とりとも雑楽帳

狭山丘陵の里山歩きとクラッシク音楽の鑑賞日記です。

所沢松明堂音楽ホールでバッハのバイオリンソナタを聴く

2014年04月12日 | クラシックコンサート

このところ花粉症が重傷だ。スギ花粉は峠を越えたとの報道だが、私の症状は日増しに悪化する。どうもヒノキ花粉のようだ。一家でテッシュの取り合いと薬の取り合いだ。目・鼻・飲み薬だが今日は月1回は必ずコンサートを実施している今月のコンサートは新所沢松明堂音楽ホールという初めて行くところだ。Googleで調べると電車の乗継では43分、徒歩だと46分というまことに我家からは不便なところだ。余談だが、ロシアーウクライナ問題ではないが、所沢市は常々埼玉県民としては県の恩恵に浴していないのではと思う、住民意識は埼玉都民だろう。買い物は池袋、新宿だし、・・・狭山丘陵も都側は整備がなされ、埼玉側は狭山湖は都の施設故、ボランティアで息をつないでいる。そんな思いからも住民投票で都への帰属をできないものかと半ば本気で思うようになって25年間過ぎた。

それはさておき15時開演のことゆえ食事も考え12時半に家を出た。Googleに従い歩いた。6800歩で新所沢駅に着いた。土曜日ながら駅前の人出はさびしい限り。食事場所を探したが、ラーメン屋が目につくが禁塩生活ゆえパスし蕎麦屋を探すも見つからず、時間が気になり、駅前のミスドののぼりの「ごまだれ野菜麺」が目に入り、何年ぶりかの入店、432円は減量中の身にはちょうどよく正直満足ミスドが変わったことを知らなかったが、開場までの時間つぶしに頼んだコーヒー270円は温めで味もいまいちでこれは暴利だと思った。マック、コンビニの100円コーヒーが数段上だ。

開演20分前に会場入りしたが、すでに満席状態、といっても数えてみれば60人程度。こんな狭い会場でプロのコンサートは初めてだ。天井が低いのが気になった。ここの売りは「演奏者の息づかいが聞こえるホール」だが?最初の曲目ソナタ2番で私の危惧したことが(私の趣味の問題なのだが)起きた。貧乏人の特権と負け惜しみで、私の好きなホールは所沢ミューズの3階の一番後ろだ。音が響き合って溶け合って私の至福の時間が得られるが、今日のような極小ホールだと一番後ろの席でもあまり意味がなく、音がダイレクトに届き、家でCDをヘッドフォンできいている状態で、溶け合う前の生音がガンガン響き、チェンバロの粗さ?が目立ってしまった。ただ正直このような真近でバロックヴァイオリンを聴くのは初めて故にその迫力に圧倒されたこともある。でもコンサートであれば所沢キューブホールぐらいの空間は最低でも必要ではとも思った。

正直寺神戸氏のコンサート初体験はもう少し広い空間でききたかった。それとチェンバロはあまりヴァイオリンと溶け合っていなかったのが残念だった。

 

(わが手持ち)

 最初に手にしたのは、無伴奏同様、昭和の時代のレコード・・・なる雑誌で評論家諸子の絶賛に就職して小遣いも自由になり飛びついて買い求めたシェリング、ヴァルヒャの全曲だった。確かに当時はバッハは折り目正しくキチットした音楽に仕上げなければならない見本であり、その美しさは現在でもいきていると思えるが、グリュミヨーを聞いてからは、シェリングを取り出す機会は無くなってしまった。グリュミヨーは無伴奏でも一番好きな演奏だがソナタではチェンバロをジャコティーが弾いていた。彼女のゴールドベルクはチェンバロでは一番好きな演奏だ。なぜかどちらもレコード・・・紙評ではあまり評価は受けなかった。私はわけのわからない精神論は何事においても批判的だが、音楽においてはなおさらで、美しいことは必須条件だと思う。シェリングの来日録音は、結婚仕立てで経済的にも時間的にも余裕のない時期に、FM東京でのTDKオリジナルコンサートをオープンリールテープに録音して聞いていた。そのテープは大事にしていたが、単身赴任中にカミサンに処分され、大ゲンカになったが、CD化され発売されたときに、懐かしくなり購入した。しかしこの曲にはピアノの伴奏はいま思えばふさわしくないと思う。

 やはりこの曲はグリュミヨー、ジャコッティーのコンビを超えるものはまだ出ていないのではと思う。

 



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