明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

私の宗教観と日本人の宗教観

2016-08-07 23:30:13 | 科学・デジタル
普段はあまり意識して考えないが、日本人の宗教観とは一体どんなものだったろうか。私達は果たして宗教の支えなくして生きて行けるのか、を考えてみた。

1 日本人の宗教観
私は自分がいわゆる神の存在を信じていないということで「信じている宗教はありません」と考えていた。しかし子供の頃から親に連れられてご先祖の墓参りに行き、線香や花を供えて手を合わせていたのは「明らかに宗教的行為である」と言われればその通りである。だがお墓に詣でることが即宗教につながるかというと、現実には年中行事の一つでそれ以上のものではない。正月にお餅を食べ、コタツで年賀状の数を競い、箱根駅伝を見て七草粥を食べる。それと同じく神社でおみくじを引きお寺で無病息災を願うのも、格段の宗教心というよりは「行事のひとつ」である。

しかし考えてみれば西洋の子供が日曜日に教会に行き賛美歌を歌い、ハロウィーンやクリスマスにお菓子とかプレゼントを貰うことを我々が宗教心の発露と思わないのと同じように、墓参りも本当は宗教なのではないのじゃないだろうか。ただ漠然と明確に自覚していないだけで、躾や行儀や善悪の基本を含めて生活の全ての根本或いは常識といったものに一つの宗教が結び付いている、そんな「どっぷりと宗教=神に染まった」生活を、我々は送っているわけではない。我々が求めているのは御利益なのである。宝クジと同じようなものである。

だが時には(例えば親が亡くなった時)宗教的行事に主体的に関わることがある。亡くなった親を見送る時には、あの世で嫌な目に遭わないよう出来るだけ長い戒名をつけて貰い、立派な墓を建て、故人が寂しくないようにと盛大なお葬式をしてあげたいのが子供の務めであり人情というものである。せめて恥ずかしくないようにと願うのは誰しもの思いではないだろうか。葬式が済み埋葬が終わると、ようやく肩の荷が降りる気がする。これは単なる行事ではなく、間違いなく宗教的なものだ。友達の話を聞くとたいがいお墓のあるお寺の宗派を「家の宗教」としているようである。ちなみに私んとこは浄土宗で、母の実家は禅宗である。

母はよくこの禅宗の寺を葵の御紋がある格式が高いお寺だと自慢していて、父の入った寺は百姓の寺だと言っていたが、今はそんな事も一緒くたになり旧盆の墓参りに行く日が近くなってきた。三回忌と七回忌は済ませたが次回の十三回忌に行くのはしんどそうだと思ったりしている。だが一つ言えることは、「人は死んだらあの世に行く」ということを迷信だと言い切れないことである。なにしろ行ってみたことがないのだ。もし本当にあの世があって、話に出るように極楽と地獄があったらどうするのか?準備もせずにそんな事態に遭遇したら、後悔してももう遅いのではないのか。結局、通常の御利益だけではラチが開かないのが「死後の御利益」だということになる。平安時代の末法の世に大流行した往生要集とは、極楽へ行くための方法を書いた本である。これは「魂」の存在を信じるか信じないかの問題である。

2 源左の回心
阿満利麿著の本に「鳥取県青谷町山根の源左」という人のことが書いてある。江戸時代後半に浄土真宗の信心を得るまでの体験を語った男の話である。それを回心という。浄土宗・浄土真宗と言うのは、阿弥陀如来の慈悲に縋ってただその名号を唱える「他力本願」の宗教である。何をどうすれば救われるのか己と仏に問いかけて二十年ほどした或る日、いつものように草刈りに出かけて牛の背に干し草を乗せて歩いていた時、彼は牛が可哀想になって自分も1束担いだが流石に重くなって元通り牛に担がせたその時に彼は、「ストンと気付いた」のだと言う。何がどう気付いたのかは書いてないが、それまでの悩みが解けてそれ以来「全てを受け入れる」ことができるようになったという。阿満利麿は沢山本を出していて、中身も平易で分かりやすい私の好きな作家であるが、本を読めばわかるほど宗教は簡単ではない。

3 魂が「在るのか無いのか」は、私としては無いものとしたい。しかし万一魂があったとしたら、きちんと準備しておかないと大変なことになる。世の中は魂の存在を前提として動いているが、キリスト教やイスラム教やその他多くの宗教が「神と天国」をあの世に設定している。そしてこの世における善行が「天国へ行く切符」になると言う。究極の御利益である。もちろん賽銭を投げ入れればと言うような簡単なものではないが、因果応報の考えは世界どこに行っても当然の如く第一の理念である。そこへ行くと法然・親鸞の「全ての衆生を救い取る」阿弥陀如来の慈悲というのは、画期的な教えのように思われる。仏教は元は「修行をして、生病老死の煩悩から逃れる」ことを目的とした苦行の法から出発した。少数の「悩みを持った繊細な人々」のみが集まる団体だった。それが段々と大きくなって小乗から大乗となり、中国を経て日本に伝わった時には「体系的な宗教として」大きな宗団を作るほどになっていた。奈良の各宗派が巨大な寺を競って建てていた頃は国家鎮護の魔除けの秘法として、政治の中心を担っていたのである。

4 聖武天皇は仏教を信じていたが、桓武天皇はどうやら仏教よりは天帝を信じていたようである。しかし一般大衆は仏教の発展するに従い、魂の行く末も心配するようになった。農民から貴族まで、極楽往生をいかに行うかが一大関心事になったのである。もちろん漠然とではあるが、悪事を働かないで僅かばかりでも仏に寄進すればその「御利益として極楽往生出来る」と考えていたようである。魂にも御利益という効果が得られると信じて、観音信仰や地蔵信仰や阿弥陀如来・大日如来・釈迦如来や弥勒菩薩などにせっせと寄進していたのだ。現世の享楽を愉しんだらその分、「来世の御利益」をも忘れずにお願いしたのである。

5 ひたすら死後の行く末のみに問題が集約されているのなら、話は個人の問題である。自分の部屋で夜中にしんみり祈りを捧げれば事足りるはずではないか。お寺で葬式を出して何10万何百万とお墓に納めるまでにかけるのは、意味がないではないかと思う。しかし葬式は仏教に取ってなくてはならない収入源であるから、おいそれと無駄だとは言えないであろう。私は死後の魂の行き先を内々に想定しているのだが、何しろ自分一人で考えた理論でありまだ誰にも言ってないので(当ブログでは書いている)本当かどうか心許ない。何か「実証したい」のだが、今の所は方法を思い付かないので未解決の仮説でしかない。

6 現代の仏教が庶民の宗教心を育てる場となることを放棄してひたすら葬式に専念しているように見えるのは、魂の行く末に関して一般大衆が悩むと言う事が無くなったことと無関係ではないように思う。最近は外国の影響もあってか、死後は日本人も天国に行くと思われてるようである。死ぬ間際になるまで考えないようにしている人は別として、私のように66にもなると他人事ではなく日々誰それが死んだとニュースで教えてくれて身につまされる。彼らの魂も、等しくあの世に行くのであろうか。法然の教えの如く「如来の慈悲に全てをお任せする」ことが出来れば、晴れ晴れとして己の人生を全う出来るのだが。これが阿満利麿の言う「源左の回心」なんだろうな、と思えばまだまだ悩みは続くという事になる。

空海のように岬のてっぺんで太陽が体に入ってくるのを感じたなんて事でもない限り、悟りを得る事はないのだろうか。う〜ん、わからん。本屋へ行って、阿満利麿の「法然入門」を買ってこようっと。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿