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所長ご挨拶 平成24年10月1日(月)

2012-10-01 | 日記
所長ご挨拶
 あなたは労使紛争の当事者になったことがありますか?
 労使紛争の当事者になったことがあるとすれば,それがいかに大きな苦痛となり得るかが実感を持って理解できることと思います。

 会社の売上が低迷する中,社長が一生懸命頑張って社員の給料を支払うためのお金を確保しても,その大変さを理解できる社員は多くありません。
 会社はお金を持っていて,働きさえしていれば,給料日には給料が自分の預金口座に振り込まれて預金が増えるのが当然という感覚の社員が多いのではないでしょうか。
 私自身,勤務弁護士の時は給料日には必ず給料が私の預金口座に振り込まれて預金残高が増えていたものが,自分で事務所を開業してみると,給料日には社員に給料を支払わなければならず,私の事業用預金口座の残高が減るのを見て,経営者にとって給料日はお金が減る日なのだということを,初めて実感を持って理解することができました。
 また,個人事業主や中小企業のオーナー社長は,事業にかかる経費と比較して売上が不足すれば,何百時間働いても,事実上,1円の収入にもならないということになりかねず,それどころか,経営者の個人財産からお金を出して,不足する金額を穴埋めしなければならないこともあるのですから,会社の業績が悪化した結果,収入が減ることはあっても,個人資産を事業継続のために持ち出すことのない一般社員とでは,随分,負担の重さが違うのだということも,よく理解できました。
 このような話は,理屈は簡単で,当たり前のことなのですが,誰でも実感を持って理解できるかというと,なかなか難しいものがあります。
 会社勤めをしている友達に,給料日には会社の預金残高が減るという話をしてみたところ,「そのとおりかもしれないけど,その分,会社はお客さんからお金が入ってきて儲かっているんだから。」という答えが返ってきたことがあります。
 確かに,「お金が入ってきて儲かっている」のであればいいのですが,経営者にとっては,実際にお金が入ってくるかどうかが問題なわけです。
 今,売上が上がっていても,将来,どうなるかは誰にも分かりませんし,下手をすると個人資産を事業につぎ込まなければならなくなることもあるのですから,経営者はいつまで経っても気を緩めることはできません。
 実は,私も,勤務弁護士のときは,理屈では雇う側の大変さを理解していても,その理解には共感が伴っていませんでした。
 所長は実際に仕事をこなしている自分よりたくさんの収入があってうらやましいというくらいの感覚だったというのが正直なところで,雇われている人たちのために頑張ってくれてありがとうございます,などと本気で思ったことがあるかというと,一度もありませんでした。
 自分が経営者の立場になってみて初めて,経営者の大変さを,実感を持って理解することができるようになったのです。

 立場が違えば,感じ方・考え方も違ってきます。
 労使紛争でお互いが感情的になりがちなのは,自分の大変さを相手が理解してくれないことに対する苛立ちのようなものが根底にあるからではないでしょうか。
 労使とも,自分ばかりが不当に我慢させられている,譲歩させられていると感じているわけです。
 このような苛立ちを緩和し,冷静に話し合うことができるようにするためには,労使双方,相手のことを思いやる想像力が必要だと思います。
 社員の置かれた状況を鮮明に想像することができ,社員を思いやることのできる優れた会社であれば,会社を思いやる想像力を持った優れた社員との間で労使紛争が生じるリスクは極めて低くなることでしょう。
 仮に,一部の問題社員との間で労使紛争が生じたとしても,大部分の優れた社員は会社の味方になってくれるでしょうし,裁判に勝てる可能性も高くなります。

 私は,あなたの会社に,労使双方が相手の立場に対して思いやりの気持ちを持ち,強い信頼関係で結ばれている会社になって欲しいと考えています。
 そのためのお手伝いをさせていただけるのであれば,あなたの会社のために全力を尽くすことをお約束します。

四谷麹町法律事務所
所長弁護士 藤田 進太郎

経歴・所属等
東京大学法学部卒業
•日本弁護士連合会労働法制委員会委員・事務局員・労働審判PTメンバー
•第一東京弁護士会労働法制委員会委員・労働契約法部会副部会長
•東京三会労働訴訟等協議会委員
•経営法曹会議会員
•全国倒産処理弁護士ネットワーク会員


主な講師担当セミナー・講演・著作等
問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成24年9月28日)
問題社員への法的対応の実務』(経営調査会,平成24年9月26日)
『日本航空事件東京地裁平成23年10月31日判決』(経営法曹会議,判例研究会,平成24年7月14日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,札幌会場,平成24年6月26日)
『有期労働法制が実務に与える影響』(『労働経済春秋』2012|Vol.7,労働調査会)
『現代型問題社員を部下に持った場合の対処法~ケーススタディとQ&A』(長野県経営者協会,第50期長期管理者研修講座,平成24年6月22日)
『労働時間に関する法規制と適正な労働時間管理』(第一東京弁護士会・春期法律実務研修専門講座,平成24年5月11日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,福岡会場,平成24年4月17日)
『高年齢者雇用安定法と企業の対応』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,労働調査会)
『実例 労働審判(第12回) 社会保険料に関する調停条項』(中央労働時報第1143号,2012年3月号)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成24年3月8日)
『労使の信頼を高めて 労使紛争の当事者にならないためのセミナー』(商工会議所中野支部,平成24年3月7日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成24年2月29日)
『健康診断実施と事後措置にまつわる法的問題と企業の対応』(『ビジネスガイド』2012年3月号№744)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,名古屋会場,平成24年1月20日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,大阪会場,平成23年10月31日)
日韓弁護士交流会・国際シンポジウム『日本と韓国における非正規雇用の実態と法的問題』日本側パネリスト(韓国外国語大学法学専門大学院・ソウル弁護士協会コミュニティ主催,平成23年9月23日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成23年9月16日)
『マクドの失敗を活かせ!新聞販売店,労使トラブル新時代の対策』(京都新聞販売連合会京都府滋賀県支部主催,パートナーシステム,平成23年9月13日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年9月6日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,東京会場,平成23年8月30日)
『社員教育の労働時間管理Q&A』(みずほ総合研究所『BUSINESS TOPICS』2011/5)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年4月14日)
『改訂版 最新実務労働災害』(共著,三協法規出版)
『労働審判を申し立てられた場合の具体的対処方法』(企業研究会,東京会場,平成22年9月8日)
『もし,自分が気仙沼で教師をしていたら,子供達に何を伝えたいか?』(気仙沼ロータリークラブ創立50周年記念式典,平成22年6月13日)
『文書提出等をめぐる判例の分析と展開』(共著,経済法令研究会)
『明日から使える労働法実務講座』(共同講演,第一東京弁護士会若手会員スキルアップ研修,平成21年11月20日)
『採用時の法律知識』(第373回証券懇話会月例会,平成21年10月27日)
『他人事ではないマクドナルド判決 経営者が知っておくべき労務,雇用の急所』(横浜南法人会経営研修会,平成21年2月24日)
『今,気をつけたい 中小企業の法律問題』(東京商工会議所練馬支部,平成21年3月13日)
『労働法基礎講座』(ニッキン)
『管理職のための労働契約法労働基準法の実務』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,清文社)

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就業規則に反する労使慣行と労働契約の内容

2012-10-01 | 日記
Q193 就業規則に反する労使慣行が労働契約の内容となることがありますか?

  民法92条(任意規定と異なる慣習)は,「法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において,法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは,その慣習に従う。」と規定しており,就業規則に反する労使慣行が同条にいう慣習(事実たる慣習)として認められれば,労働契約の内容となることになります。

 問題は,どのような場合に就業規則に反する労使慣行が同条にいう慣習(事実たる慣習)として認められるかですが,商大八戸ノ里ドライビングスクール事件大阪高裁平成5年6月25日判決・労判679号32頁は,「民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには,同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと,労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか,当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し,使用者側においては,当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か,又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される。そして,その労使慣行が右の要件を充たし,事実たる慣習として法的効力が認められるか否かは,その慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯を踏まえ,当該労使慣行の性質・内容,合理性,労働協約や就業規則との関係(当該慣行がこれらの規定に反するものか,それらを補充するものか),当該慣行の反復継続性の程度(継続期間,時間的間隔,範囲,人数,回数・頻度),定着の度合い,労使双方の労働協約や就業規則との関係についての意識,その間の対応等諸般の事情を総合的に考慮して決定すべきものであり,この理は,右の慣行が労使のどちらに有利であるか不利であるかを問わないものと解する。それゆえ,労働協約,就業規則等に矛盾抵触し,これによって定められた事項を改廃するのと同じ結果をもたらす労使慣行が事実たる慣習として成立するためには,その慣行が相当長期間,相当多数回にわたり広く反復継続し,かつ,右慣行についての使用者の規範意識が明確であることが要求されるものといわなければならない。」「したがって,右の要件を充たす場合には,労働協約や就業規則に反する労使慣行が事実たる慣習として認められる場合がありうるのであって,この点において,控訴人の主張(長期間反復継続して行われた労働条件等に関する取扱いに基づいて労働契約が成立したとされたことがありうるのは労働協約や就業規則の明文の規定に反しないという範囲に限られるとの主張)は採用することができない。」と説示し,同事件の上告審判決である最高裁第一小法廷平成7年3月9日判決・労判679号30頁は,原審の判断は結論において正当として是認することができると判断し,上告を棄却しています。
 これを参考に考えれば,就業規則等に反する労使慣行であっても,その慣行が相当長期間,相当多数回にわたり広く反復継続し,かつ,当該労使慣行についての使用者の規範意識が明確である場合には,労働契約の内容となるものと考えられます。

弁護士 藤田 進太郎

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賃金減額に対する同意の有効性

2012-10-01 | 日記
Q192 賃金減額に対する同意の有効性は,どのように判断すればいいのですか?

 「既発生の」賃金債権の減額に対する同意は,既発生の賃金債権の一部を放棄することにほかなりませんから,それが有効であるというためには,それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであることが明確である必要があります(シンガーソーイングメシーン事件最高裁第二小法廷昭和48年1月19日判決・判タ289号203頁参照)。
 「未発生の」賃金債権の減額に対する同意についても「賃金債権の放棄と同視すべきものである」とする裁判例もありますが,「未発生の」賃金債権の減額に対する同意は,労働者と使用者が合意により将来の賃金額を変更した(労働契約法8条参照)に過ぎず,賃金債権の放棄と同視することはできないのですから,通常の同意で足りるものと考えるべきでしょう(北海道国際空港事件最高裁第一小法廷平成15年12月18日判決・労判866号14頁参照)。
 いずれにせよ,賃金減額に対する同意の認定は慎重になされることが多いですから,最低限,書面での同意を取っておくべきです。
 賃金減額に異議を述べなかったという程度で黙示の同意を認定してもらうのは難しいケースが多いものと思われます。

 就業規則で定める基準に達しない賃金額を合意してもその合意は無効となり,就業規則で定める賃金額になりますので(労働契約法12条),賃金減額の同意を得る際には,減額後の賃金額が就業規則の定めに抵触しないかをチェックする必要があります。
 減額後の賃金額が就業規則の定めに抵触する場合には,就業規則の変更に対する同意も同時に取得して,就業規則の定めを変更すべきでしょう。

弁護士 藤田 進太郎

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賃金債権の相殺に対する労働者の同意の有効性

2012-10-01 | 日記
Q191 賃金債権の相殺に対する労働者の同意の有効性は,どのような基準で判断されますか?

 日新製鋼事件最高裁第二小法廷平成2年11月26日判決(労判584号6頁)は,「労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの。以下同じ。)24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは,使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し,もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ,労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから,使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであるが,労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては,右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは,右同意を得てした相殺は右規定に違反するものとはいえないものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁参照)。もっとも,右全額払の原則の趣旨にかんがみると,右同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は,厳格かつ慎重に行わなければならないことはいうまでもないところである。」と説示しています。
 したがって,賃金債権の相殺に対する労働者の同意が有効であるというためには,労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要と考えられます。

弁護士 藤田 進太郎

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賃金債権放棄の有効性

2012-10-01 | 日記
Q190 賃金債権放棄の有効性は,どのような基準で判断されますか?

 シンガーソーイングメシーン事件最高裁第二小法廷昭和48年1月19日判決(判タ289号203頁)は,賃金である退職金債権を放棄する旨の意思表示の有効性に関し,「右全額払の原則の趣旨とするところなどに鑑みれば,右意思表示の効力を肯定するには,それが上告人の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない」と説示し,具体的事案の判断としては,「右事実関係に表れた諸事情に照らすと,右意思表示が上告人の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していたものということができるから,右意思表示の効力は,これを肯定して差支えないというべきである。」と結論づけています。
 したがって,賃金放棄が有効であるというためには,それが労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならず,当該意思表示が労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していたような場合は,それが労働者の自由な意思に基づくものであることが明確であると考えるべきことになります。

弁護士 藤田 進太郎

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行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。

2012-10-01 | 日記
Q11 行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。

 社員が行方不明になった場合,まずは,電話,電子メール,社宅訪問,家族・身元保証人等への問い合わせ等により,社員の行方を捜す努力をする必要があります。
 行方不明者発見活動に関する規則6条(平成22年4月1日施行,平成二十一年十二月十一日国家公安委員会規則第十三号)では,行方不明者が行方不明となった時におけるその住所又は居所を管轄する警察署長は,親族からの行方不明者届のみならず,「雇主その他の当該行方不明者と社会生活において密接な関係を有する者」からの行方不明者届もまた,受理するものとされています。
 親族から行方不明者届を提出するのが通常と思われますが,勤務先からの行方不明者届も受理される扱いとなっていることは理解しておくとよいでしょう。
 それなりの期間努力しても社員の行方が分からないときは,退職扱いにせざるを得ませんが,
① 労働契約を終了させる方法
② 社宅に残された私物の運び出し方法
等が問題となることが多くなっています。

 解雇の意思表示は,解雇通知が相手方に到達して初めてその効力を生じるため(民法97条1項),解雇通知が行方不明の社員に到達しなければ解雇の意思表示は効力を生じません。
 社員が社宅で生活しており,単に出社拒否をしているに過ぎないような事案であれば,社宅の当該社員の部屋に解雇通知が届けば,実際に社員が解雇通知書を読んでいなくても,解雇の意思表示が到達したことになりますが,本当の意味での行方不明で,社宅にも戻っていない場合は,社宅の部屋に解雇通知が到達したとしても,解雇の意思表示が社員に到達したことにはならず,解雇の意思表示は効力を生じません。

 電子メールによる解雇通知は,行方不明の社員から返信があれば,通常は解雇の意思表示が当該社員に到達し,解雇の効力が生じていると考えることができるでしょう。
 ただし,電子メールに返信があるような事案の場合,そもそも行方不明と言えるのか問題となる余地がありますので,解雇権濫用(労働契約法16条)とならないよう,解雇に先立ち,行方不明の社員と連絡を取る努力を尽くすべきです。
 他方,行方不明の社員からメール返信がない場合は,解雇の意思表示が到達したと考えることにはリスクが伴いますが,連絡を取る努力を尽くした上で,リスク覚悟で退職処理してしまうということも考えられるでしょう。

 行方不明者の家族や身元保証人に対し,行方不明の社員を解雇する旨の解雇通知を送付しても,解雇の意思表示が到達したとは評価することができず,解雇の効力は生じません。
 ただし,リスク覚悟の上で退職処理することもあり得るかもしれません。
 兵庫県社土木事務所事件最高裁第一小法廷平成11年7月15日判決では,行方不明の職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容を兵庫県公報に掲載するという方法でなされた懲戒免職処分の効力の発生を認めていますが,特殊な事案であり,射程を広く考えることはできません。
 例えば,家族に解雇通知書を交付し,社内報に掲載したといった程度では,通常は解雇の意思表示の効力は生じないでしょう。

 完全に行方不明の社員に対し,解雇通知する場合は,公示による意思表示(民法98条)によることになりますが,手続が煩雑ですので,就業規則に無断欠勤が一定期間(30日~50日程度)続き,会社に行方が知れないときには当然に退職する旨の規定を置き,適用することにより対処するのが一般的です。

 行方不明の社員を退職扱いとした場合であっても,後日,連絡があり,行方不明であったことについてやむを得ない理由があったことが判明した場合は,その時点で復職の可否を検討すべきでしょう。

 福利厚生施設としての社宅の法律関係は,社宅利用規程によって規律され,社宅の明渡しを請求できるかどうかは,社宅利用規程の明渡事由に該当するかどうかにより決せられることになります。
 社宅利用料が高額であるなどの理由から,社宅契約が借地借家法の予定する賃貸借契約と認定された場合は,契約の解約には6か月前の解約申入れが必要であり(借地借家法27条),解約には正当の事由が必要となりますから(借地借家法28条),トラブルを避けるためにも,福利厚生施設としての役割に反しない金額の利用料設定にすべきでしょう。

 行方不明の社員が退職扱いとなり,社宅利用契約が終了したとしても,実際にどうやって部屋の明渡し作業を行うかは問題となります。
 行方不明の社員を相手に訴訟を提起し,公示送達(民事訴訟法110条)の方法により訴状を送達し,勝訴判決を得て強制執行するというのが,法律論的には本筋かもしれませんが,時間,費用,手間がかかります。
 かといって,勝手に荷物を運び出して処分してしまうわけにもいきません。
 実務上は,行方不明の社員の両親等の協力を得て,明渡しに立ち会ってもらい,荷物を引き取って保管してもらうことが多いと思われます。
 完全に適法なやり方と言えるかどうかは微妙なところであり,ある程度のリスクを覚悟した上で行うことになりますが,両親等の協力があれば,トラブルに発展するケースはそれほど多くはないものと思われます。

弁護士 藤田 進太郎

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