羅保派

信頼を取り戻す

兵庫県加古川市別府 あかがね御殿 羅保派

2024年08月21日 | Weblog
In 1885, founder Kumejiro Taki succeeded in developing the first chemical fertilizer in Japan. He foresaw chemical fertilizer as a key to the country's agricultural progress, and succeeded in developing man-made fertilizer. 
In 1890, Taki Chemical Co., Ltd. began producing superphosphate from bone meal. This marked an important development in the company's history and in the field of fertilizer production. Superphosphate is a chemical fertilizer that was first synthesized in the 1840s by treating bones with sulfuric acid.

兵庫県加古川市別府町(べふ)にある「多木浜洋館」は国の登録有形文化財である。加古川市に本社を構える「多木化学」の創業者多木久米次郎が迎賓館として、15年もの歳月をかけて建築したものである。屋根だけでなく、外壁全面が銅板貼りで。「あかがね御殿」と呼ばれ、銅板が緑青をふいた現在もそう呼ばれている。




















別府出身の多木久米次郎は農業発展には必ず人工肥料が必要になるとの予見から、日本初の人工肥料の開発に成功し、「多木製肥所」を創業。1898年(明治31年)から過リン酸石灰の製造を手掛け、事業を発展させた。事業拡大に伴い、製品である肥料運搬を目的に、山陽本線と連絡する別府軽便鉄道(後の別府鉄道)を発足させる。







「神代鍬(じんだいぐわ)」は多木化学の社章である。多木商事の曳船「神鍬丸」が停泊している。船体には「神代鍬」のマークがある。 


内部の装飾も迎賓館らしく見事である。建物の西隣に建つ大きな石碑には、「肥料主」の文字が刻まれている。多木久米次郎は我が世の春を謳歌したことであろう。茶室や、寺院などで見かける「折り上げ格天井(おりあげごうてんじょう)」の部屋もある。
 



細やかな細工 その中に神代鍬もある。




世界遺産富岡製糸場、岡山の倉敷紡績跡と同様に日本の産業遺産であるが、この会社はまだ稼働中である。


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