退院した翌日、スーパーでたんぼの会でお世話になっているKさんの奥さんに出会って7月7日の蛍鑑賞会に誘われた。
田んぼの会はそもそも狭山丘陵に蛍をよみがえらすことを目的に始めたものだ。
ここ数年で数はふえてきたものの蛍の里というには程遠いものだった。途中心ない人が蛍祭りと称して宴会したり、蛍の生態を知らない人が多数明かりをつけて見物に来たことも災いして、菩提樹池の清掃、環境整備をしたにも関わらず、数は思うように増えなかったが、ここ数年は会のメンバーの努力もあって増えだした。
今年は入院もあってメインイベントの田植えに参加出来なかったが何としてでも蛍は見たかった。
曇り空は蛍をみるには好都合で、当日会のメンバーで15名、途中子供の参加もあり30名弱の会員が集まった。田んぼから菩提樹池まで、「平家蛍」の淡い光が浮遊して幻想的な光景が出現した。みなが感動の声を上げた。ここ数年では一番多くの光が見えた。これまでがんばってきた成果が実現してうれしくなった。仲間のMさんの言によれば今年は蛍の出現は早くすでに峠は越えた状況とのことだった。Mさんの観察日誌ではピーク200頭(蛍は匹ではないとのこと)を超えたそうだが昨日は半分にも満たなかったがそれでも「美しい日本の風景」は確認できた。
Mさんは同じ狭山丘陵で繁殖している「源氏蛍」を参考のために持参してくれた。数十匹の蛍の放つ光は「平家蛍」の比ではなくまさに「行灯」だった。
ただ菩提樹池の蛍は純粋にこの地での遺伝子を持った蛍で、このことはむやみやたらに他所の蛍を捕まえてきて放流したものではないし今後もそれは避けたいと願いたい。
一度壊した自然環境の復元はその地の固有種を育てあげなければ意味がないと思う。きれいだからといって園芸種を植えて客寄せするのと自然保護の違いは明確にしていかないと見せかけ「美しい国」日本になってしまう。ツマグロヒョウモン蝶がこのところ我が家の庭に訪れる。美しい蝶の来訪はうれしいが、本来の生育環境とはずれがある。このずれが問題だ。
退院してうれしかったことは、朝「ホトトギス」の声を聴き、夕方「カッコウ」の声が聴けたことだ、引越した当初と同じ環境が残っている証をありがたいと思う。
田んぼの会はそもそも狭山丘陵に蛍をよみがえらすことを目的に始めたものだ。
ここ数年で数はふえてきたものの蛍の里というには程遠いものだった。途中心ない人が蛍祭りと称して宴会したり、蛍の生態を知らない人が多数明かりをつけて見物に来たことも災いして、菩提樹池の清掃、環境整備をしたにも関わらず、数は思うように増えなかったが、ここ数年は会のメンバーの努力もあって増えだした。
今年は入院もあってメインイベントの田植えに参加出来なかったが何としてでも蛍は見たかった。
曇り空は蛍をみるには好都合で、当日会のメンバーで15名、途中子供の参加もあり30名弱の会員が集まった。田んぼから菩提樹池まで、「平家蛍」の淡い光が浮遊して幻想的な光景が出現した。みなが感動の声を上げた。ここ数年では一番多くの光が見えた。これまでがんばってきた成果が実現してうれしくなった。仲間のMさんの言によれば今年は蛍の出現は早くすでに峠は越えた状況とのことだった。Mさんの観察日誌ではピーク200頭(蛍は匹ではないとのこと)を超えたそうだが昨日は半分にも満たなかったがそれでも「美しい日本の風景」は確認できた。
Mさんは同じ狭山丘陵で繁殖している「源氏蛍」を参考のために持参してくれた。数十匹の蛍の放つ光は「平家蛍」の比ではなくまさに「行灯」だった。
ただ菩提樹池の蛍は純粋にこの地での遺伝子を持った蛍で、このことはむやみやたらに他所の蛍を捕まえてきて放流したものではないし今後もそれは避けたいと願いたい。
一度壊した自然環境の復元はその地の固有種を育てあげなければ意味がないと思う。きれいだからといって園芸種を植えて客寄せするのと自然保護の違いは明確にしていかないと見せかけ「美しい国」日本になってしまう。ツマグロヒョウモン蝶がこのところ我が家の庭に訪れる。美しい蝶の来訪はうれしいが、本来の生育環境とはずれがある。このずれが問題だ。
退院してうれしかったことは、朝「ホトトギス」の声を聴き、夕方「カッコウ」の声が聴けたことだ、引越した当初と同じ環境が残っている証をありがたいと思う。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます