身構えるように体を低くして様子をうかがうと、腰の少し曲がったおばあさんが、太い木の陰から、サクサクッと草を揺らしながら姿を現した。
「どうかしたのかい、サトル」
やさしそうな笑顔を浮かべて、おばあさんがサトルに近づいてきた。
サトルは、おばあさんを避けるように後ろ向きに進むと、くるりと踵を返して、木の陰に身を隠した。
(誰なんだ、あの人――)
田舎のおばあちゃんのことを、サトルはすっかり忘れていた。やさしそうな笑顔を見ても、楽しかった思い出を甦らせることはできなかった。
(どうして、ぼくの名前を知っているんだろう――)
恐る恐る、サトルは木の陰から顔を覗かせた。おばあさんの姿は、どこにもなかった。
誰だったんだろう……と、サトルが隠れていた木の陰を離れると、ポーンと高く蹴り上げられたサッカーボールが、後ろから頭の上を飛び越えていった。
はっとして振り返ると、サトルと同い年くらいの男の子が、ボールを蹴り上げた足を降ろして、走り出した。
「今度こそ、ゴールしてやろうぜ」
ポカンとしたサトルに笑顔を見せると、男の子はボールを追いかけて、森の奥に向かって走っていった。と、あちらこちらの木の陰から、一人二人と男の子が次々に走り出し、ボールを追いかけて行った男の子を追いかけて、木々の間を縫うように走っていった。
サトルは、はじめにボールを追いかけて行った男の子に見覚えがあった。けれど、どういう訳か名前が思い出せなかった。声をかけられた時、自然に口をつきかけたが、名前を言いかけて、「うっ」と口ごもってしまった。彼が誰だったのか、すっかり忘れてしまっていた。子供達が走り去っていった森の奥を見ながら、サトルは、男の子の名前だけではなく、自分が住んでいた町の記憶までもが、あいまいになっていることに気がついた。
額に手を当てながら、サトルはほかにも何か忘れていることがないか、息を詰めて一心に考えた。
――ドン、と誰かが、サトルの肩に後ろからぶつかってきた。よろめきながら驚いて顔を上げると、「あっ、ごめん」と笑いながら手を振って、ランドセルを背負ったサトル自身が、走り過ぎていった。
「ほら、ちゃんと前を向いて行きなさい――」
声がした方を見ると、サトルの母親が、怒ったような顔をして立っていた。
「おかあさ、ん……」と、サトルは声を出しかけたが、急に自信をなくして、言葉を飲みこんだ。母親は、目の前にいるサトルが見えないのか、なんにもない空間に手を伸ばすと、ドアを開けるようにして姿を消した。
(いまのは、絶対お母さんだったはずだよ……)
「どうかしたのかい、サトル」
やさしそうな笑顔を浮かべて、おばあさんがサトルに近づいてきた。
サトルは、おばあさんを避けるように後ろ向きに進むと、くるりと踵を返して、木の陰に身を隠した。
(誰なんだ、あの人――)
田舎のおばあちゃんのことを、サトルはすっかり忘れていた。やさしそうな笑顔を見ても、楽しかった思い出を甦らせることはできなかった。
(どうして、ぼくの名前を知っているんだろう――)
恐る恐る、サトルは木の陰から顔を覗かせた。おばあさんの姿は、どこにもなかった。
誰だったんだろう……と、サトルが隠れていた木の陰を離れると、ポーンと高く蹴り上げられたサッカーボールが、後ろから頭の上を飛び越えていった。
はっとして振り返ると、サトルと同い年くらいの男の子が、ボールを蹴り上げた足を降ろして、走り出した。
「今度こそ、ゴールしてやろうぜ」
ポカンとしたサトルに笑顔を見せると、男の子はボールを追いかけて、森の奥に向かって走っていった。と、あちらこちらの木の陰から、一人二人と男の子が次々に走り出し、ボールを追いかけて行った男の子を追いかけて、木々の間を縫うように走っていった。
サトルは、はじめにボールを追いかけて行った男の子に見覚えがあった。けれど、どういう訳か名前が思い出せなかった。声をかけられた時、自然に口をつきかけたが、名前を言いかけて、「うっ」と口ごもってしまった。彼が誰だったのか、すっかり忘れてしまっていた。子供達が走り去っていった森の奥を見ながら、サトルは、男の子の名前だけではなく、自分が住んでいた町の記憶までもが、あいまいになっていることに気がついた。
額に手を当てながら、サトルはほかにも何か忘れていることがないか、息を詰めて一心に考えた。
――ドン、と誰かが、サトルの肩に後ろからぶつかってきた。よろめきながら驚いて顔を上げると、「あっ、ごめん」と笑いながら手を振って、ランドセルを背負ったサトル自身が、走り過ぎていった。
「ほら、ちゃんと前を向いて行きなさい――」
声がした方を見ると、サトルの母親が、怒ったような顔をして立っていた。
「おかあさ、ん……」と、サトルは声を出しかけたが、急に自信をなくして、言葉を飲みこんだ。母親は、目の前にいるサトルが見えないのか、なんにもない空間に手を伸ばすと、ドアを開けるようにして姿を消した。
(いまのは、絶対お母さんだったはずだよ……)