Q176 「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争っていること。」(賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号)にいう「合理的な理由」があるといえるためには,どの程度の理由があることが必要なのですか?
賃金(退職手当を除く。)の支払を怠った場合,退職後の期間の遅延利息は年14.6%という高い利率になる可能性があります(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同施行令1条)が,「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争っていること。」(賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号)などの厚生労働省令で定める事由に該当する場合には,その事由の存する期間については上記規定の適用はありません(賃金の支払の確保等に関する法律6条2項)。
では,「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争っていること。」(賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号)にいう「合理的な理由」があるといえるためには,どの程度の理由があることが必要なのでしょうか。
退職後の労働者から支払が遅滞していると主張されている賃金の存否を争うことに,厳密な意味での「合理的な理由」があるような場合は,そもそも未払賃金元本自体が存在しないと認定されるケースが多いと考えられますから,未払賃金の遅延利息の利率に関する定めである賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同施行令1条や,その適用除外を定めた賃金の支払の確保等に関する法律6条2項・賃確法施行規則6条の適用は問題となりません。
とすると,賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同施行令1条が適用され,賃金の遅延利息の利率が年14.6%となる可能性があり,そのその適用除外を定めた賃金の支払の確保等に関する法律6条2項・賃確法施行規則6条適用の可否が問題となるのは,結果として,厳密な意味での「合理的な理由」がなかった場面ということになります。
厳密な意味での「合理的な理由」がない場面において,賃確法施行規則6条4号の「合理的な理由」を限定的に考えなければならないとすると,賃確法施行規則6条4号は適用場面がなくなり,死文化してしまいます。
賃確法施行規則6条4号に存在意義を認めるのであれば,「合理的な理由」は限定的に考えるべきではなく,一応の合理的な理由,明らかに不合理とまではいえない理由があれば足りると考えるべきことになるのではないでしょうか。
私が使用者側代理人を務めた東京地方裁判所民事第19部平成22年(ワ)第41466号賃金請求事件において,平成23年9月9日に言い渡された判決(伊良原恵吾裁判官,平成23年9月27日判決確定)では,賃確法施行規則6条4号にいう「合理的な理由」の存在について以下のとおり緩やかに判断されており,当該事案における未払割増賃金に対する遅延損害金の利率も,商事法定利率(年6分)によるべきものとされています。
そもそも賃確法6条1項の趣旨は,退職労働者に対して支払うべき賃金(退職手当を除く。)を支払わない事業主に対して,高率の遅延利息の支払義務を課すことにより,民事的な側面から賃金の確保を促進し,かつ,事前に賃金未払が生ずることを防止しようとする点にあるが,ただ,それは,あくまで金銭を目的とする債務の不履行に係る損害賠償について規定した民法419条1項本文の利率(民法404条又は商法514条に規定する年5分又は年6分である。)に関する特則を定めたものにとどまる。
以上によると上記(1)の賃確法6条2項,同法施行規則6条は,遅延利息の利率に関する例外的規定である同法6条1項の適用を外し,実質的に原則的利率(民法404条又は商法514条)へ戻すための要件を定めたものであると解することができ,そうだとすると賃確法施行規則6条所定の各除外事由の内容を限定的に解しなければならない理由はなく,むしろ上記原則的利率との間に大きな隔たりがあること及び賃確法施行規則6条5号が除外事由の一つとして「その他前各号に掲げる事由に準ずる事由」を定め,その適用範囲を拡げていることにかんがみると,同条所定の除外事由については,これを柔軟かつ緩やかに解するのが同法6条2項及び同施行規則6条の趣旨に適うものというべきである。
このように考えるならば,賃確法6条2項,同法施行規則6条4号にいう「合理的な理由」には,裁判所又は労働委員会において,事業主が,確実かつ合理的な根拠資料が存する場合だけでなく,必ずしも合理的な理由がないとはいえない理由に基づき賃金の全部又は一部の存否を争っている場合も含まれているものと解するのが相当である。
弁護士 藤田 進太郎
賃金(退職手当を除く。)の支払を怠った場合,退職後の期間の遅延利息は年14.6%という高い利率になる可能性があります(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同施行令1条)が,「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争っていること。」(賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号)などの厚生労働省令で定める事由に該当する場合には,その事由の存する期間については上記規定の適用はありません(賃金の支払の確保等に関する法律6条2項)。
では,「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争っていること。」(賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号)にいう「合理的な理由」があるといえるためには,どの程度の理由があることが必要なのでしょうか。
退職後の労働者から支払が遅滞していると主張されている賃金の存否を争うことに,厳密な意味での「合理的な理由」があるような場合は,そもそも未払賃金元本自体が存在しないと認定されるケースが多いと考えられますから,未払賃金の遅延利息の利率に関する定めである賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同施行令1条や,その適用除外を定めた賃金の支払の確保等に関する法律6条2項・賃確法施行規則6条の適用は問題となりません。
とすると,賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同施行令1条が適用され,賃金の遅延利息の利率が年14.6%となる可能性があり,そのその適用除外を定めた賃金の支払の確保等に関する法律6条2項・賃確法施行規則6条適用の可否が問題となるのは,結果として,厳密な意味での「合理的な理由」がなかった場面ということになります。
厳密な意味での「合理的な理由」がない場面において,賃確法施行規則6条4号の「合理的な理由」を限定的に考えなければならないとすると,賃確法施行規則6条4号は適用場面がなくなり,死文化してしまいます。
賃確法施行規則6条4号に存在意義を認めるのであれば,「合理的な理由」は限定的に考えるべきではなく,一応の合理的な理由,明らかに不合理とまではいえない理由があれば足りると考えるべきことになるのではないでしょうか。
私が使用者側代理人を務めた東京地方裁判所民事第19部平成22年(ワ)第41466号賃金請求事件において,平成23年9月9日に言い渡された判決(伊良原恵吾裁判官,平成23年9月27日判決確定)では,賃確法施行規則6条4号にいう「合理的な理由」の存在について以下のとおり緩やかに判断されており,当該事案における未払割増賃金に対する遅延損害金の利率も,商事法定利率(年6分)によるべきものとされています。
そもそも賃確法6条1項の趣旨は,退職労働者に対して支払うべき賃金(退職手当を除く。)を支払わない事業主に対して,高率の遅延利息の支払義務を課すことにより,民事的な側面から賃金の確保を促進し,かつ,事前に賃金未払が生ずることを防止しようとする点にあるが,ただ,それは,あくまで金銭を目的とする債務の不履行に係る損害賠償について規定した民法419条1項本文の利率(民法404条又は商法514条に規定する年5分又は年6分である。)に関する特則を定めたものにとどまる。
以上によると上記(1)の賃確法6条2項,同法施行規則6条は,遅延利息の利率に関する例外的規定である同法6条1項の適用を外し,実質的に原則的利率(民法404条又は商法514条)へ戻すための要件を定めたものであると解することができ,そうだとすると賃確法施行規則6条所定の各除外事由の内容を限定的に解しなければならない理由はなく,むしろ上記原則的利率との間に大きな隔たりがあること及び賃確法施行規則6条5号が除外事由の一つとして「その他前各号に掲げる事由に準ずる事由」を定め,その適用範囲を拡げていることにかんがみると,同条所定の除外事由については,これを柔軟かつ緩やかに解するのが同法6条2項及び同施行規則6条の趣旨に適うものというべきである。
このように考えるならば,賃確法6条2項,同法施行規則6条4号にいう「合理的な理由」には,裁判所又は労働委員会において,事業主が,確実かつ合理的な根拠資料が存する場合だけでなく,必ずしも合理的な理由がないとはいえない理由に基づき賃金の全部又は一部の存否を争っている場合も含まれているものと解するのが相当である。
弁護士 藤田 進太郎