前日旅の疲れか、ホテルのTVで「ブラタモリ」の再放送を観るつもりだったが、風呂から出ると9時にはそのまま寝てしまった。
そんな訳で、5時に目を覚まし予定より1時間早くホテルを出て駅に行き、そのまま1番早く目的地高岡に着く特急に飛び乗った。特急の名は「おはよう特急」だった。東京で言えば通勤ライナーのようなものなのだろうが、特急券は正規料金で、「定期券」で乗れるところがミソのようだ。高岡には訪問先のアポより1時間余裕が出来た。
予定外の為、事前知識は無くiPadたよりに、訪問先に歩いた。
訪問先の通りは、昔ながらの街並みが残っていた。しかしこれだけでは観光資源としては乏しいものだ。日本各地で街並み保存が行われるが、その目的が不明確なのが多いのが気になる。高岡市の目的はなんなのだろうか。
仕事が終わり街並み保存の裏通りに出た。「高峰譲吉」の胸像の立つ公園があった。
駅に向かうと「日本三大大仏」と名を打った看板があり興味をひいたが、2と3位の差がありすぎると思った。
駅前通りに素敵な市電が走っていた。私の持論は「市電の走る街は旨い」だが今夏は立証する時間が無く、次の訪問先のアポのためわずか20分足らずのところをダイヤの関係で特急を利用するはめになった。
富山駅は今まさに新幹線の駅舎工事の最中で、トイレとコインロッカー探しに苦労した。訪問先は言わば駅ウラなのだが、駅前は整備され広い道路にこれまた素敵な市電が走っていた。
お昼になったが、午後の訪問先の時間が無いことから前回と同じ所に決め向った。「富山地方鉄道」の駅に電車があったが、ローカル鉄道の車両は結構東京の中古が利用されているが、「地鉄」の車両は東京では見かけない形だった。
前回同様「大黒屋」の越中うまもの膳を注文した。(5月のブログに書き込み済み)運ばれてきたときに、お姉さんに「なぜメニューにうどんがあって蕎麦がないのか」と尋ねると、驚いたことに大黒屋はもともと越中蕎麦屋だったとのことで、今でも注文すればそばをだすとの事だった。蕎麦よりうどんの注文が多いのでメニューにのせてないとのことだった。富山が関西商圏であることを思い知らされた。
今回は翌日オフクロの病院の予約があるため安全を見込み飛行機を避けたが、特急も満席で我が車両は男ばかりの団体が乗り込み酒宴をしていた。北陸の行楽シーズンなのだろう。夕日を受けた立山連峰が美しかった。
仕事ではなく富山もカメラぶら下げ訪れたいとおもいながら寝てしまった。
越後湯沢での乗り換えは、到着が遅れ、10分の余裕が半分になり急かされながら新幹線に乗り込んだがこれ又満席だった。
貧乏会社の余裕のない仕事旅はいつも時刻表(iPad)とにらめっこの旅になる。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます