「1つの家族で1つの住宅」は本当に必要なのか
社会全体がごくごく当たり前のように信じている「一住宅=一家族」という、そもそもの前提を疑うことだ。
都市で働いて、家に帰ってきたら家族と食事をして寝るための住宅という常識。庭付き一軒家というアメリカンドリームは、今でも有効なのだろうか。少子高齢化が進み、ジェンダーによる家族の在り方が多様化し、インターネットの発展によって色んな働き方ができる現代のライフスタイルにとって、このような住宅の在り方は不自由で、窮屈なものとなってしまった。だから「脱住宅」なのだ。
では具体的に、凝り固まった「一住宅=一家族」という価値観をどうやったら解体できるのだろうか。特に集まって住むことが目的とされる「集合住宅」において、彼らの提案は強度を発揮する。それは「地域社会圏」という「小さな経済」を住宅の中で起こすことで、家族以外の他者を住宅に招き入れるということである。それは、住宅の中心的テーマのひとつである「プライバシー」の問題にも関わってくる。公的な空間と私的な空間の境界をきっぱり引かず、私的な空間の中に「閾(しきい)」という公的な空間を含むことを提唱する。さらには、玄関扉をガラスにすることで透明性を上げた、明るい空間が提案されている。
徹底したプライバシーが行き着く先は、孤立した個人のための快適な箱でしかない。そこから脱却するには、住宅という場所から発生するコミュニティの成立が鍵となる。
自らのライフスタイルと向き合い、そのために最適な空間を模索するためのスタートラインが「一住宅=一家族」という固定観念から自由になることだ。この本は、そんな常識の地殻変動を起こすための希望の書である。