弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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社外の合同労組に加入して団体交渉を求めてきたり,会社オフィスの前でビラ配りしたりする。

2012-01-05 | 日記
Q23 社外の合同労組に加入して団体交渉を求めてきたり,会社オフィスの前でビラ配りしたりする。

 社内の過半数組合との間でユニオン・ショップ協定(雇われた以上は特定の組合に加入せねばならず,加入しないときは使用者においてこれを解雇するという協定)が締結されている会社の場合,ユニオン・ショップ協定を理由に,社内の労働組合を脱退して社外の合同労組に加入した社員を解雇することができないか検討したくなるかもしれませんが,「ユニオン・ショップ協定のうち,締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが,他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は,右の観点からして,民法90条の規定により,これを無効と解すべきである(憲法28条参照)。」とするのが最高裁判例(三井倉庫港運事件最高裁第一小法廷平成元年12月14日判決)ですので,ユニオン・ショップ協定を理由に,当該社員を解雇することはできません。

 社外の合同労組からの団体交渉申入れであっても,原則として応じる必要があります。
 社内組合が唯一の交渉団体である旨の規定(唯一交渉団体条項)のある労働協約が締結されていたとしても,団体交渉拒否の正当な理由とはならず,団交拒否は不当労働行為となります。

 会社オフィス付近での街宣活動が正当な組合活動と評価される場合には,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等をすることはできません。
 他方,正当な組合活動を逸脱するようなものについては,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等が認められる余地があります。

 施設管理権との関係では,労働組合またはその組合員が,使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは,原則として使用者の施設管理権を不当に侵害するものであり,正当な組合活動とはいえません。
 他方,会社敷地内での組合活動であっても,一般人が自由に立ち入ることができる格別会社の職場秩序が乱されるおそれのない場所での組合活動は,使用者の施設管理権を不当に侵害するものとはいえないと評価されることになります。
 会社オフィス前でのビラ配りは,使用者の施設管理権を不当に侵害するとはいえないのが通常です。

 組合活動としてなされる文書活動であっても,虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して,会社の利益を不当に侵害したり,名誉,信用を毀損,失墜させたり,あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には,組合活動として正当性の範囲を逸脱すると評価することができ,懲戒処分,損害賠償請求等の対象となります。
 したがって,ビラ配りがなされた場合は,ビラの内容をチェックし,対応を検討すべきこととなります。

弁護士 藤田 進太郎

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トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

2012-01-05 | 日記
Q22 トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

 高年齢者雇用安定法9条1項は,65再未満の定年の定めをしている事業主に対し,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,
① 定年の引上げ
② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
③ 定年の定めの廃止
のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じなければならないとしています。
 そして同条第2項において,過半数組合又は過半数代表者との間の書面による協定により,②継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることができる旨規定されています。
※ 平成22年4月1日から平成25年3月31日までは,上記「65歳」を「64歳」と読み替えることになるため(附則4条1項),雇用確保措置が義務付けられているのは64歳までですが,65歳までの雇用確保について「努力」義務が課せられています(附則4条2項)。

 平成22(2010)年において,雇用確保措置を導入している企業の割合は,全企業の96.6%であり,
① 定年の引上げの措置を講じた企業の割合 → 13.9%
② 継続雇用制度を導入した企業の割合    → 89.9%
③ 定年の定めを廃止した企業の割合      → 2.8%
ですから,トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくることに対する対策としては,通常は,②継続雇用制度を採用した上で,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」を定めるか,再雇用自体は認めた上で,担当業務内容,賃金額等の労働条件により不都合が生じないようにすることが考えられます。

 まずは,継続雇用の基準についてですが,継続雇用の基準は具体的で客観的なものである必要があり,トラブルが多い社員は継続雇用の対象とはならないといった抽象的な基準を定めたのでは,公共職業安定所において,必要な報告徴収が行われるとともに,助言・指導,勧告の対象となる可能性があります。
 健康状態,出勤率,懲戒処分歴の有無,勤務成績等の客観的基準を定めるべきでしょう。
 実際の継続雇用制度の基準の内容としては,以下のようなものが多くなっています。
① 健康上支障がないこと(91.1%)
② 働く意思・意欲があること(90.2%)
③ 出勤率,勤務態度(66.5%)
④ 会社が提示する職務内容に合意できること(53.2%)
⑤ 一定の業績評価(50.4%)

 常時10人以上の労働者を使用する使用者が,継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には,就業規則の絶対的必要記載事項である「退職に関する事項」に該当することとなるため,労働基準法第89条に定めるところにより,労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め,就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
 高年齢者雇用安定法9条には私法的効力がない(民事訴訟で継続雇用を請求する根拠にならない)と一般に考えられていますが,就業規則に継続雇用の条件が定められていればそれが労働契約の内容となり,私法上の効力が生じることになります。
 したがって,就業規則に規定された継続雇用の条件が満たされている場合は,高年齢者は,就業規則に基づき,継続雇用を請求できることになります。

 就業規則に定められた継続雇用の要件を満たしている定年退職者の継続雇用を拒否した場合,会社は損害賠償義務を負うことになります。
 裁判例の中には,解雇権濫用法理の類推などにより,労働契約の成立自体が認められるとするものもあります。

 高年齢者雇用確保措置が義務付けられた主な趣旨が年金支給開始年齢引き上げに合わせた雇用対策であることからすれば,原則どおり,希望者全員を継続雇用するという選択肢もあり得ます。
 統計上も,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準制度により離職した者が定年到達者全体に占める割合は,わずか2.0%に過ぎません。
 トラブルが多い点については,トラブルが生じにくい業務を担当させる(接客やチームワークが必要な仕事から外す等。)ことや,賃金の額を低く抑えること等により対処することも考えられます。

 高年齢者雇用安定法上,再雇用後の賃金等の労働条件については特別の定めがなく,年金支給開始年齢の65歳への引上げに伴う安定した雇用機会の確保という同法の目的,最低賃金法等の強行法規,公序良俗に反しない限り,就業規則,個別労働契約等において自由に定めることができます。
 もっとも,就業規則で再雇用後の賃金等の労働条件を定めて周知させている場合,それが労働条件となりますから,再雇用後の労働条件を,就業規則に定められている労働条件に満たないものにすることはできません。
 また,高年齢者雇用確保措置の主な趣旨が,年金支給開始年齢引上げに合わせた雇用対策,年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保である以上,継続雇用後の賃金額に在職老齢年金,高年齢者雇用継続給付等の公的給付を加算した手取額の合計額が,従来であれば高年齢者がもらえたはずの年金額と同額以上になるように配慮すべきだと思います。

 高年齢者雇用安定法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく,事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず,結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても,改正高年齢者雇用安定法違反となるものではありません(ただし,平成25年3月31日までは,その雇用する高年齢者等が定年,継続雇用制度終了による退職等により離職する場合であって,当該高年齢者等が再就職を希望するときは,事業主は,再就職援助の措置を講ずるよう努めることとされているため,当該高年齢者等が再就職を希望するときは,事業主は,求人の開拓など再就職の援助を行う必要があります。)。
 したがって,トラブルの多い社員との間で,再雇用後の労働条件について折り合いがつかず,結果として再雇用に至らなかったとしても,それが直ちに問題となるわけではありません。

 なお,組合員差別により再雇用の期待を侵害したと認定された事案において,代表取締役個人が会社法429条1項の責任を負うとされた裁判例が存在しますので,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

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管理職なのに割増賃金の請求をしてくる。

2012-01-05 | 日記
Q21 管理職なのに割増賃金の請求をしてくる。

 管理職であっても,労基法上の労働者である以上,割増賃金の請求ができるのが原則です。
 「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者,労基法41条2号)に該当する場合に,例外的に,時間外・休日割増賃金の支払の必要がなくなるということになります。
 割増賃金の支払は労基法37条で義務付けられていますが,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める部分についてのみ無効となり,無効となった部分は労基法で定める労働基準となりいます(労基法13条)。
 したがって,賃金規定等で,管理職には時間外・休日勤務手当を支給しない旨規定して周知させていたり,本人から同意書を取っていたりしても,管理監督者に該当しない場合は,労基法37条に基づき,割増賃金の請求が認められることになります。

 管理監督者は,一般に,「労働条件の決定その他労務管理について,経営者と一体的な立場にある者」をいうとされ,管理監督者であるかどうかは,
① 職務の内容,権限及び責任の程度
② 実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度
③ 待遇の内容,程度
等の要素を総合的に考慮して,判断されることになります。
 裁判所の考えている管理監督者の要件を充足するのは,本社の幹部社員など,ごく一部と考えられます。
 管理監督者としていた社員から労基法37条に基づく割増賃金の請求を受けるリスクを負いたくない場合は,管理監督者とする管理職の範囲を狭く捉えて上級管理職に限定し,その他の管理職には割増賃金を満額支給する扱いにしておいた方が無難です。

 管理職になった途端残業代が支給されなくなり,管理職になる前よりも給料の手取額が減るということがないようにして下さい。
 残業代対策のために管理職に就けるという発想はリスクが高いですから,やめて下さい。

 管理監督者であっても,深夜割増賃金(25%部分のみ)の支払は必要です。
 管理監督者に該当する労働者の所定賃金が,労働協約,就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合には,その額の限度では当該労働者が深夜割増賃金の支払を受けることを認める必要はありません。
 役職手当等に深夜割増賃金が含まれていると規定していたとしても,深夜割増賃金としての性質を有する部分とそれ以外の部分とを判別することができない場合は,深夜割増賃金の支払があったとは認められないことに注意が必要です。
 役職手当等のうち何円が深夜割増賃金なのか,明確に分かるよう定めておくべきでしょう。

弁護士 藤田 進太郎

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勝手に朝早く出社したり,夜遅くまで残業したりして,割増賃金の請求をしてくる。

2012-01-05 | 日記
Q20 勝手に朝早く出社したり,夜遅くまで残業したりして,割増賃金の請求をしてくる。

 不必要に残業をする社員に対しては,注意,指導して,改めさせる必要があります。
 長時間労働は,残業代請求の問題にとどまるものではなく,過労死,過労自殺,うつ病等の問題にもつながりますので,放置してはいけません。

 残業させたら割増賃金の支払を免れることはできないという前提で考える必要があります。
 残業自体を減らすことで割増賃金の発生を抑制するか,割増賃金を支払済みにしておく必要があります。
 本人の能力が低いことや,所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことが残業の原因であった場合であっても,現実に残業している場合は,残業時間として割増賃金の支払義務が生じることになります。
 本人の能力が低いことや,所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことは,注意,指導,教育等で改善させるとともに,人事考課で考慮すべき問題であって,残業時間に対し割増賃金を支払わなくてもよくなるわけではありません。
 仕事の合間に,食事したり,仕事とは関係のない本を読んだり,おしゃべりしたり,居眠りした場合であっても,それが何月何日の何時から何時までのことなのか特定できないと,所定の休憩時間を超えて労働時間から差し引いてもらえないことが多いです。
 まとまった時間,仕事から離脱したような場合でない限り,特定ができないのが通常です。
 注意,指導,人事考課等により対処するのが現実的だと思います。

 一定金額の残業手当を支給し,その金額の範囲内で残業を行う旨合意されていたとしても,残業手当の金額を超えて割増賃金が発生している場合は,不足額部分の支払義務が生じることになりますので,そのような合意で割増賃金の額を限定することはできません。
 例えば,「月5万円の残業代を払うから,5万円の範囲内で残業して下さい。」と伝えていたとしても,社員が現実に残業した時間で残業代を計算した結果,残業代の金額が5万円を超えた場合は,原則として追加の割増賃金の支払を余儀なくされることになります。

 部下に残業させて割増賃金を支払うのか,残業させずに帰すのかを決めるのは上司の責任ですから,社員の残業代問題は,上司の管理能力が問われることになります。
 その日のうちに終わらせる必要がないような仕事については,翌日以降の所定労働時間内にさせるといった対応が必要となることもあります。
 明示の残業命令を出していなくても,残業していることを知りながら放置していた場合は,想定外の時間にまで残業していたような例外を除き,黙示の残業命令があったと認定されるのが通常です。
 実際の事案では,どれだけ残業していたのかはよく分からなくても,残業していたこと自体は上司が認識しつつ放置していることが多いというのが実情です。
 上司が残業に気付いたら,残業をやめさせて帰宅させるか,割増賃金の支払を覚悟の上で仕事を続けさせるか,どちらかを選択する必要があります。
 残業する場合には,上司に申告してその決裁を受けなければならない旨就業規則等に定められていたとしても,実際には決済を受けずに仕事をしていて,上司がそれを知りつつ放置していた場合は,黙示の残業命令により残業していたと認定され,割増賃金の支払を余儀なくされることになります。
 「上司が先に帰って,部下が上司の知らないところで残業したような場合も,残業代を支払わなければならないのですか?」といった質問を受けることがありますが,弁護士に相談するような事案はたいてい,毎日のように部下が残業をしているのを上司が知りながら放置しているケースです。
 部下がたまたま1日だけ,上司の知らないうちにこっそり残業したといった程度の場合は,そもそも,弁護士に相談しなければならないような問題にはなりません。

 残業代請求の訴訟では,タイムカードに打刻された出社時刻と退社時刻との間の時間から休憩時間を差し引いた時間が,その日の実労働時間と認定されることが多くなっています。
 タイムカードの打刻時間が,実際の労働時間の始期や終期と食い違っている場合は,それを敢えて容認してタイムカードに基づいて割増賃金を支払うか,働き始める直前,働き終わった直後にタイムカードを打刻させるようにすべきでしょう。

 労働時間(残業時間)の自己申告制を採用している会社も多いですが,自己申告制では,現実の労働時間残業時間よりも少ない時間が申告されることがあります。
 後から訴訟になった場合,自己申告した労働時間が,実際の労働時間に満たない場合は,実際の労働時間に基づいて割増賃金が算定されることになります。
 適切に運用しないと,隠れ残業時間(残業代不払い)が生じるリスクを負うことになりかねません。

 長時間労働は,過労死,過労自殺,うつ病等の問題が生じやすいです。
 当該社員の人生が破壊されるだけでなく,会社も高額の損害賠償義務を負うことになることがあります。
 本人の同意があったとしても,月80時間を超えるような時間外・休日労働をさせるのは勧められません。
 時間外・休日労働は,できる限り月45時間以内に抑えるべきと考えます。

弁護士 藤田 進太郎

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賃金が残業代込みの金額である旨,納得して入社したにもかかわらず,割増賃金の請求をしてくる。

2012-01-05 | 日記
Q19 賃金が残業代込みの金額である旨,納得して入社したにもかかわらず,割増賃金の請求をしてくる。

 割増賃金の支払は労基法37条で義務付けられているものですが,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める部分についてのみ無効となり,無効となった部分は労基法で定める労働基準となりますので(労基法13条),労基法37条に定める割増賃金を支払わないとする合意は無効となるため,割増賃金を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させてから働かせた場合であっても,使用者には支払義務を免れることはできないことになります。

 割増部分を特定せずに,基本給に割増賃金全額が含まれる旨合意し,合意書に署名押印させていたとしても,これを有効と認めてしまうと,割増賃金を支払わずに時間外労働等をさせるのと変わらない結果になってしまうため,割増賃金の支払があったとは認められません。
 モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件東京地裁平成17年10月19日判決では,基本給に割増賃金が含まれているとする会社側の主張が認められていますが,基本給だけで月額183万円超えている(別途,多額のボーナス支給等もある。)等,追加の割増賃金の請求を認めるのが相当でない特殊事情があった事案であり,通常の事例にまで同様の判断がなされると考えることはできません。

 割増賃金(残業代)が賃金に含まれている旨の合意が有効であるというためには,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができる必要があります。
 割増部分が特定されていない場合は,割増賃金が全く支払われていない前提で割増賃金が算定され,その支払義務を負うことになります。
 一般的には,支給した割増賃金の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算できる定め方であれば,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができると評価できるものと思われます。
 労基法上の計算方法で割増賃金の金額を計算した結果,残業手当等の金額で不足する場合は,不足額を当該賃金の支払期(当該賃金計算期間に対応する給料日)に支払う法的義務が生じることになります。

 小里機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決が,「仮に,月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても,その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ,かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべき」としていることから,労働者側から,割増部分が「明確に」区別されていないから割増賃金の支払がなされていると評価することはできないとか,労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていないから固定残業代部分を割増賃金の弁済と評価することはできないとかいった主張がなされることがあります。
 この論争を回避するためには,固定残業代の「金額」を明示して給与明細書・賃金台帳の時間外手当欄等にもその金額を明確に記載しておくとともに,賃金規定に労基法所定の計算方法による額が固定残業代の額を上回る場合にはその不足額を支払う旨規定し,周知させておくとよいでしょう。

 労働条件通知書等において基本給と時間外手当を明確に分けて「基本給○○円,残業手当○○円」と定め,給与明細書や賃金台帳でも項目を分けて金額を明示しているものについては,支給した割増賃金の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算できるのが通常のため,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるものといえ,有効性が否定されるリスクは低いと思われます。
 ただし,「基本給15万円,残業手当15万円」といったように,残業手当の比率が極端に高い場合は,合意の有効性が否定されるリスクが高まりますので,避けるべきと考えます。

 「基本給には,45時間分の残業手当を含む。」といった規定の仕方も広く行われており,一応,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえなくもありませんので,一般には有効と考えられています。
 しかし,給与明細書・賃金台帳の時間外手当欄が空欄となっていたり,0円と記載されていたりすることが多く,一見して残業代が支払われているようには見えないため,紛争となりやすくなっています。
 また,「45時間分の残業手当」が何円で,残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず,方程式を解くようなやり方をしないと,通常の賃金に相当する金額と残業代に相当する金額を算定できなかったり,45時間を超えて残業した場合にどのように計算して追加の残業代を計算すればいいのか分かりにくかったりすることがあるため,有効性が否定されるリスクが残ります。
 労基法上,深夜の時間外労働(50%増し以上),法定休日労働の割増賃金額(35%増し以上)等は,通常の時間外労働の割増賃金額(25%増し以上)と単価が異なるが,どれも等しく「45時間分」の時間に含まれるのか,あるいは時間外勤務分だけが含まれており,深夜割増賃金や法定休日割増賃金は別途支払う趣旨なのか,その文言だけからでは明らかではないこともあります。
 支給した固定残業代の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を容易に計算できるような定め方にしておくべきでしょう。

 営業手当,役職手当,特殊手当等,一見して割増賃金の支払のための手当であるとは読み取れない手当を割増賃金の趣旨で支給する場合は,賃金規定等にその全部又は一部が割増賃金の支払の趣旨である旨明記して周知させておく必要があります。
 労働条件通知書や賃金規定等に割増賃金の趣旨で支給する旨明記されていないと,裁判所に割増賃金の支払であると認定してもらえません。
 これに対し,「残業手当」「時間外勤務手当」等,一見して割増賃金の支払のための手当であることが分かる名目で支給し,給与明細書にその金額の記載がある場合は,リスクが小さくなります。
 営業手当,役職手当,特殊手当等,一見して割増賃金の支払のための手当であるとは読み取れない手当の「一部」を割増賃金の趣旨で支給する場合にも,割増部分を特定して支給しないと,割増賃金の支払とは認められません。
 例えば,役職手当として5万円を支給し,割増賃金が含まれているという扱いにしている場合,役職者としての責任等に対する対価が何円で,割増部分が何円なのか分からないと,割増賃金の支払が全くなされていないことを前提として割増賃金額が算定され,支払義務を負うことになります。
 管理監督者についても,深夜割増賃金の算定,支払が必要となるため,同様の問題が生じ得ます。

 固定残業代の比率が高い会社は,長時間労働が予定されていることが多く,1月あたりの残業時間が80時間とか,100時間に及ぶことも珍しくありません。
 長時間労働を予定した給与体系を採用し,長時間労働により社員が死亡する等した場合は,会社が多額の損害賠償義務を負うことになるだけでなく,代表取締役社長その他の会社役員も高額の損害賠償義務を負うことになるリスクもあります。
 固定残業代の金額は,1月当たり45時間分程度の金額に抑えることが望ましく,月80時間分の残業代を超えるような金額にすべきではありません。
 固定残業代の比率が高い会社は,賃金単価が低いことが多く(時給1000円を下回ることもあります。),優秀な社員が集まりにくく,社員の離職率も高くなりがちで,有能な社員ほど,すぐに退職してしまう傾向にあります。
 固定残業代の比率が高い会社は,体裁が悪いせいか,採用募集広告では,固定残業代の比率が高いことを隠そうとする傾向にあります。
 その結果,入社した社員は騙されたような気分になり,すぐに退職したり,トラブルに発展したりすることになりがちです。
 採用募集広告に明示できないような給与体系は採用しないようにする必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

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