「まもなく品川です。品川を出ますと、次は名古屋に止まります」
荷物は昨日のうちに送っておいた。
あとはこの身1つだけだ。
学生時代暮らした東京も今日でおしまい。
小さく溜め息をついて、小さく笑う。
大学で知り合ったタケシは名前こそ日本人だけど、中身はフランス人だった。
親がサムライだとかブシだとかエドやなんかに被れた類の学者人間だったらしいが、タケシは文化や歴史はおろか日本語さえ話そうとしない。
ホントにこいつは留学生なのかと私は今でも疑っている。
そのとき実家の広島から上京したてだった私は東京に浮かれていた。
多分タケシも浮かれていた。
東京タワー、お台場、渋谷、浅草。
ずいぶんたくさんの道をタケシと並んで歩いた。
たまに手を組んだ。
私の東京にはタケシがしみついている。
たどたどしい英語でコミュニケーションをとろうとしたのだけれど、タケシは日本語をちっとも喋らなかった。
でもある日、タケシは急に
「他に好きな子が出来た。別れよう」
と言ってきたもんだから、私は耳を疑ったのだ。
内容如何の前に、なんだ、タケシ日本語できるんじゃんって。
タケシは私にフランス語を1つだけ教えてくれた。
「ジュテーム」
私も異文化交流の例に倣って日本語を教えたのだけれど、タケシはついに「あなたを愛しています」とは言わなかった。
ただひたすらに「ジュテーム」と言うもんだから、私もいいかげんに諦めて「ジュテーム」と言った。
ジュテームジュテームと、どこでも言っていた。
それは多分ロマンチックな意味なんかじゃなくて、「ああ東京だ」とかそうゆう意味に近かったんだと思う。
私とタケシは確かにお互い愛し合ってはいたけれど、それ以上に東京を、さらに故郷を愛していた。
タケシがジュテームと囁くたびに私はそれを感じていた。
広島駅で待っているのはタケシではなく、修一という男だ。
今ちょうど品川を出た新幹線はずっと西へ向かう。もうジュテームなんて聞こえないくらいに西へ向かう。
ビル街が流れていく。
さよなら東京、さよならタケシ、さよなら青春。
どれも白々しい言葉ばかりだけれど、最後の言葉だけが窓ガラスを湿らせた。
「ジュテーム」
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