物を出し、てくてく歩いて新大宮から尼ヶ辻方面に向かった。商売道具のノートパソコンが結構重い。辺りも暗くなって来たが、旅館のある辺りはまだ見当もつかない。ちょっと催してきたので、大きな用水路だか池だかの脇の、柳の木陰に「局地的な豪雨」を少々降らせることにした。文化人にあるまじき行為ではあるが、我慢ができないから仕方がない。
最近はあらかじめ駅とかデパートで早め早めに出しておくようにしているが、なかなか思うようにいかない。医学が進歩して尿意をコントロールできるようになったら、どれ程幸せになるだろうか。全国800万人と言われる前立腺肥大症患者の、涙ながらに喜ぶ姿が目に浮かぶ。出来れば私の元気な内に薬が開発されて、少しばかり高くても手に入るならこれほど嬉しいことはない。改善法発見者は、きっとノーベル賞間違いないと確信している。なぜならノーベル賞選考委員の大半は年寄りで前立腺肥大症であるに違いないからだ(これは私の想像!)。とにかく歩いている内に旅館を探し当てた。近年はスマホの大活躍で、知らない土地にふらっと行っても地図を見ながらナビしてくれるので、おおよそ迷うということがなくなった。大したもんである。その代わり道を覚えなくなったのは、大事なものを失った気がする。どっちが良いかと聞かれれば、少しばかり道に迷っても後で思い出せる「ナビなし」歩きが、旅を楽しむにはオススメだ。旅というのは、道を探し探し歩く所に醍醐味がある。迷わず時間通りに目的地に着く事を当たり前に思うのは、ビジネスで行く場合だけにしたい。
さて玄関を開けるとすぐに帳場兼受付があり、主人が大儀そうに座っていた。「予約している◯◯ですが、」と言うと、黙って部屋の鍵を出し「チェックアウトは翌朝10時までにお願いします」と素っ気ない。何も最高の笑顔を期待するというのじゃないがいらっしゃいぐらい言ってもバチは当たらないと思うが、これも歳をとって箸の上げ下ろしにもいちいち文句をつける老人病の一つと思い直して諦めた。よく見れば貧相で見栄えの悪いこと甚だしい中年の男だ。きっと人生ろくな楽しみも得てこなかったんだろうなと、「他人事ながら少しばかり良い気分」なんて心の内の小さい仕返しに満足出来た。私もいっちょ前の嫌な老人になったものである。部屋は二階の真ん中。廊下の隅には洗濯乾燥機が二台並んでいる。長期滞在型の拠点というスタンスなのか、レストランやバーがない代わりに洗濯スペースが充実しているのは得点が高い。旅館はエンジョイする所ではなく、1日の疲れを取り次の日をいかにエンジョイするかその準備の為に時間を費やすべきなのだ。あれ?また説教じみた口調になってしまった、いかんいかん。
洗濯物をドラムに放り込んで、目の前のコンビニに夕食を買い出しに行った。ドライビールのロング缶二本とポテトチップのりしお味、それに伊勢エビのマヨネーズ焼きとのり弁当にした。ジャンク最高!ビールっ腹よいらっしゃい!旅行している時はダイエットなど考えちゃいけない。異次元の世界に遊ぶわけだから、やりたい事をどんどん無制限にやったら宜しい。おっと洗濯が終了したので、服を乾燥機に移し4百円を入れた。私は一人暮らしをし始めて以来、洗濯機というものを買ったことがない。で、全部コインランドリーである。よく街で洗いたてのTシャツを着て「あの生乾きの嫌な臭い」を颯爽と匂わせて歩いている男とすれ違うのだが、実にオシャレの意味の分かっていない奴だと感心してしまう。女の子では先ずそんな人はいないが、男は鈍感なのか結構な確率で出会う。男臭いとでも思っているのかどうか、一度聞いてみたいと思っているがチャンスはまだ無い。私が乾燥機をいじっていると隣の部屋の男が洗濯しに来たので、軽く挨拶しておいた。どんな男が泊まっているか知れたものでは無いので、なるべく記憶に残らないように気をつける。私は用心深いのだ。
テレビを見ながら、ポテチとビールで明日からのスケジュールを再確認する。遠足の前の晩の小学生みたいにウキウキして、もう一本ビールを飲んじゃったよ。やっぱり2本買っておいて正解だったな、酒は足りないと最悪である。もう飲めない位で、ちょうど良い。「この旅館も案外使えるな」などと考えながら、布団に入って古都の夜の静かに更けていくのを楽しんだ。素晴らしい明日があるって想像して寝るのは、人生の最高の瞬間である。出来れば人生最後の夜も、明日を夢見ていたいものだ。
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