トーマスは、泣きながら歩き去るダイアナに、なにひとつかける言葉もないまま、ほかの三人と共に、しばらくその場に立ちつくしていた。
夜、仕事を終えたアリエナの父、ケントは、グリフォン亭の一角にある居間にいた。食堂の喧噪も嘘のようにかき消え、泊まり客と使用人をのぞき、ゆったりと落ち着いた時間を乱す要因は、なにひとつなかった。
ビロード張りの椅子に深々と腰をかけ、じっくりと、味わうようにブドウ酒を飲んでいた。
そこへ、目を赤く腫れあがらせたアリエナが、燭台を手にしながら、ゆっくりと近づいてきた。
「おや、アリエナ、まだ寝てなかったのか。夕食にひと口も手をつけていなかったが、なにかあったのか」
アリエナは、ケントの後ろにある赤々と燃える暖炉の前に立つと、言った。
「お父さん。あたし、友達から聞いたの――」
グラスを運ぶケントの手が止まった。
「お父さん。エレナさんと、再婚するんですってね」
「おまえ、それを誰に――」
アリエナは暖炉の上、小さな額に入れてある写真を手に取ると、燭台の炎をかざした。
写真には、にっこりと微笑む女の人が写っていた。明るいその眼差しは、アリエナの眼差しとそっくりだった。
「お母さん……」
アリエナは思わず声を洩らした。その声は、はっきりとした悲しみを含んでいた。
「アリエナ、すまん。もう少し時間がたってから、言おうと思っていたんだ
おまえ――」を傷つけるつもりはなかったんだ、と言いかけたところへ、アリエナがきつい口調で切り出した。
「お父さんて、いつもそう。もう決めてしまっているのに、もうわかっているくせに、その時がくる直前まで、なにも教えちゃくれない」
「悪かった。許してくれ。そんなつもりじゃなかったんだ」
ケントはグラスを置くと、アリエナのそばに寄って来て言った。許してくれ、とつぶやきながら、そっと両手を広げた。抱き寄せようとしたその手をすり抜け、アリエナは抗議の色をたたえた目で父親を見た。
「いくら謝ったって、お母さんは帰って来やしないわ」
アリエナは居間を飛び出すと、力まかせにドアを閉めた。
ケントはなすすべもなく、ただぼう然と、喉がからからに乾くのを感じながら、立ちつくしていた。
夜、仕事を終えたアリエナの父、ケントは、グリフォン亭の一角にある居間にいた。食堂の喧噪も嘘のようにかき消え、泊まり客と使用人をのぞき、ゆったりと落ち着いた時間を乱す要因は、なにひとつなかった。
ビロード張りの椅子に深々と腰をかけ、じっくりと、味わうようにブドウ酒を飲んでいた。
そこへ、目を赤く腫れあがらせたアリエナが、燭台を手にしながら、ゆっくりと近づいてきた。
「おや、アリエナ、まだ寝てなかったのか。夕食にひと口も手をつけていなかったが、なにかあったのか」
アリエナは、ケントの後ろにある赤々と燃える暖炉の前に立つと、言った。
「お父さん。あたし、友達から聞いたの――」
グラスを運ぶケントの手が止まった。
「お父さん。エレナさんと、再婚するんですってね」
「おまえ、それを誰に――」
アリエナは暖炉の上、小さな額に入れてある写真を手に取ると、燭台の炎をかざした。
写真には、にっこりと微笑む女の人が写っていた。明るいその眼差しは、アリエナの眼差しとそっくりだった。
「お母さん……」
アリエナは思わず声を洩らした。その声は、はっきりとした悲しみを含んでいた。
「アリエナ、すまん。もう少し時間がたってから、言おうと思っていたんだ
おまえ――」を傷つけるつもりはなかったんだ、と言いかけたところへ、アリエナがきつい口調で切り出した。
「お父さんて、いつもそう。もう決めてしまっているのに、もうわかっているくせに、その時がくる直前まで、なにも教えちゃくれない」
「悪かった。許してくれ。そんなつもりじゃなかったんだ」
ケントはグラスを置くと、アリエナのそばに寄って来て言った。許してくれ、とつぶやきながら、そっと両手を広げた。抱き寄せようとしたその手をすり抜け、アリエナは抗議の色をたたえた目で父親を見た。
「いくら謝ったって、お母さんは帰って来やしないわ」
アリエナは居間を飛び出すと、力まかせにドアを閉めた。
ケントはなすすべもなく、ただぼう然と、喉がからからに乾くのを感じながら、立ちつくしていた。