来週から、また大相撲が始まります。
この場所の注目は、横綱が15日間最後まで責任を果たせるか?
中でも、稀勢の里の土俵が注目の的です。
また、御嶽海の大関取りへの取り組みです。
忘れてはいけないのは、栃ノ心の頑張りです。
ところで、 今は、外国人力士の強さばかりが目立つこの頃であります。
長い間、モンゴル人の三横綱にやっと日本人の横綱が現れたとたんに長い長い休場となる始末です。
その横綱稀勢の里も来場所は、進退を賭けた場所になってしまいました。
モンゴルの二人の横綱も少し陰りが見え始めましたが、まだまだ強いです。
朝青龍が横綱になり、横綱としての品格が問われ、引退勧告もされ、土俵を去っていきました。
モンゴルという国を改めて注目された、そして、注目をした、一人の人間であったことも事実であります。
日本という国は、明治の時代から、モンゴルという国の重要性は分かっていたようです。(政治的おいても)
さて、タイトルの「モンゴル力士はなぜ嫌われる」のタイトルは
東洋史家の宮脇淳子氏の著書であります。彼女のモンゴルの研究から学者として書かれた本であります。
副題として、---「日本人のためのモンゴル学」とついています。
事実、本の内容は、モンゴルという国についての内容がメインになっている。
ここに、この著書の最終頁の最終行7行を書きます。
『ロシアと中国に挟まれたモンゴル国が親日であることは、日本の国益にかなう。モンゴルの地下にある豊富な天然資源は、遊牧民である
モンゴル人が地下を掘ることを嫌ってきたので、ほとんど手つかずで残っているし、ソ連時代にモンゴルは北朝鮮と兄弟関係にあったので、
実は今でも北朝鮮の内情に詳しい。
日本の大相撲にモンゴル力士を受け入れたのは、意識しないかもしれないが、日本のために誠に喜ばしいことだったわけだ。
日本人もモンゴル人を見習って、すこしくらいの違いには寛容になって、人生を楽しもうではないか。世界は広いのだ。』
と、最後に結んでおられる。
所で、ではなぜ、モンゴル人の品格が問われているのか?
本書で解説されていることを書き出してみたい。
宮脇氏が述べておられるのは、「長幼の序」であります。
育った環境、日本の農耕民族とモンゴルの遊牧民族の違いです。
宗教的な違いといってもいいでしょう。
日本は、シナからはいってきた儒教における人間関係を大切にする関係です。
では、「長幼の序」とは何でしょうか?
国語辞典では、次のように説明がしてあります。
(年長者と年少者の間にある一定の秩序)とか(年長者を敬うこと)と説明があります。
参考に、儒教における人間関係の基本を律する5つの徳目の一つでもあります。
孟子は、その5つを「父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信」であると言っています。
この、長幼の序の解釈は、日本の環境から本来の意味から変化してきたのではないかと思われます。
本来の「長幼の序」の思想は
==日本では、長男は先祖の生まれ変わりといわれて特別に大切にされてきました。次男以下は、長男んが亡くなった時に家を継ぐための
いわば保険のような存在として扱われた。この考えこそ、シナ文明からはいった本来の「長幼の序」の思想である。===
草原の遊牧民には、シナ文明のような「長幼の序」とか、世代という考え方がない。
それどころか。「末子相続制」とまでいわれるくらいなのでる。
君主たるもの、世界中でそうだと思うが、遊牧民の君主は特に気前の良さが請求された。君主にこうした能力がないと思えば、
遊牧民は、財産である家畜を連れて何処へでも行ってしまった。
本当に、実力主義の社会だったのだ。
従って、彼らモンゴル人の行いが日本人と違うのは当たり前のことである。と、宮脇さんは言う。
一応、彼らの行いの背景は分かった。
私個人として、特に日馬富士の日常生活で相撲人生にの中でも大学で勉強していた姿をテレビで知っていたので、陰ながら応援
していたが、残念でした。
また、横綱の品格問題としてモンゴル人の横綱への風当たりが強いです。
宮脇さんは、「もう少し、寛容に」といわれています。
しかし、日本の伝統文化の一つでもあります。(文部科学省は、大相撲を国技とは認めていません。)
ーーーが、世間も、メディアも一応日本の伝統文化と認めてはいます。
伝統、文化を守るのも重要でもあるのです。
いいわ、いいわ、でも困るのです。
例えば、各地に今でも、「祭り」がありますね、その祭りの、中に外国人が入ってきて、連綿とした儀式におかしな行動が入ってきたことを
思い浮かべてみてください。
外国人によって、ゆがめられて、おおらかに、彼らがそうするから、彼らの仕方に従おう????
そんなことは、許されないでしょう。また認めないでしょう。
「歌舞伎」や「能」「狂言」でもしかりです。
外国人だから、大目に見ようとはしないでしょう。
でも、宮脇淳子氏は、大目に見てあげようというのですが、私は、反対です。
当然、日本の伝統文化は守ってしかるべきであると思います。
如何ですか、一度皆さんも考えてみてください1!!!
さて、---閑題----です。次の漢字は何と読みますか? 今日は、今朝の新聞からです。漢字検定のレベルはでは、小学一年生の10級から最高レベルの1級まであります。
① 角逐 ② 晒す ③ 奢侈 ④ 標榜 ⑤ 上奏 ⑥ 楡の木 ⑦ 彷彿 ⑧ 寂寥 ➈ 洒脱 ➉ 緻密
以上です。
では、昨日のブログ「恐ろしい日本の近未来を憂うーー領土NO21「千歳市」その1」の漢字の読み方です。
① 障る --さわる ② 退くーーしりぞく ③ 凝るーーこる ④ 憤るーーいきどおる ⑤ 恨むーーうらむ
⑥ 嫉むーーねたむ、そねむ ⑦ 拐すーーかどわかす ⑧ 留めるーーとめる ➈ 廃れるーーすたれる ➉ 呆れるーーあきれる
以上でした。
お読みいただきありがとうございました。
では、また!!!
この場所の注目は、横綱が15日間最後まで責任を果たせるか?
中でも、稀勢の里の土俵が注目の的です。
また、御嶽海の大関取りへの取り組みです。
忘れてはいけないのは、栃ノ心の頑張りです。
ところで、 今は、外国人力士の強さばかりが目立つこの頃であります。
長い間、モンゴル人の三横綱にやっと日本人の横綱が現れたとたんに長い長い休場となる始末です。
その横綱稀勢の里も来場所は、進退を賭けた場所になってしまいました。
モンゴルの二人の横綱も少し陰りが見え始めましたが、まだまだ強いです。
朝青龍が横綱になり、横綱としての品格が問われ、引退勧告もされ、土俵を去っていきました。
モンゴルという国を改めて注目された、そして、注目をした、一人の人間であったことも事実であります。
日本という国は、明治の時代から、モンゴルという国の重要性は分かっていたようです。(政治的おいても)
さて、タイトルの「モンゴル力士はなぜ嫌われる」のタイトルは
東洋史家の宮脇淳子氏の著書であります。彼女のモンゴルの研究から学者として書かれた本であります。
副題として、---「日本人のためのモンゴル学」とついています。
事実、本の内容は、モンゴルという国についての内容がメインになっている。
ここに、この著書の最終頁の最終行7行を書きます。
『ロシアと中国に挟まれたモンゴル国が親日であることは、日本の国益にかなう。モンゴルの地下にある豊富な天然資源は、遊牧民である
モンゴル人が地下を掘ることを嫌ってきたので、ほとんど手つかずで残っているし、ソ連時代にモンゴルは北朝鮮と兄弟関係にあったので、
実は今でも北朝鮮の内情に詳しい。
日本の大相撲にモンゴル力士を受け入れたのは、意識しないかもしれないが、日本のために誠に喜ばしいことだったわけだ。
日本人もモンゴル人を見習って、すこしくらいの違いには寛容になって、人生を楽しもうではないか。世界は広いのだ。』
と、最後に結んでおられる。
所で、ではなぜ、モンゴル人の品格が問われているのか?
本書で解説されていることを書き出してみたい。
宮脇氏が述べておられるのは、「長幼の序」であります。
育った環境、日本の農耕民族とモンゴルの遊牧民族の違いです。
宗教的な違いといってもいいでしょう。
日本は、シナからはいってきた儒教における人間関係を大切にする関係です。
では、「長幼の序」とは何でしょうか?
国語辞典では、次のように説明がしてあります。
(年長者と年少者の間にある一定の秩序)とか(年長者を敬うこと)と説明があります。
参考に、儒教における人間関係の基本を律する5つの徳目の一つでもあります。
孟子は、その5つを「父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信」であると言っています。
この、長幼の序の解釈は、日本の環境から本来の意味から変化してきたのではないかと思われます。
本来の「長幼の序」の思想は
==日本では、長男は先祖の生まれ変わりといわれて特別に大切にされてきました。次男以下は、長男んが亡くなった時に家を継ぐための
いわば保険のような存在として扱われた。この考えこそ、シナ文明からはいった本来の「長幼の序」の思想である。===
草原の遊牧民には、シナ文明のような「長幼の序」とか、世代という考え方がない。
それどころか。「末子相続制」とまでいわれるくらいなのでる。
君主たるもの、世界中でそうだと思うが、遊牧民の君主は特に気前の良さが請求された。君主にこうした能力がないと思えば、
遊牧民は、財産である家畜を連れて何処へでも行ってしまった。
本当に、実力主義の社会だったのだ。
従って、彼らモンゴル人の行いが日本人と違うのは当たり前のことである。と、宮脇さんは言う。
一応、彼らの行いの背景は分かった。
私個人として、特に日馬富士の日常生活で相撲人生にの中でも大学で勉強していた姿をテレビで知っていたので、陰ながら応援
していたが、残念でした。
また、横綱の品格問題としてモンゴル人の横綱への風当たりが強いです。
宮脇さんは、「もう少し、寛容に」といわれています。
しかし、日本の伝統文化の一つでもあります。(文部科学省は、大相撲を国技とは認めていません。)
ーーーが、世間も、メディアも一応日本の伝統文化と認めてはいます。
伝統、文化を守るのも重要でもあるのです。
いいわ、いいわ、でも困るのです。
例えば、各地に今でも、「祭り」がありますね、その祭りの、中に外国人が入ってきて、連綿とした儀式におかしな行動が入ってきたことを
思い浮かべてみてください。
外国人によって、ゆがめられて、おおらかに、彼らがそうするから、彼らの仕方に従おう????
そんなことは、許されないでしょう。また認めないでしょう。
「歌舞伎」や「能」「狂言」でもしかりです。
外国人だから、大目に見ようとはしないでしょう。
でも、宮脇淳子氏は、大目に見てあげようというのですが、私は、反対です。
当然、日本の伝統文化は守ってしかるべきであると思います。
如何ですか、一度皆さんも考えてみてください1!!!
さて、---閑題----です。次の漢字は何と読みますか? 今日は、今朝の新聞からです。漢字検定のレベルはでは、小学一年生の10級から最高レベルの1級まであります。
① 角逐 ② 晒す ③ 奢侈 ④ 標榜 ⑤ 上奏 ⑥ 楡の木 ⑦ 彷彿 ⑧ 寂寥 ➈ 洒脱 ➉ 緻密
以上です。
では、昨日のブログ「恐ろしい日本の近未来を憂うーー領土NO21「千歳市」その1」の漢字の読み方です。
① 障る --さわる ② 退くーーしりぞく ③ 凝るーーこる ④ 憤るーーいきどおる ⑤ 恨むーーうらむ
⑥ 嫉むーーねたむ、そねむ ⑦ 拐すーーかどわかす ⑧ 留めるーーとめる ➈ 廃れるーーすたれる ➉ 呆れるーーあきれる
以上でした。
お読みいただきありがとうございました。
では、また!!!