(1)テロの背景
パリでテロが起き、その非人道的な行為に世界中が怒りと悲しみに暮れているが、いつも思うのは悲しみを煽る報道は何の役にも立たないということである。テロはボケ老人の暴走で人が死ぬのとはわけが違う。目的があって周到に計画された犯行なのである。では、テロは何を目的としたのか。テロは政治的メッセージである。考えるポイントは、フランスという国がISISとどう関わっているか、である。テロがあった後でフランスがISISの施設を報復空爆したとニュースが報じた。余りに早い対応である。フランスはISISの施設がどこにあるか、テロの起きる前から知っていたのだろう。だから「報復」空爆なのだ。テロの犯人がISISだとすぐに発表し、サン・ドニのアジトを急襲したのは、テロ実行犯とフランス国家が浅からず関係をもっていた事を示している。
テロは単独で実行するわけでは無い。必ず支援者が裏にいる。支援者は誰か、このことを明白にしなければテロを防ぐことはできない。支援者を明らかにするというのはISISの場合も同じである。武器や弾薬や資金及び情報を提供できる大規模な団体が裏にいるはずである。それは何処か?
ISISはイスラム教スンニ派の過激派であるから、イラクで権力の座を奪われたグループがサウジアラビアなどに支援されてイラク奪還を目指している、というのが大筋だと思うが、中東諸国でISISと戦っているのはシリア・クルド・イラク、それとロシア・イランの5カ国である。湾岸諸国やサウジアラビアなどの産油国はマスコミにも出てこないので何を考えているのか不明だが、隣国で非道が行われているのに無関心なはずはない。サウジアラビアはISISがイラクを再制圧するほうが良いと思っているだろうから黙っている、と考えるのがまっとうである。じゃあシリア反政府勢力は誰が後押ししているのかと言うと、アメリカとその影の首謀者イスラエル、それとクルドを敵とするトルコである。
アラブの春と言われた一大ムーブメントは、チュニジア・エジプト・リビアと次々と政権が交代転覆して一気に民主化が進むかと見えたが、混乱ののち収束してみると、国力が低下し政治的発言力が弱まっている。結論を言うとイスラエルにとってイラク・エジプト・リビアと、独裁国家で強大な隣国が次々となくなり都合が良い。サウジアラビアと産油国は親米だから、残る敵対国はシリアだけである。だからシリアを潰したい、というのがイスラエルの戦略で、アメリカはアサド政権を民主化の名目で反対勢力を支援し、実はイスラエルの思惑を忠実に実行している。これが中東の現実である。
シリアを弱体化する作戦にスンニ派の思惑が乗っかって反政府運動は勢力を伸ばしたが、アルカイダ系である反政府派をアメリカは支援している。米英は反政府組織を支援しながら、いつでも潰せるように情報を握って泳がしているのである。だがISISは非道な行為を繰り返している。何故世界を敵に回すような行いをするのか。強い相手に痛手を与える事で士気を煽るのかも知れない。あるいは中東では、パリ・テロのような事は日常茶飯事で特別な事でも驚く事でも無いとも言える。マスコミが報道するISISの悪逆非道は、実はそこら中で行われている事なのかも知れない。
アメリカは建前上はISISを退治する立場だがイラクを潰して以来、ずっと中東を混乱状態に置いておくのが戦略である。強い国家が中東になくなればイスラエルは安泰だからである。だが、オバマ大統領のイラン融和策によってシーア派が勢力を盛り返し、いまやロシアの主導で内戦状態が収まりつつある。ISISはこのままいくと潰滅せざるを得ない戦況である。今までどちらかと言うと反政府寄りだった欧米がここへきてアサド寄りに変わったのだ。イスラエルはパレスチナ問題で世界から非難され、さらにはここに来てアラブが安定するかも知れない状況である。
(2)途切れることの無い賛同者
日本人には理解しがたいが、ISISへ参加する若者しかも女性もが、途切れることなく大量に発生し続けている。イスラム教の最も厳格な形をISISは標榜しているが、その実態は恐怖政治であるという。ではなぜ多数の若者が世界中からやってくるのか、本当のところはわからない。だがアラーの国を打ち立てようとする聖なる目的を邪魔する者は全て敵と見なすシンプルな構図は、若者の思想的単一さに受けるのかもしれない。何れにしても、自分は絶対者の命令を行うためにISISに参加するというのだから、信念と自覚に基づいている。彼等はISISの行いをどう見ているのだろうか。
私は想像するだけだが、単純に敵と味方の二つしか考えてないと思う。アラーは正義であり自分たちはアラーと共にあるから、自分たちに敵対する勢力は敵であり敵を殲滅することがアラーへの忠誠の証となる、そういう論理では無いかと思う。だがこのようにして作り上げた国家の中身はどうだろうか。一握りの聖職者と宗教警察隊と、それらに従う一般大衆。たとえアラーに捧げた命を全うできる喜びを仲間と分かち合えたとして、大衆はどうだろうか。今は貧困に苦しみ、食べていくために個人の自由を制限しているが、何とか貧困を脱してある程度の暮らしが出来るようになれば、人間は自由と娯楽を求めるようになるのでは無いか。その時点で、政治を主導してきた過激派は粛清され穏健で良識的な勢力に政治の中心は変わっていくだろうし、また変わらなければいけない。その時初めてテロの功罪を定めることが出来ると考えている。政治の変革は一度や二度では達成できない。フランス革命やロシア革命、然り。ドイツとイタリアは敗戦によってファシスト政権が倒された。日本も明治維新を経て第二次世界大戦の敗戦の憂き目を見た。天皇制の終焉となる筈だったが、未だ戦前回帰の旧態依然とした新安保体制を画策する政治家が国会の最大議席を占めている。日本はまだまだ、もう一度や二度変革しないとダメかもしれない。
(3)地域ごとに異なる文化
アフリカではポコハラムという想像するだにおぞましい集団の悪行が報じられるが、国家の対策が追いつかないという。女性を家畜同様に扱う卑劣な団体は何百人という女学生を襲って拉致し売り飛ばして財源とする集団だが、やっている行為の違法性は認識していても女性を人間としてみる意識は皆無である点で教育のレベルが前時代的である。インドのあちこちで起きる事件の信じられないレイプや尊厳殺人は、村の長老達の会議で刑罰が決まる場合もあり特に女性を家族の所有物とする風習など、簡単に解決するような問題では無いと思われる。本人達が信じていることを間違っていると教えるのは、恐ろしく長い時間をかけて教育していくか世代交代を待つしか無い。このような、先進国では当然の人間の権利が全く顧みられてない世界が、まだまだ世の中には驚くほど多いのである。
日本も例外では無い。天皇制に対する問答無用の尊宗の強制などの例を見るにつけ、民主的政治とは程遠い国の形に対する国民の心情は、旧時代的な民族という枠から脱していないと思わざるを得ない。そのような多種多様でバラバラな考えの交錯する世界で、全ての人が幸せに暮らしていける社会を作ることは人類に課せられた壮大な試練である、と思う。何が正しいというのではなく、それぞれの民族の実情に合った段階的な答えが複数あって、お互いの良いところを取り合って徐々にユニバーサルなものに仕立てて行く、そんな方法で進んで行くのが理想であろう。そして何よりも、一握りの人々の生活が大多数の人の貧困により成り立つような社会は、我々の向かうところでは無いと信じる。
(4)悲しみを乗り越えて
パリのテロで奥さんを亡くした人のFacebookの投稿が素晴らしいと言って、朝のニュースがこぞって取り上げていた。個人のレベルでは素晴らしいで済むが、テロは個人の犯罪では無い。政治のメッセージである以上は政治的に解決するしか方法は無いのである。フランスは、イスラエル潰しの急先鋒だったとの情報がある(田中宇の国際ニュースからの受け売り。詳しくはネットで)。今年1月の雑誌社襲撃事件で明らかになったが、イスラム教徒を悪役に仕立てる作戦は見事に成功した。ISISはイスラム教スンニ派だが、実はイスラエルの手先なんじゃ無いかと私は疑っている。
これからフランスが対ISISの戦いでどのような役割を演じ、アメリカ=イスラエルとどう対決するか、そしてアサド政権の未来にどのような影響力を与えるのか、オランド大統領の行く末も含めてしっかり見て行きたいと思う。ロシアの進めるシリア解決策は、理屈ではなく現実を見据えた唯一の方法のように思えるが、アメリカが余計なことをしなければという条件が付く。日本のマスコミはアメリカべったりなので、朝のニュースショーを見ているだけでは本当の所がわからなくなっているが、オバマは上手くやっているようだ。なにはともあれ、日本の視聴者は情報の孤島に取り残されなければいいのだが。
このテーマは一回では書ききれないので、まだまだ続きます。
PS:今週はまとまらないまま終わってしまいました。来週はもう少し柔らかい話題をお届けします、乞うご期待。
パリでテロが起き、その非人道的な行為に世界中が怒りと悲しみに暮れているが、いつも思うのは悲しみを煽る報道は何の役にも立たないということである。テロはボケ老人の暴走で人が死ぬのとはわけが違う。目的があって周到に計画された犯行なのである。では、テロは何を目的としたのか。テロは政治的メッセージである。考えるポイントは、フランスという国がISISとどう関わっているか、である。テロがあった後でフランスがISISの施設を報復空爆したとニュースが報じた。余りに早い対応である。フランスはISISの施設がどこにあるか、テロの起きる前から知っていたのだろう。だから「報復」空爆なのだ。テロの犯人がISISだとすぐに発表し、サン・ドニのアジトを急襲したのは、テロ実行犯とフランス国家が浅からず関係をもっていた事を示している。
テロは単独で実行するわけでは無い。必ず支援者が裏にいる。支援者は誰か、このことを明白にしなければテロを防ぐことはできない。支援者を明らかにするというのはISISの場合も同じである。武器や弾薬や資金及び情報を提供できる大規模な団体が裏にいるはずである。それは何処か?
ISISはイスラム教スンニ派の過激派であるから、イラクで権力の座を奪われたグループがサウジアラビアなどに支援されてイラク奪還を目指している、というのが大筋だと思うが、中東諸国でISISと戦っているのはシリア・クルド・イラク、それとロシア・イランの5カ国である。湾岸諸国やサウジアラビアなどの産油国はマスコミにも出てこないので何を考えているのか不明だが、隣国で非道が行われているのに無関心なはずはない。サウジアラビアはISISがイラクを再制圧するほうが良いと思っているだろうから黙っている、と考えるのがまっとうである。じゃあシリア反政府勢力は誰が後押ししているのかと言うと、アメリカとその影の首謀者イスラエル、それとクルドを敵とするトルコである。
アラブの春と言われた一大ムーブメントは、チュニジア・エジプト・リビアと次々と政権が交代転覆して一気に民主化が進むかと見えたが、混乱ののち収束してみると、国力が低下し政治的発言力が弱まっている。結論を言うとイスラエルにとってイラク・エジプト・リビアと、独裁国家で強大な隣国が次々となくなり都合が良い。サウジアラビアと産油国は親米だから、残る敵対国はシリアだけである。だからシリアを潰したい、というのがイスラエルの戦略で、アメリカはアサド政権を民主化の名目で反対勢力を支援し、実はイスラエルの思惑を忠実に実行している。これが中東の現実である。
シリアを弱体化する作戦にスンニ派の思惑が乗っかって反政府運動は勢力を伸ばしたが、アルカイダ系である反政府派をアメリカは支援している。米英は反政府組織を支援しながら、いつでも潰せるように情報を握って泳がしているのである。だがISISは非道な行為を繰り返している。何故世界を敵に回すような行いをするのか。強い相手に痛手を与える事で士気を煽るのかも知れない。あるいは中東では、パリ・テロのような事は日常茶飯事で特別な事でも驚く事でも無いとも言える。マスコミが報道するISISの悪逆非道は、実はそこら中で行われている事なのかも知れない。
アメリカは建前上はISISを退治する立場だがイラクを潰して以来、ずっと中東を混乱状態に置いておくのが戦略である。強い国家が中東になくなればイスラエルは安泰だからである。だが、オバマ大統領のイラン融和策によってシーア派が勢力を盛り返し、いまやロシアの主導で内戦状態が収まりつつある。ISISはこのままいくと潰滅せざるを得ない戦況である。今までどちらかと言うと反政府寄りだった欧米がここへきてアサド寄りに変わったのだ。イスラエルはパレスチナ問題で世界から非難され、さらにはここに来てアラブが安定するかも知れない状況である。
(2)途切れることの無い賛同者
日本人には理解しがたいが、ISISへ参加する若者しかも女性もが、途切れることなく大量に発生し続けている。イスラム教の最も厳格な形をISISは標榜しているが、その実態は恐怖政治であるという。ではなぜ多数の若者が世界中からやってくるのか、本当のところはわからない。だがアラーの国を打ち立てようとする聖なる目的を邪魔する者は全て敵と見なすシンプルな構図は、若者の思想的単一さに受けるのかもしれない。何れにしても、自分は絶対者の命令を行うためにISISに参加するというのだから、信念と自覚に基づいている。彼等はISISの行いをどう見ているのだろうか。
私は想像するだけだが、単純に敵と味方の二つしか考えてないと思う。アラーは正義であり自分たちはアラーと共にあるから、自分たちに敵対する勢力は敵であり敵を殲滅することがアラーへの忠誠の証となる、そういう論理では無いかと思う。だがこのようにして作り上げた国家の中身はどうだろうか。一握りの聖職者と宗教警察隊と、それらに従う一般大衆。たとえアラーに捧げた命を全うできる喜びを仲間と分かち合えたとして、大衆はどうだろうか。今は貧困に苦しみ、食べていくために個人の自由を制限しているが、何とか貧困を脱してある程度の暮らしが出来るようになれば、人間は自由と娯楽を求めるようになるのでは無いか。その時点で、政治を主導してきた過激派は粛清され穏健で良識的な勢力に政治の中心は変わっていくだろうし、また変わらなければいけない。その時初めてテロの功罪を定めることが出来ると考えている。政治の変革は一度や二度では達成できない。フランス革命やロシア革命、然り。ドイツとイタリアは敗戦によってファシスト政権が倒された。日本も明治維新を経て第二次世界大戦の敗戦の憂き目を見た。天皇制の終焉となる筈だったが、未だ戦前回帰の旧態依然とした新安保体制を画策する政治家が国会の最大議席を占めている。日本はまだまだ、もう一度や二度変革しないとダメかもしれない。
(3)地域ごとに異なる文化
アフリカではポコハラムという想像するだにおぞましい集団の悪行が報じられるが、国家の対策が追いつかないという。女性を家畜同様に扱う卑劣な団体は何百人という女学生を襲って拉致し売り飛ばして財源とする集団だが、やっている行為の違法性は認識していても女性を人間としてみる意識は皆無である点で教育のレベルが前時代的である。インドのあちこちで起きる事件の信じられないレイプや尊厳殺人は、村の長老達の会議で刑罰が決まる場合もあり特に女性を家族の所有物とする風習など、簡単に解決するような問題では無いと思われる。本人達が信じていることを間違っていると教えるのは、恐ろしく長い時間をかけて教育していくか世代交代を待つしか無い。このような、先進国では当然の人間の権利が全く顧みられてない世界が、まだまだ世の中には驚くほど多いのである。
日本も例外では無い。天皇制に対する問答無用の尊宗の強制などの例を見るにつけ、民主的政治とは程遠い国の形に対する国民の心情は、旧時代的な民族という枠から脱していないと思わざるを得ない。そのような多種多様でバラバラな考えの交錯する世界で、全ての人が幸せに暮らしていける社会を作ることは人類に課せられた壮大な試練である、と思う。何が正しいというのではなく、それぞれの民族の実情に合った段階的な答えが複数あって、お互いの良いところを取り合って徐々にユニバーサルなものに仕立てて行く、そんな方法で進んで行くのが理想であろう。そして何よりも、一握りの人々の生活が大多数の人の貧困により成り立つような社会は、我々の向かうところでは無いと信じる。
(4)悲しみを乗り越えて
パリのテロで奥さんを亡くした人のFacebookの投稿が素晴らしいと言って、朝のニュースがこぞって取り上げていた。個人のレベルでは素晴らしいで済むが、テロは個人の犯罪では無い。政治のメッセージである以上は政治的に解決するしか方法は無いのである。フランスは、イスラエル潰しの急先鋒だったとの情報がある(田中宇の国際ニュースからの受け売り。詳しくはネットで)。今年1月の雑誌社襲撃事件で明らかになったが、イスラム教徒を悪役に仕立てる作戦は見事に成功した。ISISはイスラム教スンニ派だが、実はイスラエルの手先なんじゃ無いかと私は疑っている。
これからフランスが対ISISの戦いでどのような役割を演じ、アメリカ=イスラエルとどう対決するか、そしてアサド政権の未来にどのような影響力を与えるのか、オランド大統領の行く末も含めてしっかり見て行きたいと思う。ロシアの進めるシリア解決策は、理屈ではなく現実を見据えた唯一の方法のように思えるが、アメリカが余計なことをしなければという条件が付く。日本のマスコミはアメリカべったりなので、朝のニュースショーを見ているだけでは本当の所がわからなくなっているが、オバマは上手くやっているようだ。なにはともあれ、日本の視聴者は情報の孤島に取り残されなければいいのだが。
このテーマは一回では書ききれないので、まだまだ続きます。
PS:今週はまとまらないまま終わってしまいました。来週はもう少し柔らかい話題をお届けします、乞うご期待。
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