「なんだおまえ、まるで紳士みたいじゃねぇか」と、親戚のじいさんは、しょぼついた目でトーマスを見ると、背広の襟をつかんで引っ張った。
「この生地はどこから盗んできたんだ、おい。親父がばくちで儲けた金か?」
隣のテーブルで飲んでいた男達が、話を聞きつけて爆笑した。トーマスはじいさんがつかんだ襟を力ずくで引き離すと、恥ずかしさのあまりうつむいた。
「よお、そこにいるのはトーマス坊ちゃんじゃねぇか。靴屋は儲かってるかい? それとも、親父はまたばくちで負けたか?」
トーマスのまるで知らない赤ら顔の男が、肩に手をかけ、酒臭い息を吐きかけながら言った。
男が言ったとたん、今度は店中の人間が大笑いした。中には腹を抱えて、今にも死にそうなほど笑っている者もいた。給仕が注文をとりにきたが、その給仕もにやついた笑いを浮かべていた。
「トーマス――出ようぜ」と、アルが耳打ちするように言った。
トーマスはなにも言わずうなずくと、耳たぶまで赤くしながら、席を立った。
「トーマス、親父によろしくな」
と、じいさんが店を出ようとするトーマスに向かって言った。大きな笑い声は、閉めたドアの外までも、はっきりと聞こえてきた。
「あ、アリエナだ」と、店を出てすぐ、チャールズが指を差した。アリエナは、ダイアナと並んで歩いていた。今までダイアナの家にいたらしく、アリエナだけ、教科書を持っていた。向こうもこちらに気づいたらしく、なにやらひそひそと耳打ちしては、含み笑いを浮かべていた、
アリエナがなにげない顔で通り過ぎようとすると、トーマスが声をかけた。
「よう、アリエナ、今帰りかい」
「あんたこそ、また家で酔っ払ってきたんじゃないの」と、アリエナが無愛想に言うと、ダイアナがくすりと笑った。
さきほどのこともあり、あせったトーマスは、取り繕うように言った。
「なあアリエナ、おまえんとこに、新しい母さんが来るんだってな。おめでとう」
アリエナが、急に青ざめておとなしくなった。ダイアナが異状に気がついて、どうしたの、とアリエナの肩を揺すりながら訊いた。
トーマスは、アリエナの意外な反応に驚いていた。ほかの三人までもが、アリエナの様子を心配げにうかがっていた。
アリエナの目に、涙が浮かんだ。ぶるぶると唇が震えていた。
「――さよなら」
アリエナはうつむきながら言うと、走り出した。ダイアナはその後を追いかけようとしたが、アリエナ、と名前を呼んだだけで、それ以上追いかけようとはしなかった。
グリフォン亭のドアが閉まると、ダイアナはぎろりとトーマスを睨んだ。
「どうして、あんなひどいこと言うの?」
「この生地はどこから盗んできたんだ、おい。親父がばくちで儲けた金か?」
隣のテーブルで飲んでいた男達が、話を聞きつけて爆笑した。トーマスはじいさんがつかんだ襟を力ずくで引き離すと、恥ずかしさのあまりうつむいた。
「よお、そこにいるのはトーマス坊ちゃんじゃねぇか。靴屋は儲かってるかい? それとも、親父はまたばくちで負けたか?」
トーマスのまるで知らない赤ら顔の男が、肩に手をかけ、酒臭い息を吐きかけながら言った。
男が言ったとたん、今度は店中の人間が大笑いした。中には腹を抱えて、今にも死にそうなほど笑っている者もいた。給仕が注文をとりにきたが、その給仕もにやついた笑いを浮かべていた。
「トーマス――出ようぜ」と、アルが耳打ちするように言った。
トーマスはなにも言わずうなずくと、耳たぶまで赤くしながら、席を立った。
「トーマス、親父によろしくな」
と、じいさんが店を出ようとするトーマスに向かって言った。大きな笑い声は、閉めたドアの外までも、はっきりと聞こえてきた。
「あ、アリエナだ」と、店を出てすぐ、チャールズが指を差した。アリエナは、ダイアナと並んで歩いていた。今までダイアナの家にいたらしく、アリエナだけ、教科書を持っていた。向こうもこちらに気づいたらしく、なにやらひそひそと耳打ちしては、含み笑いを浮かべていた、
アリエナがなにげない顔で通り過ぎようとすると、トーマスが声をかけた。
「よう、アリエナ、今帰りかい」
「あんたこそ、また家で酔っ払ってきたんじゃないの」と、アリエナが無愛想に言うと、ダイアナがくすりと笑った。
さきほどのこともあり、あせったトーマスは、取り繕うように言った。
「なあアリエナ、おまえんとこに、新しい母さんが来るんだってな。おめでとう」
アリエナが、急に青ざめておとなしくなった。ダイアナが異状に気がついて、どうしたの、とアリエナの肩を揺すりながら訊いた。
トーマスは、アリエナの意外な反応に驚いていた。ほかの三人までもが、アリエナの様子を心配げにうかがっていた。
アリエナの目に、涙が浮かんだ。ぶるぶると唇が震えていた。
「――さよなら」
アリエナはうつむきながら言うと、走り出した。ダイアナはその後を追いかけようとしたが、アリエナ、と名前を呼んだだけで、それ以上追いかけようとはしなかった。
グリフォン亭のドアが閉まると、ダイアナはぎろりとトーマスを睨んだ。
「どうして、あんなひどいこと言うの?」