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弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。

2012-10-08 | 日記
Q11 行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。

 社員が行方不明になった場合,まずは,電話,電子メール,社宅訪問,家族・身元保証人等への問い合わせ等により,社員の行方を捜す努力をする必要があります。
 行方不明者発見活動に関する規則6条(平成22年4月1日施行,平成二十一年十二月十一日国家公安委員会規則第十三号)では,行方不明者が行方不明となった時におけるその住所又は居所を管轄する警察署長は,親族からの行方不明者届のみならず,「雇主その他の当該行方不明者と社会生活において密接な関係を有する者」からの行方不明者届もまた,受理するものとされています。
 親族から行方不明者届を提出するのが通常と思われますが,勤務先からの行方不明者届も受理される扱いとなっていることは理解しておくとよいでしょう。
 それなりの期間努力しても社員の行方が分からないときは,退職扱いにせざるを得ませんが,
① 労働契約を終了させる方法
② 社宅利用契約を終了させる方法
③ 社宅に残された私物の運び出し方法
等が問題となります。

 行方不明になった社員の退職手続としては,解雇で対処するのではなく,就業規則に無断欠勤が一定期間(30日~50日程度)続き,会社に行方が知れないときには当然に退職する旨の規定を置き,適用することにより対処するのが一般的です。
 当然退職事由が発生した場合,社員への意思表示なくして退職の効力が生じることになります。
 他方,解雇の意思表示は,解雇通知が相手方に到達して初めてその効力を生じるため(民法97条1項),有効無効以前の問題として,解雇通知が行方不明の社員に到達しなければ解雇の意思表示は効力を生じません。

 社員が社宅で生活しており,単に出社拒否をしているに過ぎないような事案であれば,社宅の当該社員の部屋に解雇通知が届けば,実際に社員が解雇通知書を読んでいなくても,解雇の意思表示が到達したことになりますが,本当の意味での行方不明で,社宅にも戻っていない場合は,社宅の部屋に解雇通知が到達したとしても,解雇の意思表示が社員に到達したことにはならず,解雇の意思表示は効力を生じません。

 電子メールによる解雇通知は,行方不明の社員から返信があれば,通常は解雇の意思表示が当該社員に到達し,解雇の効力が生じていると考えることができるでしょう。
 ただし,電子メールに返信があるような事案の場合,そもそも行方不明と言えるのか問題となる余地がありますので,解雇権濫用(労契法16条)又は懲戒権濫用(労契法15条)とならないよう,解雇に先立ち,行方不明の社員と連絡を取る努力を尽くすべきです。
 他方,行方不明の社員からメール返信がない場合は,解雇の意思表示が到達したと考えることにはリスクが伴いますが,連絡を取る努力を尽くした上で,リスク覚悟で退職処理してしまうということも考えられるでしょう。

 行方不明者の家族や身元保証人に対し,行方不明の社員を解雇する旨の解雇通知を送付しても,解雇の意思表示が到達したとは評価することができず,解雇の効力は生じません。
 ただし,リスク覚悟の上で退職処理することもあり得るかもしれません。
 兵庫県社土木事務所事件最高裁第一小法廷平成11年7月15日判決では,行方不明の職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容を兵庫県公報に掲載するという方法でなされた懲戒免職処分の効力の発生を認めていますが,特殊な事案であり,射程を広く考えることはできません。
 例えば,家族に解雇通知書を交付し,社内報に掲載したといった程度では,通常は解雇の意思表示の効力は生じないでしょう。
 
 完全に行方不明の社員に対し,解雇通知する場合は,公示による意思表示(民法98条)によることになりますが,手続が煩雑です。
 
 行方不明の社員を退職扱いとした場合であっても,後日,連絡があり,行方不明であったことについてやむを得ない理由があったことが判明した場合は,その時点で復職の可否を検討すべきでしょう。

 福利厚生施設としての社宅の法律関係は,社宅利用規程によって規律され,社宅の明渡しを請求できるかどうかは,社宅利用規程の明渡事由に該当するかどうかにより決せられることになります。
 社宅利用料が高額であるなどの理由から,社宅契約が借地借家法の予定する賃貸借契約と認定された場合は,契約の解約には6か月前の解約申入れが必要であり(借地借家法27条),解約には正当の事由が必要となりますから(借地借家法28条),トラブルを避けるためにも,福利厚生施設としての役割に反しない金額の利用料設定にすべきでしょう。

 行方不明の社員が退職扱いとなり,社宅利用契約が終了したとしても,実際にどうやって部屋の明渡し作業を行うかは問題となります。
 行方不明の社員を相手に訴訟を提起し,公示送達(民事訴訟法110条)の方法により訴状を送達し,勝訴判決を得て強制執行するというのが,法律論的には本筋かもしれませんが,時間,費用,手間がかかります。
 かといって,勝手に荷物を運び出して処分してしまうわけにもいきません。
 実務上は,行方不明の社員の両親等の協力を得て,明渡しに立ち会ってもらい,荷物を引き取って保管してもらうことが多いと思われます。
 完全に適法なやり方と言えるかどうかは微妙なところであり,ある程度のリスクを覚悟した上で行うことになりますが,両親等の協力があれば,トラブルに発展するケースはそれほど多くはないものと思われます。

弁護士 藤田 進太郎

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就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。

2012-10-08 | 日記
Q9 就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。

 就業時間外に社外で社員が刑事事件を起こしたとしても,それだけでは直ちに懲戒処分に処することができるわけではありません。
 まずは,本人の言い分をよく聞き,記録に残しておくべきでしょう。

 本人が犯行を否認しており,犯罪が行われたかどうかが明らかではない場合は,犯行があったことを前提に懲戒処分をすることはリスクが高いので,懲戒処分は慎重に行う必要があります。
 逮捕勾留されたことにより,社員本人と連絡が取れなくなり,無断欠勤が続くこともあり得ますが,まずは家族等を通じて,連絡を取る努力をすべきです。
 家族等から,欠勤の連絡等が入ることがありますが,懲戒解雇等の処分を恐れて,犯罪行為により逮捕勾留されていることまでは報告を受けられない場合もあります。

 痴漢,傷害事件等,被害者のある刑事事件における弁護人の起訴前弁護の主な活動内容は,早期に被害者と示談して不起訴処分を勝ち取ることです。
 不起訴処分が決まれば,逮捕勾留は解かれ,出社できる状態となります。
 刑事事件を犯したことを会社に知られずに出社できた場合は,弁護人としていい仕事をしたことになります。

 年休取得の申請があった場合は,年休扱いにするのが原則です。
 年休取得を認めずに欠勤扱いとした場合,欠勤を理由とした解雇等の処分が無効となるリスクが生じるので,年休を使い切らせてから対応を検討した方が安全なのではないかと思います。

 起訴休職制度を設けると,有罪判決が確定するまで解雇することができないと解釈されるおそれがありますので,そのような事態を避けるためには起訴休職制度は設けず,個別に対応するという選択肢もあり得ます。
 また,社員が起訴された事実のみで,形式的に起訴休職の規定の適用が認められるとは限らず,休職命令が無効と判断されることもあります。
 休職命令を出す際は,その必要性,相当性について検討してからにする必要があります。

 懲戒解雇は紛争になりやすく,懲戒解雇が無効と判断されるリスクもそれなりにありますので,慎重に検討する必要があります。
 会社の社会的評価を若干低下させたという程度では足りません。
 「就業時間外に社外で行われた刑事事件が会社の社会的評価に重大な悪影響を与えたこと」を理由とする懲戒解雇の可否の判断にあたっては,「当該行為の性質,情状のほか,会社の事業の種類・態様・規模,会社の経済界に占める地位,経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して,右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合」に該当するかどうかを検討することになります(日本鋼管事件最高裁第二小法廷昭和49年3月15日判決)。
 例えば,タクシーやバスの運転業務に従事している社員が飲酒運転した場合は,懲戒解雇が有効とされやすい傾向にあります。
 ただし,「酒気帯び状態であれば,仮にそのまま運転していれば道路交通法違反で検挙されることになりかねない程度の非違行為があったものとして解雇に値することが明らかだが,そこまでの断定ができない者についても当然に解雇とすることが社会一般の常識であると評価することには躊躇を感じる」として,バス運転手の飲酒運転を理由とした諭旨解雇を無効とした裁判例(京阪バス事件京都地裁平成22年12月15日判決)もあり,事案ごとの判断が必要となります。
 その他,電鉄会社社員等,痴漢を防止すべき立場にある者が痴漢したような場合は,比較的懲戒解雇が認められやすいといえるでしょう。

 懲戒解雇が無効とされるリスクがある事案については,より軽い懲戒処分にとどめた方が無難かもしれません。
 結果として,社員が自主退職することもあります。
 最初に刑事事件を起こした際に,懲戒解雇を回避してより軽い懲戒処分をする場合は,書面で,次に同種の刑事事件を起こしたら懲戒解雇する旨の警告をするか,次に同種の刑事事件を起こしたら懲戒解雇されても異存ない旨記載された始末書を取っておくべきでしょう。
 これで万全というわけではありませんが,同種の犯罪を犯した場合の懲戒解雇が有効となりやすくなります。

 懲戒解雇事由に該当する場合を退職金の不支給・減額・返還事由として規定しておけば,懲戒解雇事由がある場合で,当該個別事案において,退職金不支給・減額の合理性がある場合には,退職金を不支給または減額したり,支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができます。
 退職金の不支給・減額事由の合理性の有無は,労働者のそれまでの勤続の功を抹消(全額不支給の場合)又は減殺(一部不支給の場合)するほどの著しい背信行為があるかどうかにより判断されます。
 懲戒解雇が有効な場合であっても,労働者のそれまでの勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為はない場合は,例えば,本来の退職金の支給額の30%とか50%とかいった金額の支払が命じられることがあります。

弁護士 藤田 進太郎

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社内研修,勉強会,合宿研修への参加を拒否する。

2012-10-05 | 日記
Q8 社内研修,勉強会,合宿研修への参加を拒否する。

 まずは,社内研修,勉強会,合宿研修への参加が「義務」なのか「自由参加」なのかをはっきりさせる必要があります。
 参加が義務ということであれば,研修等に要する時間は社会通念上必要な限度で労基法上の労働時間に該当するため,時間外に行われた場合は時間外割増賃金の支払が必要になります。
 他方,自由参加ということであれば,当然,参加を義務付けることはできず,参加するかどうかは本人の意思に委ねられることになります。
 労働時間として扱ってでも参加させる業務上の必要があるようなものなのかどうかを,まずは判断する必要があります。

 使用者が社員に対し受講を命じることができる研修等の内容は,現在の業務遂行に必要な知識,技能の習得に必要な研修等に限られず,使用者が社員に命じ得ることができる教育訓練の時期及び内容,方法は,その性質上原則として使用者(ないし実際にこれを実施することを委任された社員)の裁量的判断に委ねられています。
 ただし,使用者の裁量は無制約なものではなく,その命じ得る研修等の時期,内容,方法において労働契約の内容及び研修等の目的等に照らして不合理なものであってはなりませんし,また,その実施に当たっても社員の人格権を不当に侵害する態様のものであってはならないことは,言うまでもありません。
 合理的教育的意義が認められない教育訓練,自己の信仰する宗教と異なる宗教行事への参加等を義務付けることはできないことになります。

 一般教養の研修への参加を義務付けることができるかは微妙なところですが,一般に本人の意思に反してでも受講させる必要があるような性質のものではないのですから,本人の同意を得た上で,受講させるようにすべきです。
 どうしても一般教養の研修への参加を義務付ける必要がある場合は,その必要性について合理的な説明ができるようにしておく必要があります。

 参加が義務付けられている社内研修,勉強会,合宿研修の期間中の年次有給休暇取得の請求(労基法39条5項本文)がなされた場合,研修期間,当該研修を受けさせる必要性の程度など諸般の事情を考慮した上で,時季変更権行使(労基法39条5項ただし書き)の可否が決せられることになります。
 例えば,社内研修等の期間が比較的短期間で,当該社内研修等により知識,技能等を習得させる必要性が高く,研修期間中の年休取得を認めたのでは研修の目的を達成することができない場合は,研修を欠席しても予定された知識,技能の習得に不足を生じさせないものであるような場合でない限り,年休取得が事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができることになるでしょう(NTT(年休)事件最高裁第二小法廷平成12年3月31日判決参照)。
 一般教養の研修については,その性質上,時季変更権を行使して研修期間中の年休取得を拒絶することは難しいケースが多いものと思われます。

弁護士 藤田 進太郎

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転勤を拒否する。

2012-10-05 | 日記
Q7 転勤を拒否する。

 転勤を拒否する社員がいる場合は,まずは,転勤を拒否する事情を聴取し,転勤拒否にもっともな理由があるのかどうかを確認する必要があります。
 転勤が困難な事情を社員が述べている場合は,より具体的な事情を聴取するとともに裏付け資料の提出を求めるなどして対応することになります。
 認められる要望かどうかは別にして,本人の言い分はよく聞くことが重要です。

 本人の言い分を聞く努力を尽くした結果,転勤拒否にもっともな理由がないとの判断に至った場合は,再度,転勤命令に応じるよう説得することになります。
 それでも転勤命令に応じない場合は,懲戒解雇等の処分を検討せざるを得ませんが,懲戒解雇等の処分が有効となる前提として,転勤命令が有効である必要があります。

 転勤命令が有効というためには,①使用者に転勤命令権限があり,②転勤命令が権利の濫用にならないことが必要です。
 就業規則に転勤命令権限についての規定を置いて周知させておけば,通常は①転勤命令権限があるといえることになりますが,入社時の誓約書で転勤等に応じること,就業規則を遵守すること等を誓約させておくべきでしょう。
 社員から,勤務地限定の合意があるから転勤命令に応じる義務はないと主張されることがありますが,勤務地が複数ある会社の正社員については,勤務地限定の合意はなかなか認定されません。
 他方,パート,アルバイトについては,勤務地限定の合意が存在することが多いのが実情です。
 平成11年1月29日基発45号では,労働条件通知書の「就業の場所」欄には,「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされており,「就業の場所」欄に特定の事業場が記載されていたとしても,勤務地限定の合意があることにはなりません。
 ただし,それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることをよく説明しておくことが望ましいことは言うまでもありません。

 ①使用者に転勤命令権限の存在が認定されると,次に,②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが問題となります。
 正社員については,通常は転勤命令が認められるため,②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが主要な争点になることが多くなっています。
 使用者による配転命令は,
① 業務上の必要性が存しない場合
② 不当な動機・目的をもってなされたものである場合
③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
等,特段の事情のある場合でない限り権利の濫用になりません(東亜ペイント事件最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決)。

 ①業務上の必要性については,東亜ペイント事件最高裁判決が,「右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示していることもあり,企業経営上意味のある配転であれば,存在が肯定されることになります。
 ただし,①業務上の必要性の程度は,②③の要件を満たすかどうかにも影響するため,①業務上の必要性が高いことの主張立証はしっかり行う必要があります。

 ②不当な動機・目的に関しては,退職勧奨したところ退職を断られ,転勤を命じたような場合に,問題にされることが多い印象です。
 通常の対策としては,①業務上の必要性を説明できるようにしておけば足りるでしょう。
 また,退職勧奨は,行き当たりばったりで何となく行うのではなく,事前に十分に戦略を練ってから計画的に行う必要があります。

 ③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無に関しては,社員の配偶者が仕事を辞めない限り単身赴任となり,配偶者や子供と別居を余儀なくされるとか,通勤時間が長くなるとか,多少の経済的負担が生じるといった程度では,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとはいえません。
 必須のものではありませんが,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるか否かを判断する際は,単身赴任手当や家族と会うための交通費の支給,社宅の提供,保育介護問題への配慮,配偶者の就職の斡旋等の配慮がなされているか等も考慮されることになります。

 ③に関し,就業場所の変更を伴う配置転換について子の養育又は家族の介護の状況に配慮する義務があること(育児介護休業法26条)には,注意が必要です。
 育児,介護の問題ついては,本人の言い分を特によく聞き,転勤命令を出すかどうか慎重に判断する必要があります。
 本人の言い分をよく聞かずに一方的に転勤を命じ,本人から育児,介護の問題を理由として転勤命令撤回の要求がなされた場合に転勤命令撤回の可否を全く検討していないなど,育児,介護の問題に対する配慮がなされていない場合は,転勤命令が無効とされるリスクが高まることになります。
 裁判例の動向からすると,特に,家族が健康上の問題を抱えている場合や,家族の介護が必要な場合の転勤については,労働者の不利益の程度について慎重に検討した方が無難と思われます。

 転勤命令自体が無効の場合は,転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇等の処分は認められません。
 有効な転勤命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となるため,懲戒解雇等の処分は懲戒権の濫用(労契法15条)とはならず有効と判断されることが多いですが,焦って直ちに懲戒解雇等の処分をすると無効と判断されることがあります。
 有効な配転命令に従わないことを理由とする懲戒解雇が無効とされた事例では,懲戒解雇が性急に過ぎることが問題とされることが多くなっています。
 社員が転勤に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供する等して転勤命令に従うよう説得する努力を尽くし,転勤命令に従う見込みが乏しいことを確認してから,懲戒解雇等の処分を行うべきと考えます。

弁護士 藤田 進太郎

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転勤を拒否する。

2012-10-05 | 日記
Q7 転勤を拒否する。

 転勤を拒否する社員がいる場合は,まずは,転勤を拒否する事情を聴取し,転勤拒否にもっともな理由があるのかどうかを確認する必要があります。
 転勤が困難な事情を社員が述べている場合は,より具体的な事情を聴取するとともに裏付け資料の提出を求めるなどして対応することになります。
 認められる要望かどうかは別にして,本人の言い分はよく聞くことが重要です。

 本人の言い分を聞く努力を尽くした結果,転勤拒否にもっともな理由がないとの判断に至った場合は,再度,転勤命令に応じるよう説得することになります。
 それでも転勤命令に応じない場合は,懲戒解雇等の処分を検討せざるを得ませんが,懲戒解雇等の処分が有効となる前提として,転勤命令が有効である必要があります。

 転勤命令が有効というためには,①使用者に転勤命令権限があり,②転勤命令が権利の濫用にならないことが必要です。
 就業規則に転勤命令権限についての規定を置いて周知させておけば,通常は①転勤命令権限があるといえることになりますが,入社時の誓約書で転勤等に応じること,就業規則を遵守すること等を誓約させておくべきでしょう。
 社員から,勤務地限定の合意があるから転勤命令に応じる義務はないと主張されることがありますが,勤務地が複数ある会社の正社員については,勤務地限定の合意はなかなか認定されません。
 他方,パート,アルバイトについては,勤務地限定の合意が存在することが多いのが実情です。
 平成11年1月29日基発45号では,労働条件通知書の「就業の場所」欄には,「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされており,「就業の場所」欄に特定の事業場が記載されていたとしても,勤務地限定の合意があることにはなりません。
 ただし,それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることをよく説明しておくことが望ましいことは言うまでもありません。

 ①使用者に転勤命令権限の存在が認定されると,次に,②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが問題となります。
 正社員については,通常は転勤命令が認められるため,②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが主要な争点になることが多くなっています。
 使用者による配転命令は,
① 業務上の必要性が存しない場合
② 不当な動機・目的をもってなされたものである場合
③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
等,特段の事情のある場合でない限り権利の濫用になりません(東亜ペイント事件最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決)。

 ①業務上の必要性については,東亜ペイント事件最高裁判決が,「右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示していることもあり,企業経営上意味のある配転であれば,存在が肯定されることになります。
 ただし,①業務上の必要性の程度は,②③の要件を満たすかどうかにも影響するため,①業務上の必要性が高いことの主張立証はしっかり行う必要があります。

 ②不当な動機・目的に関しては,退職勧奨したところ退職を断られ,転勤を命じたような場合に,問題にされることが多い印象です。
 通常の対策としては,①業務上の必要性を説明できるようにしておけば足りるでしょう。
 また,退職勧奨は,行き当たりばったりで何となく行うのではなく,事前に十分に戦略を練ってから計画的に行う必要があります。

 ③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無に関しては,社員の配偶者が仕事を辞めない限り単身赴任となり,配偶者や子供と別居を余儀なくされるとか,通勤時間が長くなるとか,多少の経済的負担が生じるといった程度では,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとはいえません。
 必須のものではありませんが,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるか否かを判断する際は,単身赴任手当や家族と会うための交通費の支給,社宅の提供,保育介護問題への配慮,配偶者の就職の斡旋等の配慮がなされているか等も考慮されることになります。

 ③に関し,就業場所の変更を伴う配置転換について子の養育又は家族の介護の状況に配慮する義務があること(育児介護休業法26条)には,注意が必要です。
 育児,介護の問題ついては,本人の言い分を特によく聞き,転勤命令を出すかどうか慎重に判断する必要があります。
 本人の言い分をよく聞かずに一方的に転勤を命じ,本人から育児,介護の問題を理由として転勤命令撤回の要求がなされた場合に転勤命令撤回の可否を全く検討していないなど,育児,介護の問題に対する配慮がなされていない場合は,転勤命令が無効とされるリスクが高まることになります。
 裁判例の動向からすると,特に,家族が健康上の問題を抱えている場合や,家族の介護が必要な場合の転勤については,労働者の不利益の程度について慎重に検討した方が無難と思われます。

 転勤命令自体が無効の場合は,転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇等の処分は認められません。
 有効な転勤命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となるため,懲戒解雇等の処分は懲戒権の濫用(労契法15条)とはならず有効と判断されることが多いですが,焦って直ちに懲戒解雇等の処分をすると無効と判断されることがあります。
 有効な配転命令に従わないことを理由とする懲戒解雇が無効とされた事例では,懲戒解雇が性急に過ぎることが問題とされることが多くなっています。
 社員が転勤に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供する等して転勤命令に従うよう説得する努力を尽くし,転勤命令に従う見込みが乏しいことを確認してから,懲戒解雇等の処分を行うべきと考えます。

弁護士 藤田 進太郎

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金銭を着服・横領したり,出張旅費や通勤手当を不正取得したりして,会社に損害を与える。

2012-10-05 | 日記
Q6 金銭を着服・横領したり,出張旅費や通勤手当を不正取得したりして,会社に損害を与える。

 金銭の不正取得が疑われる場合,本人の説明なしでは不正行為がなされたかどうかが分かりにくいことも多いため,まずは,本人からよく事情聴取する必要があります。
 事情聴取に当たっては,事情聴取書をまとめてから本人に署名させたり,事情説明書を提出させたりして,証拠を確保することになります。
 事情説明書等には,問題となる「具体的事実」を記載させる必要があります。
 本人提出の事情説明書等に「いかなる処分にも従います。」と書いてあったとしても,問題となる具体的事実が記載されておらず,具体的事実を立証できないのであれば,懲戒処分等は無効となる可能性が高くなります。
 本人が提出した事情説明書等に説明が不十分な点や虚偽の事実や不合理な弁解があったとしても,突き返して書き直させたりしないで下さい。
 そのまま受領した上で,追加の説明を求めるようにして下さい。
 せっかく提出した書面を突き返したばかりに,必要な証拠が不足して,訴訟活動が不利になることがあるので,そのようなことがないよう,くれぐれも注意する必要があります。
 虚偽の事実や不合理な弁解が記載されている書面を確保することにより,本人の言い分をありのまま聴取していることや,本人が不合理な弁解をしていること等の証明もしやすくなります。

 不正があったことが証拠により証明できる場合は,事案の程度に応じた懲戒処分等を行うことになります。
 不正が疑われるだけで,本人も不正を認めておらず,客観的証拠が不十分な場合は,懲戒処分を行うことはできません。
 当該業務に従事する適格性が疑われる事情があれば,配転等の人事異動により対処することも検討することになります。

 どれくらい重い処分をするかを判断する際には,故意に金銭を不正取得したのか,単なる計算ミス等の過失に過ぎないのかの区別が重要です。
 社員が故意に金銭を不正取得したことが判明した場合は,懲戒解雇することも十分検討に値します。
 ただし,不正取得した金銭の額,会社の実質的な損害額,懲戒歴の有無,それまでの会社に対する貢献度,反省の程度等によっては,より軽い処分にとどめるのが妥当な場合もあるでしょう。
 他方,過失に過ぎない場合は重い処分をすることはできないケースがほとんどですから,注意,指導,教育,軽めの懲戒処分などにより対処することになります。

 不正に取得した出張旅費等は,「書面」で返還を約束させて下さい。
 返還方法としては,賃金全額払いの原則(労基法24条1項)との関係から,賃金から天引きするのではなく,当該金額を会社の預金口座に振り込ませて返還させるのが無難です。

 本人が自主退職を申し出た場合に,懲戒処分をせずに自主退職を認めるかは,重い懲戒処分をして職場秩序を維持回復させる必要性だけでなく,
① 自主退職を認めた方が紛争になりにくいこと
② 懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う重い懲戒処分をした場合は紛争になりやすく,訴訟リスクが高いこと
③ 懲戒解雇に伴い退職金を不支給とした場合は紛争になりやすく,訴訟においては懲戒解雇が有効であっても,退職金の一部の支給が命じられることが多いこと
等を考慮して,冷静に判断する必要があります。

 「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。懲戒解雇となれば,再就職にも悪影響があるだろう。退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースは,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められ,退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いため,懲戒解雇の威嚇の下,自主退職に追い込んだと評価されないようにする必要があります。
 退職勧奨する場合は,「解雇」という言葉を使わないようにするべきでしょう。

弁護士 藤田 進太郎

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会社に無断でアルバイトをする。

2012-10-05 | 日記
Q5 会社に無断でアルバイトをする。

 会社に無断でアルバイトしている社員がいる場合は,まずはよく事情聴取する必要があります。
 アルバイトしている事実が確認され,それが企業秩序を乱すようなものである場合は,口頭で注意,指導して,アルバイトを辞めてもらうことになります。
 会社に無断でアルバイトしている社員に対し,アルバイトを辞めるよう促した場合,アルバイトを辞める旨の回答が得られるケースがほとんどです。

 単にアルバイトを辞めるよう説得するにとどまらず,会社に無断でアルバイトをした社員に対し,何らかの処分をしようとする場合は,話しは簡単ではありません。
 就業時間外の行動は自由なのが原則のため,社員の兼業を禁止するためには,就業規則に兼業禁止を定めて,兼業禁止を労働契約の内容にしておく必要があります。
 そして,何らかの処分をするためには,兼業により十分な休養が取れないなどして本来の業務遂行に支障を来すとか,会社の名誉信用等を害するとか,競業他社での兼業であるとかいった事情が必要となります。
 企業秩序を乱すようなアルバイトを辞めるよう注意,指導しても辞めようとしない場合は,書面で注意,指導し,それでも改善しない場合は,懲戒処分を検討することになります。
 解雇までは難しい事案が多く,紛争になりやすいので,解雇に踏み切る場合は,その有効性について慎重に検討すべきでしょう。

弁護士 藤田 進太郎

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注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない。

2012-10-05 | 日記
Q4 注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない。

 「パワーハラスメント」とは,一般に,「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいいます(『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』)。

 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』では,パワハラの行為類型として,以下のようなものが挙げられ,コメントがなされています。
① 暴行・傷害(身体的な攻撃)
② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
⑤ 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
 まず、①については、業務の遂行に関係するものであっても、「業務の適正な範囲」に含まれるとすることはできない。
 次に、②と③については、業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できないことから、原則として「業務の適正な範囲」を超えるものと考えられる。
 一方、④から⑥までについては、業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があると考えられる。こうした行為について何が「業務の適正な範囲を超える」かについては、業種や企業文化の影響を受け、また、具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあると考えられるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望ましい。

 近年では,上司の言動が気にくわないと,何でも「パワハラ」だと言い出す社員が増えているように思えます。
 そのような社員は,勤務態度等に問題があることが多く,むしろ,注意,指導,教育の必要性が高いことが多いという印象です。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でも,「個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントには当たらないものとなる。」とされていることからも分かるように,部下にとって不快な上司の言動が何でもパワハラに該当するわけではありません。

 上司の部下に対する注意,指導,教育は必要不可欠なものであり,上司に部下の人材育成を放棄されても困りますから,パワハラにならないよう神経質になるあまり,上司が部下に対して何も指導できないようなことがあってはなりません。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でも,「なお、取組を始めるにあたって留意すべきことは、職場のパワーハラスメント対策が上司の適正な指導を妨げるものにならないようにするということである。上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し、上司としての役割を遂行することが求められる。」とされています。

 違法なパワハラに該当するかどうかは,行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうかにより判断されることになります。
 平均的な心理的耐性を有する者に心理的負荷を過度に蓄積させると客観的に評価されるような行為は,原則として違法となりますが,その行為が合理的理由に基づいて,一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には,正当な職務行為として違法性が阻却される場合があります。

 部下に問題がある場合であっても,やり過ぎは良くありません。
 指導教育目的であっても,やり過ぎると違法と判断されることがあります。
 皆の前で叱責することや,大勢の社員が読むことができる電子メールで叱責することは,裁判所受けが良くありません。
 パワハラでなくても,名誉毀損となることもあります。
 電子メールにより部下を叱責する場合は,主に,メール送信の目的,表現方法,送信範囲等の要素をチェックする必要があります。
 最近では,訴訟で電子メールが証拠として提出されることが多くなっています。

 パワハラにより精神障害を発症した場合,労災となり,会社が安全配慮義務違反又は使用者責任を問われて,損害賠償請求されることになりかねません。
 心理的負荷による精神障害の労災請求事案において労業務上外を判断する際に用いられる「心理的負荷による精神障害の認定基準(平成23年12月26日基発1226第1号)」では,
① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた場合
② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた場合
③ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
等には,業務による強い心理的負荷が認められるものとしており,これらのいずれかに該当する場合には,業務上外を判断する場面のみならず,民事損害賠償請求訴訟においても,業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められるような場合を除き,パワハラと精神疾患発症との間に相当因果関係があると認定される可能性が高いと言わざるを得ません。

 パワハラを行う原因が上司のマネジメント能力の不足にある場合は,上司の懲戒処分だけ行うよりも,研修,降職,配置転換等により対処した方が有効な場合もあります。

 パワハラの状況は,部下により無断録音されて,証拠として提出されることが多く,訴訟では,無断録音したものが証拠として認められてしまいます。
 部下が上司をわざと挑発して,不相当な発言を引き出そうとすることもあります。
 無断録音されていても問題が生じないよう指導の仕方に気をつける必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

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解雇した社員が加入した合同労組との団体交渉,会社オフィス前や社長自宅前での街宣活動

2012-10-05 | 日記
Q30 解雇した社員が合同労組に加入し,団体交渉を求めてきたり,会社オフィス前や社長自宅前で街宣活動をしたりする。

 解雇された社員であっても,解雇そのものまたはそれに関連する退職条件等が団体交渉の対象となっている場合には,労働組合法第7条第2号の「雇用する労働者」に含まれるため,解雇された社員が加入した労働組合からの団体交渉を拒絶した場合,他の要件を満たせば不当労働行為となります。

 多数組合との間でユニオン・ショップ協定(雇われた以上は特定の組合に加入せねばならず,加入しないときは使用者においてこれを解雇するという協定)が締結されていたとしても,ユニオン・ショップ協定は多数組合以外の組合に社員が加入することを禁止するものではありませんから,社員が合同労組の組合員となった場合に,合同労組が社員を代表することができないことにはなりません。
 社内組合が唯一の交渉団体である旨の規定(唯一交渉団体条項)のある労働協約が締結されていたとしても,団体交渉拒否の正当な理由とはなりません。
 社外の合同労組からの団体交渉申入れであっても,原則として応じる必要があります。

 会社オフィス付近での街宣活動が正当な組合活動と評価される場合には,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等をすることはできません。
 他方,正当な組合活動を逸脱するようなものについては,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等が認められます。

 労働組合が組合員の経済的地位の向上をはかる目的で,会社の経営方針や企業活動を批判する場合,文書の表現が激しかったり,多少の誇張が含まれているとしても,なお正当な組合活動といえ,そのために会社が多少の不利益を受けたり,社会的信用が低下することがあっても,会社としてはこれを受忍すべきものと判断される可能性が高いものと思われます。
 しかし,組合活動としてなされる文書活動であっても,虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して,会社の利益を不当に侵害したり,名誉,信用を毀損,失墜させたり,あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には,組合活動として正当性の範囲を逸脱すると評価することができ,懲戒処分,損害賠償請求等の対象となります。
 ビラ配りがなされた場合は,ビラを確保してビラの内容をチェックして下さい。

 労働組合またはその組合員が,使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは,原則として使用者の施設管理権を不当に侵害するものであり,正当な組合活動とはいえません。
 会社敷地内での組合活動であっても,一般人が自由に立ち入ることができる格別会社の職場秩序が乱されるおそれのない場所での組合活動は,使用者の施設管理権を不当に侵害するものとはいえないと評価される可能性が高いものと思われます。

 労働組合の諸権利は企業経営者の私生活の領域までは及びません。
 労働組合の活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には,企業経営者の住居の平穏や地域社会における名誉・信用という具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて,表現の自由の行使として相当性を有し,容認されることがあるにとどまります。

弁護士 藤田 進太郎

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社外の合同労組に加入して団体交渉を求めてきたり,会社オフィスの前でビラ配りしたりする。

2012-10-05 | 日記
Q23 社外の合同労組に加入して団体交渉を求めてきたり,会社オフィスの前でビラ配りしたりする。

 社内の過半数組合との間でユニオン・ショップ協定(雇われた以上は特定の組合に加入せねばならず,加入しないときは使用者においてこれを解雇するという協定)が締結されている会社の場合,ユニオン・ショップ協定を理由に,社内の労働組合を脱退して社外の合同労組に加入した社員を解雇することができないか検討したくなるかもしれませんが,「ユニオン・ショップ協定のうち,締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが,他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は,右の観点からして,民法90条の規定により,これを無効と解すべきである(憲法28条参照)。」とするのが最高裁判例(三井倉庫港運事件最高裁第一小法廷平成元年12月14日判決)ですので,ユニオン・ショップ協定を理由に,当該社員を解雇することはできません。

 社外の合同労組からの団体交渉申入れであっても,原則として応じる必要があります。
 社内組合が唯一の交渉団体である旨の規定(唯一交渉団体条項)のある労働協約が締結されていたとしても,団体交渉拒否の正当な理由とはならず,団交拒否は不当労働行為となります。

 会社オフィス付近での街宣活動が正当な組合活動と評価される場合には,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等をすることはできません。
 他方,正当な組合活動を逸脱するようなものについては,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等が認められることになります。

 労働組合が組合員の経済的地位の向上をはかる目的で,会社の経営方針や企業活動を批判する場合,文書の表現が激しかったり,多少の誇張が含まれているとしても,なお正当な組合活動といえ,そのために会社が多少の不利益を受けたり,社会的信用が低下することがあっても,会社としてはこれを受忍すべきものと判断される可能性が高いものと思われます。
 しかし,組合活動としてなされる文書活動であっても,虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して,会社の利益を不当に侵害したり,名誉,信用を毀損,失墜させたり,あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には,組合活動として正当性の範囲を逸脱すると評価することができ,懲戒処分,損害賠償請求等の対象となります。
 ビラ配りがなされた場合は,ビラを確保して内容をチェックし,対応を検討すべきです。

 労働組合またはその組合員が,使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは,原則として使用者の施設管理権を不当に侵害するものであり,正当な組合活動とはいえません。
 他方,会社敷地内での組合活動であっても,一般人が自由に立ち入ることができる格別会社の職場秩序が乱されるおそれのない場所での組合活動は,使用者の施設管理権を不当に侵害するものとはいえないのが通常と思われます。

弁護士 藤田 進太郎

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所長ご挨拶 平成24年10月4日(木)

2012-10-04 | 日記
所長ご挨拶
 あなたは労使紛争の当事者になったことがありますか?
 労使紛争の当事者になったことがあるとすれば,それがいかに大きな苦痛となり得るかが実感を持って理解できることと思います。

 会社の売上が低迷する中,社長が一生懸命頑張って社員の給料を支払うためのお金を確保しても,その大変さを理解できる社員は多くありません。
 会社はお金を持っていて,働きさえしていれば,給料日には給料が自分の預金口座に振り込まれて預金が増えるのが当然という感覚の社員が多いのではないでしょうか。
 私自身,勤務弁護士の時は給料日には必ず給料が私の預金口座に振り込まれて預金残高が増えていたものが,自分で事務所を開業してみると,給料日には社員に給料を支払わなければならず,私の事業用預金口座の残高が減るのを見て,経営者にとって給料日はお金が減る日なのだということを,初めて実感を持って理解することができました。
 また,個人事業主や中小企業のオーナー社長は,事業にかかる経費と比較して売上が不足すれば,何百時間働いても,事実上,1円の収入にもならないということになりかねず,それどころか,経営者の個人財産からお金を出して,不足する金額を穴埋めしなければならないこともあるのですから,会社の業績が悪化した結果,収入が減ることはあっても,個人資産を事業継続のために持ち出すことのない一般社員とでは,随分,負担の重さが違うのだということも,よく理解できました。
 このような話は,理屈は簡単で,当たり前のことなのですが,誰でも実感を持って理解できるかというと,なかなか難しいものがあります。
 会社勤めをしている友達に,給料日には会社の預金残高が減るという話をしてみたところ,「そのとおりかもしれないけど,その分,会社はお客さんからお金が入ってきて儲かっているんだから。」という答えが返ってきたことがあります。
 確かに,「お金が入ってきて儲かっている」のであればいいのですが,経営者にとっては,実際にお金が入ってくるかどうかが問題なわけです。
 今,売上が上がっていても,将来,どうなるかは誰にも分かりませんし,下手をすると個人資産を事業につぎ込まなければならなくなることもあるのですから,経営者はいつまで経っても気を緩めることはできません。
 実は,私も,勤務弁護士のときは,理屈では雇う側の大変さを理解していても,その理解には共感が伴っていませんでした。
 所長は実際に仕事をこなしている自分よりたくさんの収入があってうらやましいというくらいの感覚だったというのが正直なところで,雇われている人たちのために頑張ってくれてありがとうございます,などと本気で思ったことがあるかというと,一度もありませんでした。
 自分が経営者の立場になってみて初めて,経営者の大変さを,実感を持って理解することができるようになったのです。

 立場が違えば,感じ方・考え方も違ってきます。
 労使紛争でお互いが感情的になりがちなのは,自分の大変さを相手が理解してくれないことに対する苛立ちのようなものが根底にあるからではないでしょうか。
 労使とも,自分ばかりが不当に我慢させられている,譲歩させられていると感じているわけです。
 このような苛立ちを緩和し,冷静に話し合うことができるようにするためには,労使双方,相手のことを思いやる想像力が必要だと思います。
 社員の置かれた状況を鮮明に想像することができ,社員を思いやることのできる優れた会社であれば,会社を思いやる想像力を持った優れた社員との間で労使紛争が生じるリスクは極めて低くなることでしょう。
 仮に,一部の問題社員との間で労使紛争が生じたとしても,大部分の優れた社員は会社の味方になってくれるでしょうし,裁判に勝てる可能性も高くなります。

 私は,あなたの会社に,労使双方が相手の立場に対して思いやりの気持ちを持ち,強い信頼関係で結ばれている会社になって欲しいと考えています。
 そのためのお手伝いをさせていただけるのであれば,あなたの会社のために全力を尽くすことをお約束します。

四谷麹町法律事務所
所長弁護士 藤田 進太郎

経歴・所属等
東京大学法学部卒業
•日本弁護士連合会労働法制委員会委員・事務局員・労働審判PTメンバー
•第一東京弁護士労働法制委員会委員・労働契約法部会副部会長
東京三会労働訴訟等協議会委員
•経営法曹会議会員
•全国倒産処理弁護士ネットワーク会員


主な講師担当セミナー・講演・著作等
問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成24年10月4日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成24年9月28日)
『問題社員への法的対応の実務』(経営調査会,平成24年9月26日)
『日本航空事件東京地裁平成23年10月31日判決』(経営法曹会議,判例研究会,平成24年7月14日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,札幌会場,平成24年6月26日)
『有期労働法制が実務に与える影響』(『労働経済春秋』2012|Vol.7,労働調査会)
『現代型問題社員を部下に持った場合の対処法~ケーススタディとQ&A』(長野県経営者協会,第50期長期管理者研修講座,平成24年6月22日)
『労働時間に関する法規制と適正な労働時間管理』(第一東京弁護士会・春期法律実務研修専門講座,平成24年5月11日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,福岡会場,平成24年4月17日)
『高年齢者雇用安定法と企業の対応』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,労働調査会)
『実例 労働審判(第12回) 社会保険料に関する調停条項』(中央労働時報第1143号,2012年3月号)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成24年3月8日)
『労使の信頼を高めて 労使紛争の当事者にならないためのセミナー』(商工会議所中野支部,平成24年3月7日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成24年2月29日)
『健康診断実施と事後措置にまつわる法的問題と企業の対応』(『ビジネスガイド』2012年3月号№744)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,名古屋会場,平成24年1月20日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,大阪会場,平成23年10月31日)
日韓弁護士交流会・国際シンポジウム『日本と韓国における非正規雇用の実態と法的問題』日本側パネリスト(韓国外国語大学法学専門大学院・ソウル弁護士協会コミュニティ主催,平成23年9月23日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成23年9月16日)
『マクドの失敗を活かせ!新聞販売店,労使トラブル新時代の対策』(京都新聞販売連合会京都府滋賀県支部主催,パートナーシステム,平成23年9月13日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年9月6日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,東京会場,平成23年8月30日)
『社員教育の労働時間管理Q&A』(みずほ総合研究所『BUSINESS TOPICS』2011/5)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年4月14日)
『改訂版 最新実務労働災害』(共著,三協法規出版)
『労働審判を申し立てられた場合の具体的対処方法』(企業研究会,東京会場,平成22年9月8日)
『もし,自分が気仙沼で教師をしていたら,子供達に何を伝えたいか?』(気仙沼ロータリークラブ創立50周年記念式典,平成22年6月13日)
『文書提出等をめぐる判例の分析と展開』(共著,経済法令研究会)
『明日から使える労働法実務講座』(共同講演,第一東京弁護士会若手会員スキルアップ研修,平成21年11月20日)
『採用時の法律知識』(第373回証券懇話会月例会,平成21年10月27日)
『他人事ではないマクドナルド判決 経営者が知っておくべき労務,雇用の急所』(横浜南法人会経営研修会,平成21年2月24日)
『今,気をつけたい 中小企業の法律問題』(東京商工会議所練馬支部,平成21年3月13日)
『労働法基礎講座』(ニッキン)
『管理職のための労働契約法労働基準法の実務』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,清文社)

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トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

2012-10-04 | 日記
Q22 トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

 高年齢者雇用安定法9条1項は,65歳未満の定年の定めをしている事業主に対し,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,
① 定年の引上げ
② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
③ 定年の定めの廃止
のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じなければならないとしています。
 そして同条第2項において,過半数組合又は過半数代表者との間の書面による協定により,②継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることができる旨規定されています。
※ 平成22年4月1日から平成25年3月31日までは,上記「65歳」を「64歳」と読み替えることになるため(附則4条1項),雇用確保措置が義務付けられているのは64歳までですが,65歳までの雇用確保について「努力」義務が課せられています(附則4条2項)。

 厚生労働省の「今後の高年齢者雇用に関する研究会」が取りまとめた「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」によると,平成22(2010)年において,雇用確保措置を導入している企業の割合は,全企業の96.6%であり,そのうち,
① 定年の引上げの措置を講じた企業の割合 → 13.9%
② 継続雇用制度を導入した企業の割合    → 83.3%
③ 定年の定めを廃止した企業の割合      → 2.8%
ですから,トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくることに対する対策としては,通常は,②継続雇用制度を採用した上で,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」を定めるか,再雇用自体は認めた上で,担当業務内容,賃金額等の労働条件により不都合が生じないようにすることが考えられます。

 まずは,継続雇用の基準についてですが,継続雇用の基準は具体的で客観的なものである必要があり,トラブルが多い社員は継続雇用の対象とはならないといった抽象的な基準を定めたのでは,公共職業安定所において,必要な報告徴収が行われるとともに,助言・指導,勧告の対象となる可能性があります。
 健康状態,出勤率,懲戒処分歴の有無,勤務成績等の客観的基準を定めるべきでしょう。
 「JILPT「高齢者の雇用・採用に関する調査」(2008)」によると,実際の継続雇用制度の基準の内容としては,以下のようなものが多くなっています。
① 健康上支障がないこと(91.1%)
② 働く意思・意欲があること(90.2%)
③ 出勤率,勤務態度(66.5%)
④ 会社が提示する職務内容に合意できること(53.2%)
⑤ 一定の業績評価(50.4%)

 常時10人以上の労働者を使用する使用者が,継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には,就業規則の絶対的必要記載事項である「退職に関する事項」に該当することとなるため,労働基準法第89条に定めるところにより,労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め,就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
 高年齢者雇用安定法9条には私法的効力がない(民事訴訟で継続雇用を請求する根拠にならない)と一般に考えられていますが,就業規則に継続雇用の条件が定められていればそれが労働契約の内容となり,私法上の効力が生じることになります。
 したがって,就業規則に規定された継続雇用の条件が満たされている場合は,高年齢者は,就業規則に基づき,継続雇用を請求できることになります。

 就業規則に定められた継続雇用の要件を満たしている定年退職者の継続雇用を拒否した場合,会社は損害賠償義務を負うことになります。
 裁判例の中には,解雇権濫用法理の類推などにより,労働契約の成立自体が認められるとするものもあります。

 平成24年8月29日に成立した『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律』では,
① 継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止
について規定されています。
 平成25年4月1日施行予定ですが,改正法施行の際,既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については,平成37年3月31日までの間は,段階的に基準の対象となる年齢が以下のとおり引き上げられるものの,なお効力を有するとされています。
  平成25年4月1日~平成28年3月31日 61歳以上が対象
  平成28年4月1日~平成31年3月31日 62歳以上が対象
  平成31年4月1日~平成34年3月31日 63歳以上が対象
  平成34年4月1日~平成37年3月31日 64歳以上が対象
 平成25年4月1日施行予定の改正法では,その他,
② 継続雇用制度の対象者を雇用する企業の範囲の拡大
③ 義務違反の企業に対する公表制度の導入
④ 高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針の策定
等についても規定されています。

 高年齢者雇用確保措置が義務付けられた主な趣旨が年金支給開始年齢引き上げに合わせた雇用対策であること,継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが廃止される方向に向かっていることからすれば,原則どおり,希望者全員を継続雇用するという選択肢もあり得ます。
 統計上も,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準制度により離職した者が定年到達者全体に占める割合は,わずか2.0%に過ぎません(「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」)。
 トラブルが多い点については,トラブルが生じにくい業務を担当させる(接客やチームワークが必要な仕事から外す等。)ことや,賃金の額を低く抑えること等により対処することも考えられます。

 高年齢者雇用安定法上,再雇用後の賃金等の労働条件については特別の定めがなく,年金支給開始年齢の65歳への引上げに伴う安定した雇用機会の確保という同法の目的,最低賃金法等の強行法規,公序良俗に反しない限り,就業規則,個別労働契約等において自由に定めることができます。
 もっとも,就業規則で再雇用後の賃金等の労働条件を定めて周知させている場合,それが労働条件となりますから,再雇用後の労働条件を,就業規則に定められている労働条件に満たないものにすることはできません。
 また,高年齢者雇用確保措置の主な趣旨が,年金支給開始年齢引上げに合わせた雇用対策,年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保である以上,継続雇用後の賃金額に在職老齢年金,高年齢者雇用継続給付等の公的給付を加算した手取額の合計額が,従来であれば高年齢者がもらえたはずの年金額と同額以上になるように配慮すべきだと思います。

 高年齢者雇用安定法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく,事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず,結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても,高年齢者雇用安定法違反となるものではありません(ただし,平成25年3月31日までは,その雇用する高年齢者等が定年,継続雇用制度終了による退職等により離職する場合であって,当該高年齢者等が再就職を希望するときは,事業主は,再就職援助の措置を講ずるよう努めることとされているため,当該高年齢者等が再就職を希望するときは,事業主は,求人の開拓など再就職の援助を行う必要があります。)。
 したがって,トラブルの多い社員との間で,再雇用後の労働条件について折り合いがつかず,結果として再雇用に至らなかったとしても,それが直ちに問題となるわけではありません。

 なお,組合員差別により再雇用の期待を侵害したと認定された事案において,代表取締役個人が会社法429条1項の責任を負うとされた裁判例が存在しますので,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

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有期契約労働者を契約期間満了で雇止めしたところ,雇止めは無効だと主張してくる。

2012-10-04 | 日記
Q18 有期契約労働者を契約期間満了で雇止めしたところ,雇止めは無効だと主張してくる。

 有期労働契約は契約期間満了で契約終了となるのが原則です。
 ただし,有期労働契約が反復更新されて期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となった場合,雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合は,新労契法19条(平成24年8月10日の第1次施行段階では18条として規定されているが,平成25年4月1日に予定されている第2次施行の際,19条に移動する予定。)が適用されて,使用者は従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなされる可能性があります。

 新労契法19条の条文は以下のとおりです。
(有期労働契約の更新等)
19条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

 新労契法19条は,雇止めに関する従来の判例法理(雇止め法理)を明文化したものであり,雇止め法理の内容を変更するものではないと説明されています。
 しかし,新労契法19条には,雇止め法理では要求されていなかった「契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合」という要件が加わっており,有期契約労働者が主張立証すべき要件事実は明らかに変更されています。

 解雇権濫用法理を類推適用する場合か否か,要求される合理的理由の程度について,裁判例では,「当該雇用の臨時性・常用性,更新の回数,雇用の通算期間,契約期間管理の状況,雇用継続の期待をもたせる言動・制度の有無」等が考慮されてきました(菅野『労働法』第九版192頁)。

 有期労働契約は,一般に,以下の①②③④に類型化されています。
 ②③④のタイプに対しては解雇権濫用規制が類推適用され,当該有期労働契約の事案に即した合理的理由が必要とされることになります。
 これに対し,①のタイプでは類推適用が否定され,期間満了による契約終了が肯定されることになります(菅野『労働法』第九版192頁)。
① 契約期間の満了によって当然に契約関係が終了する「純粋有期契約タイプ」
② 期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態に至っていると認められる「実質無期契約タイプ」
③ 相当程度の反復更新の実態から,雇用継続への合理的な期待が認められる「期待保護(反復更新)タイプ」
④ 格別の意思表示や特段の支障がない限り当然に更新されることを前提に契約を締結したものと認められる「期待保護(継続特約)タイプ」

 基本的な対処方法としては,「実質無期契約タイプ」と評価されないためにも,最低限,契約更新手続を形骸化させず,更新ごとに更新手続を行う必要があります。
 また,不必要に雇用継続を期待させるような言動は慎み,契約更新を拒絶する可能性があることを労働条件通知書等に明記するとともに,よく説明しておくべきでしょう。
 有期契約労働者については,身元保証人の要否,担当業務の内容,責任の程度等に関し,正社員と明確に区別した労務管理を行うべきです。
 雇止めが無効となるリスクが高い事案においては,合意により退職する形にすることをお勧めします。
 上乗せ金の支払も検討せざるを得ないでしょう。
 年休を消化させたり,年休買い上げの合意を盛り込んだりしておくと,退職合意の有効性が認められやすい傾向にあります。 

 労働者の適性を評価・判断する目的で労働契約に期間を設けた場合は,期間の満了により労働契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き,契約期間は契約の存続期間ではなく,試用期間と評価されることになります。
 したがって,労働者の適性を評価・判断する目的の期間満了による雇止めが有効とされるためには,試用期間満了時における本採用拒否と同様,解約権留保の趣旨・目的に照らして,客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合であることが必要となります。
 期間満了で労働契約を終了させられるようにしておきたいのであれば,当初の労働契約書において,期間満了により労働契約が当然に終了する旨の明確な合意をしておくとともに,期間満了により当初の労働契約は現実に終了させ,その後も正社員として勤務させる場合には,通常の正社員採用の際と同様,労働条件通知書を交付する等の採用手続を改めて行う必要があります。
 これを怠ると,当初から正社員として採用したものであり,当初の契約期間は試用期間に過ぎず,契約期間満了による退職(雇止め)は,試用期間における本採用拒否(解雇)と評価されるリスクが生じることになります。

弁護士 藤田 進太郎

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退職勧奨しても退職しない。

2012-10-03 | 日記
Q34 退職勧奨しても退職しない。

 退職勧奨の法的性格は,通常は,使用者が労働者に対し合意退職の申込みを促す行為(申込みの誘引)と評価することができます。
 労働者が退職勧奨に応じて退職を申し込み,使用者が労働者の退職を承諾した時点で退職の合意が成立することになります。

 退職勧奨を行うにあたっては,担当者の選定が極めて重要となります。
 退職勧奨が紛争の契機となることが多いこともあり,相手の気持ちを理解する能力を持っている,コミュニケーション能力の高い社員が退職勧奨を担当する必要があります。
 退職勧奨を受ける社員と仲の悪い上司が退職勧奨を行うとトラブルが多いので,できるだけ避けることが望ましいところです。
 同じようなケースであっても,退職勧奨の担当者が誰かにより,紛争が全く起きなかったり,紛争が多発したりします。

 解雇の要件を充たしていなくても退職勧奨を行うことができますが,有効に解雇できる可能性が高い事案であればあるほど,退職勧奨に応じてもらえる可能性が高くなります。
 退職勧奨に先立ち,問題点を記録に残し,十分な注意,指導,教育を行い,懲戒処分を積み重ねるなどして,解雇する際と同じような準備をしておく必要があります。

 退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにして下さい。

 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)は,「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,労働者が失業手当を受給する上で不利益を受けることにはなりません。
 失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はありません。
 退職届を出してしまうと失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがありますので,丁寧に説明し,誤解を解くよう努力して下さい。
 なお,助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには注意して下さい。

 退職届等の客観的証拠がないと,口頭での合意退職が成立したと会社が主張しても認められず,解雇したと認定されたり,職場復帰の受入れを余儀なくされたりすることがあります。
 退職の申出があった場合は漫然と放置せず,退職届を提出させて証拠を残しておいて下さい。
 印鑑を持ち合わせていない場合は,差し当たり,署名したものを提出させれば足ります。
 押印は,後から印鑑を持参させて面前でさせれば十分です。

 退職勧奨を受けた労働者が退職届を提出して合意退職を申し込んだとしても,社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が退職を承諾するまでの間は退職の合意が成立しておらず,労働者は信義則に反するような特段の事情がない限り合意退職の申込みを撤回することができます。
 退職勧奨に応じた労働者から退職届の提出があったら,退職を承認する権限のある上司が速やかに退職承認通知書を作成して当該労働者に交付して下さい。
 退職承認通知書は事前に写しを取って保管しておくとよいでしょう。

 後日,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等を理由として,合意退職の効力が争われることがありますが,退職届が提出されていれば,合意退職の効力が否定されるケースはそれほど多くはありません。
 錯誤,強迫の主張が認められ,退職の効力が否定される典型的事例は,「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。ただ,退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できる事案であることを主張立証できなかったケースです。
 退職勧奨するにあたり,「懲戒解雇」という言葉は使うべきではありません。
 同様の話は,普通解雇についても当てはまります。

 退職勧奨を行うことは,不当労働行為に該当する場合や,不当な差別に該当する場合などを除き,労働者の任意の意思を尊重し,社会通念上相当と認められる範囲内で行われる限りにおいて違法性を有するものではありませんが,その説得のための手段,方法がその範囲を逸脱するような場合には違法性を有し,使用者は当該労働者に対し,不法行為等に基づく損害賠償義務を負うことになります。

弁護士 藤田 進太郎

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精神疾患を発症したのは長時間労働や上司のパワハラ・セクハラのせいだと主張して損害賠償請求してくる。

2012-10-03 | 日記
Q33 精神疾患を発症したのは長時間労働や上司のパワハラ・セクハラのせいだと主張して損害賠償請求してくる。

 長時間労働や上司のパワハラ・セクハラが原因となって労働者が精神疾患を発症した場合,使用者は安全配慮義務違反(労契法5条,民法415条)又は使用者責任(民法715条)を問われ,損害賠償義務を負うことがあります。
 過去の裁判例,心理的負荷による精神障害の労災請求事案において労業務上外を判断する際に用いられる「心理的負荷による精神障害の認定基準(平成23年12月26日基発1226第1号)」(認定基準)等を参考にして,損害賠償義務の有無,賠償額等について検討することになります。

 認定基準は,心理的負荷による精神障害の労災請求事案について,行政機関が業務上外の判断に用いる内部基準に過ぎず,裁判所を拘束するものではないし,労災認定における相当因果関係や安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係と同じものではありません。
 しかし,認定基準は,最新の臨床経験上の知見を踏まえて作成されたものであり,労災認定における相当因果関係や安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係の判断に当たり,認定基準を参考にすることには合理性があるものと考えられます。
 訴訟や労働審判になっていない場合は,労災申請を促して労基署の判断を仰ぎ,審査の結果,労災として認められれば労災として扱い,労災として認められなければ私傷病として扱うこととすれば足りることが多いのではないでしょうか。

 労災保険給付がなされた場合,使用者は,同一の事由については,その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになりますが(労基法84条2項類推),労災保険給付は,慰謝料は対象としておらず,休業損害や逸失利益の全額を補償するものではないため,労災保険給付がなされている場合であっても,使用者は,労働者から,慰謝料,休業損害や逸失利益で補償されなかった金額について,損害賠償義務を負担する可能性があります。
 精神疾患の発症が労災として認められた場合,業務と疾病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められたことになります。
 業務と疾病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があるにもかかわらず,民事損害賠償請求における相当因果関係,結果の予見可能性・回避可能性がない事例や,使用者が結果を回避しないことが違法と評価できないような事例は,それほど多くはありません。
 業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は,使用者は民事損害賠償請求においても,安全配慮義務違反や使用者責任を問われて損害賠償義務を負う可能性が高いというのが実情です。

 電通事件最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決は,「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。」としており,長時間労働により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した場合において労働者の心身の健康を損なうことを通常損害と捉えていると考えられます。
 とすると,長時間労働により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した事実が認められれば,通常は労働者の心身の健康を損なうことの一態様であるうつ病等の精神疾患発症との間に相当因果関係が認められることになる可能性が高いものと思われます。

 認定基準では,長時間労働との関係では,
① 発病日直前の1か月におおむね160時間を超えるような,またはこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働(週40時間を超える労働時間数)を行った場合(休憩時間は少ないが手待ち時間が多い場合等,労働密度が特に低い場合を除く。)
② 発病直前の連続した2か月間に,1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合
③ 発病直前の連続した3か月間に,1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合
④ 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって,出来事の後に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合
⑤ 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって,出来事の前に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められ,出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合,又は,出来事後すぐに発病には至っていないが事後対応に多大な労力を費しその後発病した場合
⑥ 具体的出来事の心理的負荷の強度が,労働時間を加味せずに「弱」程度と評価される場合であって,出来事の前及び後にそれぞれ恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。

 男女雇用機会均等法11条は,第1項において,「事業主は,職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け,又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と定め,第2項において,「厚生労働大臣は,前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。」と定めています。
 第2項を受けて定められた指針が,「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)」(セクハラ指針)です。
 セクハラ指針は,行政指導の根拠規定であって,直ちに安全配慮義務違反の有無を判断する際の基準となるわけではありませんが,使用者にはセクハラ指針が定める措置を講じる義務がありますし,その内容にも合理性が認められますので,安全配慮義務違反の有無を判断する際にも参考にされるものと考えられます。

 認定基準では,セクハラとの関係では,
① 強姦や,本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた場合
② 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって,継続して行われた場合
③ 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって,行為は継続していないが,会社に相談しても適切な対応がなく,改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合
④ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって,発言の中に人格を否定するようなものを含み,かつ継続してなされた場合
⑤ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって,性的な発言が継続してなされ,かつ会社がセクシュアルハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく,改善がなされなかった場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。

 認定基準では,「② いじめやセクシュアルハラスメントのように,出来事が繰り返されるものについては,発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも,発病前6か月以内の期間にも継続しているときは,開始時からのすべての行為を評価の対象とすること。」とされています。
 また,認定基準では,以下のような留意事項が定められています。
① セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という。)は,勤務を継続したいとか,セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という。)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから,やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや,行為者の誘いを受け入れることがあるが,これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならないこと。
② 被害者は,被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが,この事実が心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
③ 被害者は,医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないこともあるが,初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことが心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
④ 行為者が上司であり被害者が部下である場合,行為者が正規職員であり被害者が非正規労働者である場合等,行為者が雇用関係上被害者に対して優越的な立場にある事実は心理的負荷を強める要素となり得ること。

 違法なパワハラに該当するかどうかは,行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうかにより判断されることになります。
 平均的な心理的耐性を有する者に心理的負荷を過度に蓄積させると客観的に評価されるような行為は,原則として違法となります。
 ただし,その行為が合理的理由に基づいて,一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には,正当な職務行為として違法性が阻却される場合があります。

 認定基準は,パワハラとの関係では,
① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた場合
② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた場合
③ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。

弁護士 藤田 進太郎

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