アルビン・トフラーの20世紀における三部作、「未来の衝撃」・「第三の波」、そして
「パワーシフト」は、著者が整理立てて解説していますので、そのまま引用します。
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1990年11月発刊 『パワーシフト』まえがき
驚くべき変化が我々を21世紀へと駆りたてている。『パワーシフト』は、二十五年にわたって、その変化の意味を捉えようとした努力の集大成である。『未来の衝撃』に始まり『第三の波』へとひきつがれ、そしてここに完成した三部作の最終作である。
この三冊はいずれも独立した作品としても読めるのであるが、これをまとめると、知的に一貫した読みものとなる。全体の中心テーマは、社会がまったく新しい予想もしなかった姿に急に変容するときに、人々に起こる変化である。
『パワーシフト』では、これまでの分析をさらに推し進め、産業社会のパワー・システムにとって代わった新しいパワー・システムの出現に焦点を合せている。加速化する今日の変化を表現するのに、マスコミはまったく関連のない情報をうるさく我々に浴びせかけている。専門家は極めて専門的な研究論文の山に我々を埋めようとする。人気のある予測家たちも関連のないトレンドをいくつか示してはくれるが、相互関係とか、そのトレンドに逆行する諸勢力のモデルはみせてはくれない。そのため変化そのものが、無秩序で、時としては異常としかみえなくなる。
しかし、今日の変化は、我々がよく思いがちなように無秩序でもなければ、でたらめでもない。この三部作はそのことを前提としている。そして、ヘッドラインの裏には、単に明確なパターンだけでなく、そのパターンを形成する同一の力があるのだと私は考えている。こうしたパターンや力を理解してしまえば、それを個々にでたらめに扱うのではなく、計画的に扱うことが可能となる。
しかし、今日の大きな変化の意味を理解し、計画的に考えるには、断片的な情報やトレンドのリストだけでは足りない。異なったいくつもの変化が相互にどう関連しているかを知る必要がある。そこで『パワーシフト』では、前二著と同じく、明確な全体像を総合的に捉えようとした。つまり、地球上に現在広がりつつある新しい文明を網羅するイメージを求めたのである。
次に本書は、明日の発火点、つまり新しい文明が古い既成勢力と衝突する際に我々の当面する対立点をとりあげている。『パワーシフト』は、これまでにみられた企業買収や構造改革は、今後に生ずる、より大規模でまったく新しいビジネス戦争を告げる最初の発射音にすぎないとみている。さらに重要なことは、東ヨーロッパやソ連における最近の激変も、今後に生ずるグローバルな権力闘争に比べると、ほんの小競合いにすぎないとみている。また米欧日間の競争もまだピークには達していない。つまり『パワーシフト』は、産業文明が世界的支配力を失い、新しい勢力が興って地球を支配する際に、なお我々が直面する権力闘争の高まりについて述べたものである。私にとって『パワーシフト』は、魅惑的な旅の終わりに辿りついたひとつの頂点である。
(中略)
この三冊は、1950年代の半ばから2025年にいたる約75年間という、人間にすれば、ひとつの生涯にわたる期間をとりあげたものである。この期間は、数世紀にわたって地球を支配した煙突型文明が、世界を揺るがすような権力闘争の期間につづいて、従来とはまったく異なった文明にとって代わられるという、いわば歴史の接点ということができよう。
しかし、この三冊は、同じ時代を対象としながらも、現実の表面下を探るのに、それぞれ違ったレンズを用いている。したがって、読者のためにここで、その違いをはっきりさせておきたい。
『未来の衝撃』は変化のプロセス
-人々や組織に与える変化の影響―をとりあげた。
『第三の波』は変化の方向
-今日の変化によって我々はどこへつれてゆかれるのか-に焦点を合せた。
『パワーシフト』では今後起こる変化のコントロール
-誰がどうやって変化を形成するか-を扱っている。
『未来の衝撃』を我々は、余りに多くの変化に、余りに短期間に対応しようとしたために生じた方向感覚喪失とストレスだとしたが、この本では、歴史が加速化すると、実際の変化の方向とは関係なく自らの結果を招くことになると論じた。出来事とその反応時間が加速化するだけで、その変化が良くても悪くても、それなりの効果を生ずる。
また、この本では、個人なり組織、または国家でも、余りに多くの変化を、余りに短期間にうけると、方向感覚を失い、知的に適応した決定を行う能力が損なわれると論じた。つまり彼ら自らが未来の衝撃をうけるのである。
当時の一般世論とは逆に、『未来の衝撃』は、核家族はやがて崩壊するであろうと述べた。また遺伝子革命、使い捨て社会、それに今やっと始まった教育革命などを予言した。この本は最初1970年にアメリカで出版され、その後世界各国でも出版されたが、人々の琴線に触れ、思いがけなく世界的ベストセラーとなり、批評のあらしを呼んだ。科学情報研究所によると、本書は社会科学分野で引用頻度の最も高い本のひとつとなった。『未来の衝撃』という言葉も日常語となり、多くの辞書にとりあげられ、今でも新聞雑誌の見出しに頻繁に登場する。
『第三の波』は1980年に出版されたが、前著とはその焦点が違っている。技術、社会における最近の革命的変化について、それを歴史的に概観し、その変化のもたらす未来の姿を描いたものである。
この本では、1万年前の農業革命を人間の歴史における変革の「第一の波」、産業革命を「第二の波」として捉え、1950年代半ばに始まった大きな技術的社会的変化を、煙突型文明のあとにつづく新しい文明の始まりである大きな「第三の波」であるとした。
なかでも本書は、コンピュータ、エレクトロニクス、情報、バイオテクノロジーなどに基づく未来の新しい産業を、経済の「新しい展望台」と名づけて、それをとりあげたものである。ここではフレキシブルな製造、特定分野の市場、パートタイム作業の拡大、メディアの非大衆化などの傾向を予想した。生産者(プロデューサー)と消費者(コンシューマー)に新しい融合がみられるため、「プロシューマー」という表現を導入した。また一部の仕事が今後は再び家庭で行われることや、政治や民族国家におけるその他の変化を論じた。『第三の波』は国によっては発禁となったが、他の国ではベストセラーとなり、しばらくは中国の改革派知識人の間で「バイブル」とされた。最初は西洋の「精神的公害」を撒き散らすものだとして非難されたが、のちに解禁されて莫大な部数が出版され、この人口世界一の国において、ベストセラーとなった。当時の趙紫陽首相は、本書に関する会議を開いて、政策立案者たちに本書の研究を薦めた。
ポーランドでは合法的に縮訳版が出版されたが、学生や連帯支持者たちが削除に怒ってアングラ版を出版し、カットされた部分を載せたパンフレットを配付したりした。『未来の衝撃』と同じく『第三の波』も読者の間に多くの反応を引き起こし、その結果、新製品が生まれ、会社が設立され、シンフォニーが作られ、彫刻さえ登場した。
『未来の衝撃』から20年、『第三の波』から10年経った今日、ついに『パワーシフト』が生まれた。本書は前著の終わった所から出発し、パワーに対する知識の関係が大きく変化した点を取り上げた。社会的パワーに関する新しいパワーを示し、ビジネス、経済、政治、世界問題における来るべきシフトを探っている。
未来は正確な予想という意味では知ることはできない。そのことはつけ加えて言う必要もない。人生というものは超現実的な驚異に満ちている。見たところ最も確実なモデルやデータと思われるものも、とくにそれが人間のことに関するときは、主観的な仮定に基づくことがよくある。さらに、この三部作のテーマである加速的変化によって、書かれた内容は古くなる危険がある。統計数字は変わり、新しい技術は古い技術を追い出す。政治的指導者には盛衰がある。しかし、明日という未知の世界に進むとき、まったく地図なしで進むよりは、たとえ不完全で修正や訂正を要するものであっても、おおまかな地図はあった方がよい。
三部作のそれぞれは、お互いに違ってはいるがお互いに矛盾することのないモデルに基づいており、どの本も多くの異なる分野、多くの異なる国の文献、調査、報道を参考にしている。
(中略)
こうした経験は、世界各地からの資料を徹底的に読み分析した結果を補足すると同時に、そのために『パワーシフト』執筆準備期間は、我々の人生の中でも忘れがたいものとなった。『未来の衝撃』や『第三の波』の読者からは、有益で楽しく読めておもしろいという評を頂いたが、『パワーシフト』も同様であることを願っている。四分の一世紀前に始まった広範な分析総合の仕事をここで、一応、終わることにする。
アルビン・トフラー
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「パワーシフト」は、著者が整理立てて解説していますので、そのまま引用します。
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1990年11月発刊 『パワーシフト』まえがき
驚くべき変化が我々を21世紀へと駆りたてている。『パワーシフト』は、二十五年にわたって、その変化の意味を捉えようとした努力の集大成である。『未来の衝撃』に始まり『第三の波』へとひきつがれ、そしてここに完成した三部作の最終作である。
この三冊はいずれも独立した作品としても読めるのであるが、これをまとめると、知的に一貫した読みものとなる。全体の中心テーマは、社会がまったく新しい予想もしなかった姿に急に変容するときに、人々に起こる変化である。
『パワーシフト』では、これまでの分析をさらに推し進め、産業社会のパワー・システムにとって代わった新しいパワー・システムの出現に焦点を合せている。加速化する今日の変化を表現するのに、マスコミはまったく関連のない情報をうるさく我々に浴びせかけている。専門家は極めて専門的な研究論文の山に我々を埋めようとする。人気のある予測家たちも関連のないトレンドをいくつか示してはくれるが、相互関係とか、そのトレンドに逆行する諸勢力のモデルはみせてはくれない。そのため変化そのものが、無秩序で、時としては異常としかみえなくなる。
しかし、今日の変化は、我々がよく思いがちなように無秩序でもなければ、でたらめでもない。この三部作はそのことを前提としている。そして、ヘッドラインの裏には、単に明確なパターンだけでなく、そのパターンを形成する同一の力があるのだと私は考えている。こうしたパターンや力を理解してしまえば、それを個々にでたらめに扱うのではなく、計画的に扱うことが可能となる。
しかし、今日の大きな変化の意味を理解し、計画的に考えるには、断片的な情報やトレンドのリストだけでは足りない。異なったいくつもの変化が相互にどう関連しているかを知る必要がある。そこで『パワーシフト』では、前二著と同じく、明確な全体像を総合的に捉えようとした。つまり、地球上に現在広がりつつある新しい文明を網羅するイメージを求めたのである。
次に本書は、明日の発火点、つまり新しい文明が古い既成勢力と衝突する際に我々の当面する対立点をとりあげている。『パワーシフト』は、これまでにみられた企業買収や構造改革は、今後に生ずる、より大規模でまったく新しいビジネス戦争を告げる最初の発射音にすぎないとみている。さらに重要なことは、東ヨーロッパやソ連における最近の激変も、今後に生ずるグローバルな権力闘争に比べると、ほんの小競合いにすぎないとみている。また米欧日間の競争もまだピークには達していない。つまり『パワーシフト』は、産業文明が世界的支配力を失い、新しい勢力が興って地球を支配する際に、なお我々が直面する権力闘争の高まりについて述べたものである。私にとって『パワーシフト』は、魅惑的な旅の終わりに辿りついたひとつの頂点である。
(中略)
この三冊は、1950年代の半ばから2025年にいたる約75年間という、人間にすれば、ひとつの生涯にわたる期間をとりあげたものである。この期間は、数世紀にわたって地球を支配した煙突型文明が、世界を揺るがすような権力闘争の期間につづいて、従来とはまったく異なった文明にとって代わられるという、いわば歴史の接点ということができよう。
しかし、この三冊は、同じ時代を対象としながらも、現実の表面下を探るのに、それぞれ違ったレンズを用いている。したがって、読者のためにここで、その違いをはっきりさせておきたい。
『未来の衝撃』は変化のプロセス
-人々や組織に与える変化の影響―をとりあげた。
『第三の波』は変化の方向
-今日の変化によって我々はどこへつれてゆかれるのか-に焦点を合せた。
『パワーシフト』では今後起こる変化のコントロール
-誰がどうやって変化を形成するか-を扱っている。
『未来の衝撃』を我々は、余りに多くの変化に、余りに短期間に対応しようとしたために生じた方向感覚喪失とストレスだとしたが、この本では、歴史が加速化すると、実際の変化の方向とは関係なく自らの結果を招くことになると論じた。出来事とその反応時間が加速化するだけで、その変化が良くても悪くても、それなりの効果を生ずる。
また、この本では、個人なり組織、または国家でも、余りに多くの変化を、余りに短期間にうけると、方向感覚を失い、知的に適応した決定を行う能力が損なわれると論じた。つまり彼ら自らが未来の衝撃をうけるのである。
当時の一般世論とは逆に、『未来の衝撃』は、核家族はやがて崩壊するであろうと述べた。また遺伝子革命、使い捨て社会、それに今やっと始まった教育革命などを予言した。この本は最初1970年にアメリカで出版され、その後世界各国でも出版されたが、人々の琴線に触れ、思いがけなく世界的ベストセラーとなり、批評のあらしを呼んだ。科学情報研究所によると、本書は社会科学分野で引用頻度の最も高い本のひとつとなった。『未来の衝撃』という言葉も日常語となり、多くの辞書にとりあげられ、今でも新聞雑誌の見出しに頻繁に登場する。
『第三の波』は1980年に出版されたが、前著とはその焦点が違っている。技術、社会における最近の革命的変化について、それを歴史的に概観し、その変化のもたらす未来の姿を描いたものである。
この本では、1万年前の農業革命を人間の歴史における変革の「第一の波」、産業革命を「第二の波」として捉え、1950年代半ばに始まった大きな技術的社会的変化を、煙突型文明のあとにつづく新しい文明の始まりである大きな「第三の波」であるとした。
なかでも本書は、コンピュータ、エレクトロニクス、情報、バイオテクノロジーなどに基づく未来の新しい産業を、経済の「新しい展望台」と名づけて、それをとりあげたものである。ここではフレキシブルな製造、特定分野の市場、パートタイム作業の拡大、メディアの非大衆化などの傾向を予想した。生産者(プロデューサー)と消費者(コンシューマー)に新しい融合がみられるため、「プロシューマー」という表現を導入した。また一部の仕事が今後は再び家庭で行われることや、政治や民族国家におけるその他の変化を論じた。『第三の波』は国によっては発禁となったが、他の国ではベストセラーとなり、しばらくは中国の改革派知識人の間で「バイブル」とされた。最初は西洋の「精神的公害」を撒き散らすものだとして非難されたが、のちに解禁されて莫大な部数が出版され、この人口世界一の国において、ベストセラーとなった。当時の趙紫陽首相は、本書に関する会議を開いて、政策立案者たちに本書の研究を薦めた。
ポーランドでは合法的に縮訳版が出版されたが、学生や連帯支持者たちが削除に怒ってアングラ版を出版し、カットされた部分を載せたパンフレットを配付したりした。『未来の衝撃』と同じく『第三の波』も読者の間に多くの反応を引き起こし、その結果、新製品が生まれ、会社が設立され、シンフォニーが作られ、彫刻さえ登場した。
『未来の衝撃』から20年、『第三の波』から10年経った今日、ついに『パワーシフト』が生まれた。本書は前著の終わった所から出発し、パワーに対する知識の関係が大きく変化した点を取り上げた。社会的パワーに関する新しいパワーを示し、ビジネス、経済、政治、世界問題における来るべきシフトを探っている。
未来は正確な予想という意味では知ることはできない。そのことはつけ加えて言う必要もない。人生というものは超現実的な驚異に満ちている。見たところ最も確実なモデルやデータと思われるものも、とくにそれが人間のことに関するときは、主観的な仮定に基づくことがよくある。さらに、この三部作のテーマである加速的変化によって、書かれた内容は古くなる危険がある。統計数字は変わり、新しい技術は古い技術を追い出す。政治的指導者には盛衰がある。しかし、明日という未知の世界に進むとき、まったく地図なしで進むよりは、たとえ不完全で修正や訂正を要するものであっても、おおまかな地図はあった方がよい。
三部作のそれぞれは、お互いに違ってはいるがお互いに矛盾することのないモデルに基づいており、どの本も多くの異なる分野、多くの異なる国の文献、調査、報道を参考にしている。
(中略)
こうした経験は、世界各地からの資料を徹底的に読み分析した結果を補足すると同時に、そのために『パワーシフト』執筆準備期間は、我々の人生の中でも忘れがたいものとなった。『未来の衝撃』や『第三の波』の読者からは、有益で楽しく読めておもしろいという評を頂いたが、『パワーシフト』も同様であることを願っている。四分の一世紀前に始まった広範な分析総合の仕事をここで、一応、終わることにする。
アルビン・トフラー
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